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第31話 やりさえすれば敵ではない

 やるやるとは思っていたが、マジでやりやがった……!

 拳を握りしめ、アビーは内心で喝采を送っていた。



 相手の攻撃を空振りさせてから、こちらの攻撃を当てる。

 いまヒーロによって行われたのはただそれだけのことであり、チャンバラというレベルですらない。だが、それを可能にするためには、常人離れした動体視力と、完璧な肉体のコントロールが必須だ。


 ヒーロにはその二つが備わっていた。だから、実現できた。それだけのことではあるのだが……


 ……なんか、羨ましいぞ……!


 今の鮮やかすぎる勝利に、ギャラリーもギルドの職員たちも(いつの間にか観戦のギルド職員が多少増えていた)、明らかにヒーロを見る目の色を変えている。


 ……そもそも、当事者たちを除いて、彼らが『ビリ通過』である事実は、この場にいる全員が薄々感づいていた。呼ばれる順番が、どうも上位からな気配だったからである。ヒーロたちだけが、それを逆だと思い込んでいた。


 だからライバルたちも、一番ドベのパーティーの実力はどんなもんかと、そういう気持ちで観戦していたのだ。ところが、どうだ。


 結果、最下位パーティーの、圧倒的勝利である……!


 第一試合から第三試合では、少なくとも数合の打ち合いがあり、ここまで一方的な展開はなかった。


 どよっ……! と騒めくライバルたちの間には、二つの感想が生じていた。

 一つ、やられた奴が油断したのだろう。……だが、こんなものは『そう思いたい』者の偏見にすぎない。それ以外の大半の感想はもう一つの方だ。


 ――何かの偶然で、奇跡的に超強い奴が、一人だけいたのだろう――



 「一回戦が最強カード同士の対決になる」と思い込んでいれば、その結論に導かれていくのも無理もなかった。

 だが、彼らの予想は、悉く外れることになる。



「……嘘だろ……」

 どこからか、そんな呟きが聞こえた。


 準決勝。

 相手がどんなに幼くとも、微塵も油断なぞすまい。そう固く心に誓い、力みなく木剣を握って、試合開始と同時に風を巻いて襲い掛かった男は、一撃に全てを懸けると同時にまた、二撃、三撃、四、五、六……と、息を吐かせぬ連続攻撃を見舞った。


 だが、その全てが、虚しく空を切らされている……! 浅黒い肌の、この場で最も年若く見える少年によって……!


 言わずもがなのクーであった。機敏さであればヒーロより上であり、動体視力も同じかやや上であろう。戦闘技術において、劣っている部分は一つも無い。


 己の目を疑うライバルたちとは裏腹に、ヒーロたちにとっては至極当たり前の光景であった。クーがヒーロよりも苦戦することなどあり得ない。

 なぜなら、彼らの役割分担としては、フロントで戦うのはクーとアビー二人の役目であり、ヒーロは純粋な戦闘員ではないという認識なのだから。



 クーは短い棒を無造作に握り、ぶらりと垂れ下げたまま、舞うような体捌きだけで全ての攻撃をいなしている。ガードの必要性を一切感じていないのだ。その証拠に、激しい戦闘のさなかにあって、表情はニコニコした笑顔である。


 ――それが相手のカンに障った。


 怒りの刺突が最高速度を叩き出す。それまでの斬撃、線での攻撃から一転、点での三次元攻撃へ……!

 反応が遅れたクーの顔面を、木剣が貫いた!


 ――ように見えたのは、残像だった。と、気づいたときには遅かった。


 男は「カクン」と軽く顎を揺らされ、そのまま膝を着いた。

 何が起こったのかわからないまま、


「それまで!」


 終了を告げる声を聞き、思った。

 一生勝てない――


 ――そんなこともない(努力次第で未来は無限大だ)と思うのだが、男は心を折ってしまった。まあ、それで折れてしまうのならば、遅かれ早かれなのかもしれない。彼はこれから、辞め時を探しながら暮らすのだろう……



 クーの凱旋は、ヒーロのときの比ではなかった。

 『どよ』では済まずに『ウワァー……!』だし、無関係な奴がさも『オレが育てた』とでも言わんばかりの表情で、ゆっくり拍手をしていたりする。



「よくやったな、クー! オレの目に狂いはなかったぜ!」


 『オレが育てた』の顔をしていたのはハーランだったようだ。ハーランが無遠慮にバンバンとクーの背中を叩く。


 するとクーは、困ったような笑顔を浮かべた。


「なんだよ、もっと喜べよ?」

 訝しんだハーランがそんな言葉をかけると、


「うん……でも、まだ、アビーが、ある」

 と、なんだかちょっと話題のすり替えのような発言で返した。三人ともこの時点で「なんか妙だな?」と思ってはいたが、事実、決勝戦を控えてもいるので、あの、出会ったときはまるっきり野生児のようだったクーも、先々のことを考えるようになったんだなあ……という感傷に思考を落ち着けてしまい、スルーした。



「アビー、がんばって」

 こんなに真剣なクーを見るのも三人は初めてだった。それだけ、このオーディションの重要性がわかっているからなのだろう。


 そしてまた、クーは野性的なカンが鋭い。クーが「がんばれ」と言うのなら、つまり――


 ――頑張る必要があるということ。言葉にするとただただ当然だが、アビーの戦闘力をもってしてその上さらに『頑張る』というのは、ただ事ではない。

 並の相手であれば、全く頑張らずとも、それこそ片手でも十分に叩きのめせるほどの実力を、アビーは持っているのだから。



「……わかった。全力でぶつかってくる」

 唇を固く結び、アビーは頷いた。




 ――決勝戦の相手は、同室だった、『月の牙』――


 これが、『一位』と『最下位』の対決であることを、全員が知っていた。(ヒーロとアビーとハーランは逆の認識ではあるが、奇しくも合っている)



 決勝戦の相手は、おそらく、リーダーと名乗ったスヴェンという男だろう。


 アビーの方を見ながら、不敵な笑みを浮かべているのだから……

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