第33話 これが最後ではない
――と思ったら瞬殺した!!!
スヴェンはキュウとノび、立っているのはアビー。
数秒前に遡り、何が起こったか確認していくと……
決勝戦。残ったのは、『月の牙』。それと、無名の四人組、ドンケツ通過してきたヒーロのパーティー。
レベル2とは思えないほどの風格を漂わせる『月の牙』の面々。見かけだけではなく、実力も伴っており、これまでの試合も危なげなく勝利している。
対するドンケツ組は、大方の予想を裏切り、一方的な試合運びで一回戦、準決勝と駒を進めてきた。
だが――強いカードも二枚までだろう。観客となった他の冒険者たちは、さすがにそう考えていた。
というのも、決勝戦に出場してきた最後の一人の男が、どこからどうみても、『一山いくらのどこにでもいる剣士』にしか見えなかったからだ。(結果ありきではあるが、褐色肌のクーには辺境の勇者とでもいった雰囲気があるし、ヒーロにしても戦闘員とはまた異なる知的な? オーラをまとっているため、なんとなく、一目置ける)
きっと定石通りに、強い順に出場させたのだろう。(の前に、一回戦は責任を持ってリーダーが出場したのであろう)であれば、この剣士はパーティーの三番手にすぎない。
奇跡は三度も続かない。快進撃もここまでだろう。そう、誰もが思った。
それに――『月の牙』は、決勝戦にリーダーのスヴェンを温存していたのだ。整った美貌を持ちながら、醸し出す雰囲気はワイルドで危険かつ色香に溢れる……要するに、ムンムンとしたカリスマに満ちている。
無造作に握っている木剣からさえ、なんだか妖気が陽炎のように漂ってないか……?
こんな奴が弱いわけはない。さすがにハッタリでここまで来られはしない。
審判のノディマス氏が、二人の中間地点に立った。
「決勝戦、始め!」
アビーは地を蹴った。
――この『最初の一歩』こそが、アビーの真骨頂だ。
とにかく、スタートダッシュが雷のように速いのである。これに比べてしまえば、ヒーロの急加速からは『急』の文字が取れるし、クーの舞も、練習用のゆっくりテンポに思えてしまう。
それほどまでにアビーの飛び込みは鋭い……!
『最速で標的の生命活動を停止させる』――それには何よりもまず、自分の踏み込みが肝心なのだ。相手が『反応できない』速度で突っ込んでしまえば、九割方目的を達成できるのである……!
人類の限界に挑戦する、超高速の突進。
時間を後方に置き忘れたみたいにブレる視界の中でも、アビーの目は対象を補足し続けられる。動体視力に関しても、二人に負けず劣らずだった。
そしてそのまま、速度と全体重を乗せた、渾身の突きがスヴェンの腹部へ吸い込まれる――!
※クーに「がんばれ」と言われたので、本当に手加減抜きの一撃を放ってしまったが、彼は二度と人に向けて全力を出すべきではない。こんな速度の突きは、木剣であるとか関係なく、人体を貫通し、確実に死に至らしめる。
――そう。普通なら、死んで当然の一撃だった。しかし――
パキィン! という甲高い音が響き、瞬間、スヴェンの全身が魔力に包まれた。
そして、アビーは目撃した。木剣が、スヴェンの体に触れる寸前でピタリと止まっているのを。
彼は……彼だからこそ、瞬時に気づいた。
――スケープ・トーテム!!
そして――刹那の硬直中に、アビーは見た。
スヴェンの両眼が赤い光を放ったのを……!
その赤い光はアビーの目から入り込み、脳を一時的に支配する!
――はずだったが、結果的にしなかった!
※何の外連味もなく言ってしまえば、スヴェンがまだこの能力を使いこなせてないため強制力が弱く、またアビーの気づきが一瞬早かったため、精神的に無防備な瞬間が生じず、抵抗に成功したからだ。
アビーは咄嗟に後方に飛び退りながら、スヴェンの両腕ごと顎を跳ね上げた。スヴェンが握っていた木剣がポーンと宙を舞う。吹っ飛んでいく全身の筋肉の様子からして、スヴェンが既に失神しているのは明らかだった。
「そこまで!!」
まだスヴェンが空中にいるうちに、ノディマスは試合を終わらせた。万に一つ、アビーが追撃でもすれば、確実に命を奪う。その判断だったのだろう。
一、二度、バウンドして、スヴェンは大の字になった。ノびてはいるが、呼吸している。ノディマスはほっと胸を撫でおろした。
合計三手の攻防だったが、居合わせた冒険者たちのほとんどが、あまりの速さによくわかっていなかった。よって、歓声もなければブーイングもなく、ポカーンであった。
アビーは別にそれに不満もなかった。ふーっと息を吐くと、全身からどっと汗が噴き出す。一瞬ではあったが、まさしく全霊をかけた戦いだったのだ。たったこれだけでこんなに消耗してしまうなんて……まだまだだな、自分は……
汗とめどなくは流れるが、まだ集中は解けていない。耳の奥でキーンと何かが鳴っている。
アビーは仲間たちの元に戻ると、
「「「うおおおおおおおおーーーーーっ!!!」」」
やっぱりした、そこはさすがに、ハイタッチ……!
一人不安げだったクーも、アビーの勝利確定に安心したのか、
「やった! やった!!!」
飛び跳ねた。
「お前のおかげだよ、クー。全力でいってよかった。まさか、ピレート族だったとは……」
――ピレート族。
必ず美男美女で生まれてくるという、摩訶不思議な種族。
人間の姿をしているが、どちらかといえば魔族に近い。両目が血のように真っ赤に染まったとき、特殊な能力を発動させ、視線の合った者を魅了したり、その身を狼や蝙蝠、霧にさえ変化できると言われる、社会の影に潜むチート野郎だ。
一説によれば、人の生き血を好むという。地域によっては見つかり次第、即狩られる。
希少ではあるが、その逸話の多さや題材にされたサーガの数などから知名度は高く、初めて見たアビーでさえ、すぐにそれとわかるほどである。
「見た、目、赤くなった……!」
「ああ、気づくのが遅れたら、やばかったよ……」
「一発目の突きが、何か魔力で防がれたようだったが……?」
「たぶんスケープ・トーテムだ。効果が出たところは初めて見たけど」
「なるほどな。それが身代わりになったってわけか……」
外から見てても何も理解できなかったハーラン以外の三人で、わきゃわきゃと試合を振り返っていると、
「本日はこれで終了とします! 結果は追って通達しますので、みなさん、お帰りください!」
ノディマスの大きな声が響いた。
なんでそんなに慌てて? と、ふとそちらを見ると、スヴェンのところに担架が運び込まれている。
そうか。この試験で怪我人が出たということになると不都合だから、さっさと全員を帰してしまおうということなのだろう。
「心配ない、ノびてるだけだよ。……舌を噛んでたりしていなければね」
二撃目はきちんと力加減をしたアビーが保証すると、三人は安堵の表情を浮かべた。
「――そんじゃまあ、帰ろーぜ!」
なぜかハーランがビシっと締め、四人は帰路についた。
色々あった。気づけば全身クッタクタだ。
三人は一度アパートへ荷物を置き、大衆浴場へ行こうぜということにまとまったのだが――
驚くことに……! こんな日ですらハーランは、帰りにプチ屋に寄った……!