第30話 最終審査に実技がある
――本来であれば。
「では、別の強みとして我がパーティーにありますのは~~」と、もうちょっとアピールしたいところではあったのだが、なにやらドラマチックなぶった切られ方をしてしまったため、面接は終了となり、実技へとなだれ込んでゆく。
舞台はギルドの別棟にある広々とした屋内修練場に移る。
そこに8組のパーティーが集められた。
※これは全くの偶然だが、アビーたち四人が最後に到着したため、それも含め、なんだか「うちら主役じゃね……?」感は強まっていた。真実は、8組中8位通過だったから、面接も最後だったというだけなのだが……
そんなイリだったこともあり、ビリ通過の四人はふわふわした心地で整列し、ノディマスからの説明を聞いていた。最も重要であると思われる部分を抜粋すると、
「実技は一対一の試合方式で行います。ただし、ここでの勝敗が全てそのまま結果に反映されるわけではありません。あくまで総合的な判断の一助となるものだと思ってください」
とのことだった。
そしてまた、丁度8組ということもあり、勝ち上がりのトーナメント方式にするのだという。一回戦ごとにチームから代表者一名を選出せよとのことで、出場の権利は一人一回まで。
加えて、
「ご存知の通り、現在国際法によって『死闘』は禁じられておりますので、使用する武器は、全てこちらで用意した訓練用のもののみとさせていただきます。また、試合はこちらの判断で即座に中止し、判定によって勝敗を決定します」
と、かつてギドと戦い勝利を収めた、勇者ナルタフと呼ばれた男は語った。
……これらの説明を、居並ぶ冒険者たちは、「時代遅れだなあ」と思いながら聞いていたことは否めない。(アビー一人だけ、ギドとナルタフの逸話を知っていたので、ノディマスがトーナメント形式をやらせてきたことに、なんとなく得心していたが)
なぜなら、これでは半数のチームが一回戦で脱落するからである。その一回限りのチャンスを指して『実技審査』とするのは、ちょっと厳しすぎはしないだろうか? そもそも、対人戦が得意でない者は? それ以前に、野蛮では?
……などという、ヌルい考えをしてしまうのが、現代の冒険者なのだ!
古来より、依頼、すなわち冒険者の『仕事』は『争奪戦』である。機会が平等に与えられる、などという生易しい世界ではない。
強者は弱者から仕事を奪い、さらに肥え、さらに力をつけ、さらに次の仕事を奪う。それが、冒険者業界の本質的な仕組みであり、だからこそ、冒険者が増えすぎてしまった現代において、レベル2の壁が誕生したのだと言える。
――そう考えると、絶滅するのは必ずしもゴブリンでなくとも良かったのだ。もしもゴブリンが姿を消さなくとも、その代わり別のレベル帯で、レベルアップを狭める関門が発生していたに違いない。
クールでドライで知的に見えるノディマスも、元冒険者である。それも、勇者とまで呼ばれた男だ。となれば当然、激しい競争を勝ち残ってきたわけである。冒険者業界の風習は、骨の髄まで沁みついているだろう。
冷徹で理知的な物言いから、参加者たちは勝手に勘違いしていたが――ノディマスは決して、効率主義の理論派ではない。
むしろ、ゴリゴリの根性論タイプだったりするのだ……!
だからこそ、半分ずつ減っていき、1組しか勝利しないこのトーナメントも、「それが当然でしょ?」くらいの感覚なのだ……! 「だって結局、合格するのは1組なんだし」――
もっと言ってしまえば、「死んだらそれまでじゃん」くらいに、ノディマスは思っている……! 建前としてはやれ国際法がどうだ、訓練用の武器がどうだ、危なくなったら止めるだどうだと言ってはいるが、本心としては、安全なんかクソ喰らえ、危険を買うのが冒険者って商売だ、というのが彼の信条なのだ。
簡単に外に見せはしないが、ノディマスにはそういった前時代的で鬼教官的な厳しさがあり、だからこそ、オーディションや若手冒険者のプロデュースにも全力で取り組んでいるのだとも言えた。
参加者たちが釈然としていない空気を醸していることなどお構いなしに、ノディマスはトーナメントの組み合わせを発表していく――
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「……俺が負ければ、そこで終わりか……」
一回戦第四試合。既に3組のパーティーが、「終わった……」と、床を叩いている。
ヒーロたちは時間が与えられたのをいいことに、他の対戦をろくに見もせずに作戦を練った。(どの道、一人一戦しかできないのだから、観戦にさほどメリットもない。そのあたりは一応考えられているらしかった)
まず、軽く状況を確認した。
誰に当たるにしろ、残っているのは全員男性で人間族。(クーのような例外がこの場に二人もいる確率はさすがに低すぎるだろう)
また、魔術の警戒は必要なし。(こんな場に魔術師がいるはずはない、というのももちろんだが、レベル2以下で使用可能な魔術を考えたときに、脅威となるものはほとんどない。一対一ならなおのこと、先制攻撃で精神集中を乱せば、それで仕舞いである)
ここまでを前提として、では、誰が何回戦に出場するべきか? 8組でのトーナメントということは、最大でも三試合であり、出番の回ってこない者が一人出る。
これはハーランで決まりだった。
次に、一回戦、準決勝、決勝戦で、三人をどう割り振るか。
当然、最も肝心なのは初戦である。次いで二回戦。なぜなら、負ければそこで終わりなのだから――
――と、他のパーティーも考えるんじゃね?
四人のうち、誰ともなく、そんなことを言った。(クーの口調ではないのは明らかだが、とはいえ、同じ意味の発言をする可能性はあったため、あえて含まれている)
そういう考えに至ってしまったとき――彼ら四人には、共通した悪戯心が働く。
なら――逆やってみようぜ。『優勝する前提』で。
一番強いカードを、最後にとっておいてみようぜ――
そうして、一回戦に、リーダーのヒーロが登場したのだ。
これは単に、アビーとクーの方がより強いからなのだが、先鋒を務めることに、ヒーロはプレッシャーよりも、多少の名誉を感じてもいた。
筆記試験での失態を取り返すチャンスがやってきた――ヒーロは、そう前向きに受け止めていた。
あのときは、緊張の向こう側を見てしまったが、あんなことは滅多にあるものではない。統計の取りようもないが、あそこまでのパニック状態に陥ることなど、長い人生でも平均二回くらいだろう。
とすれば、この短い間隔で、またあれが来ることはさすがに考えにくい。今なら若干の耐性もある。
ヒーロは布に巻かれた練習用の木剣を握り、トントンと軽くつま先で飛び跳ねた。四肢は動く。いつも通りだ。
いつも通り、全身が寸分の誤差なく、思った通りに動く。
集中度合もベストだった。前方に立つ対戦相手だけがはっきりと網膜に映り、両サイドの審判やギャラリーなどは、いい感じにボヤけている。雑音も耳に入ってこない。
「――第四試合、始め!」
合図と同時に両者地面を蹴った。
二人とも右手に木剣。瞬時に距離は詰まり――
ヒーロは先手を譲った。上段からの鋭い斬撃が、風を切り裂いて迫る。
動体視力に優れた者が、ある程度離れた距離から目撃したことを言い表せば、それは実に単純なことだった。ヒーロは直前で減速し、ギリギリで斬撃を空振りさせた。
毛一筋ほどのギリギリで。
そして再び急加速すると、相手の胴を払いざま、後方へ抜けた。
「そこまで!」
一瞬で準決勝進出を決めたリーダーは、メンバーの元に戻ってくるなり言った。
「ちょっと床が滑るな」