第3話 一般人には罰則がない
アビー、ハーラン、ヒーロの三人は、いわゆる『冒険者になるため都へやってきた若者』だ。種族も共通して人間族。
冒険者ギルドに登録後、酒場などを渡り歩くうちに、馬が合いそうな者同士で自然とパーティーを組むに至った……という、ありふれた結成秘話を持つ。
※ちなみに、三人とも登録職業が『魔法剣士』なのは、「三人とも魔法が使えるから」ではない。この先、もしも魔法を使う機会が訪れたときに、登録職業が『戦士』であった場合、職業の変更や職業対象外魔法使用申請など、余計な手続きが必要となってしまうからだ。
――『戦士』なら『魔法剣士』で。
というのは、いまや新人冒険者の常識である。(稀に純朴な若者などが馬鹿正直に登録してしまうこともあるが)
「ハーラン、大きな声、リス、逃げちゃった、です」
発音しづらそうな共通語に身振り手振りをまじえ、太陽のような笑顔を浮かべる少年。
それがパーティーの四人目。レベル2戦士のクーだ。
『戦士』である。
それは、この少年が、外界と交流をもたない未開の部族出身であるためだった。アビーたちと知り合ったときには、既に戦士で冒険者登録した後だったのだ。
だが、それを補って余りあることに――
――クーの種族は『その他』なのである。
現代において『人類』という呼称はあらゆる種族を同時に指すものとされている。だが、以前は『四大種族』と呼ばれていたのが、人間、エルフ、ドワーフ、ハーフフィートである。単純に人口が多かったわけではなく、知名度が高かったため、俗に『メジャー種』とも呼ばれ、だいたいどの都市にも種族街があるほど、世界中に広く分布している。
社会での役割もわかりやすい。人間はあらゆる面で平均的。エルフは精霊の友。ドワーフのクラフトは生活に欠かせない。ハーフフィートは歌で情報を世界各地にお届けする。
……というイメージが強いのも、どんな種族の子供たちでもよく知るおとぎ話にそういった内容のものがあり、その影響である。古典は偉大だ。
だが当然、種族は四つだけにおさまりきらない。元素界や魔界との距離や、あるいは祖とする神の違いなどによって、物質的にも枝分かれした多種多様な種族が存在している。
学者たちも全てを網羅しきれてはおらず、現行の法律も全種族に個別対応はしきれていない。
よって役所には必ず『その他の種族』と、まとめられている窓口がある。
三人はクーの種族の正式名称を覚えていない。共通語では意味をなさない唸り声にしか聞こえなかったためだ。
見た目は人間族と大差ない。クーはアビーとハーランの四つ下、現在十四歳。浅黒い肌をした少年にしか見えない。
何か能力はないのか? 出会ったばかりのハーランの質問に、クーはこう答えた。
「クーの、目、鼻、耳、風、いっしょ、なる」
「あらあら、そうなんだねえ。クーちゃん、お茶、おかわりいるかい?」
「いる!」
「お菓子もお食べ?」
「食べる!」
おばあさんが差し出した自分の分のお菓子を、クーは屈託のない笑顔で受け取る。
ジャイアントスクウェールを取り逃したのち(結果的にそれでよかったと言える)、四人は農場の見回りを終え、古くなったドアの蝶番を交換してから依頼人の元へ報告に戻り、そしてお茶をごちそうになっている。
依頼人の老夫婦はまだ六十代で、本当のところ、冒険者に依頼などせずとも余裕で畑仕事に手が回る。わざわざ依頼をしてくださるのは、若者への支援に他ならない。
何を隠そう、ご夫婦共に元冒険者なのだ。最終レベルは――18。
英雄とは呼ばれないまでも、冒険者の平均年収を爆裂に釣り上げていた側であり、成した財で広大な農地を手に入れた。そして今、次の世代の冒険者たちに富を還元しているのだという。
鬼のようにできたご夫婦である。
※ちなみに言葉の女神の祝福により、人口の三割ほどが善人になったという論文が発表されたことがあるが、その根拠や妥当性については未だに論争が続いている。
「おいクー、少しは遠慮しろよ」
リーダーとして、ヒーロがクーをたしなめる。
「いいのよ、ヒーロちゃん。あたし、若い子が食べてるとこ見るの大好きなの」
「とっても、おいしい、です!」
「……すいません、お言葉に甘えさせていただきます」
「……さてと、ジャイアントスクウェールじゃったな」
テーブルの端の席で、ニコニコしながら妻と若者たちのやりとりを見ていたおじいさんが、よっこいしょと立ち上がった。
「そっスけど? それがどしたんスか?」
椅子を反らせ、頭の後ろで手を組んだまま返答する失礼千万なハーランにも、おじいさんは全く気を悪くすることなく応じる。
「ふむ、よければ今日は、夕飯も食べていきなさい」
なおもニコニコと笑みを浮かべながら、おじいさん。
手には一本のナイフ。
「え?」
「ギルドに報告しても、別の冒険者が来るだけじゃからのう。そうなれば、君らに報酬を払えん……わしが自分で始末すれば、一緒に食うくらいはできるでのう」
ギィという扉の音を残し、おじいさんは部屋を出ていった。
そうなのだった。正規の流れは以下なのである。
①戦闘闘可能レベルに達していないモンスターと遭遇する。
↓
②すみやかに逃走し、ギルドに報告する。
↓
③ギルドが事実確認を行う。
↓
④ギルドが討伐の必要ありと判断した場合、新規の依頼として冒険者の募集が改めて行われる。
↓
⑤応募の際に『戦闘可能レベル以上』の条件が設けられる。
つまり今回の場合、ジャイアントスクウェールを発見したヒーロたちは、レベルが2のため戦闘を避け、ギルドに報告せねばならない。すると後日、レベル3以上の新たな冒険者がやってきて、ジャイアントスクウェールを討伐し、老夫婦はそちらに報酬を支払うことになってしまう。
老夫婦として、それは本位ではないのだ。
※ただし気をつけなければならない。逃亡と報告は『義務』であり、怠れば罰則が発生する。とはいえ『遭遇』のみではログに残らないため、全員が口裏を合わせればこういったグレーな対応も可能だ。……だが、もしも目撃者がいた場合、違反を咎められる可能性は高いだろう。
老夫婦は冒険者ライセンスを返還している。所持したままの場合、冒険者同士の依頼となり、またややこしい制約が発生してしまうためだ。(簡単に言えばより多くギルドに手数料を抜かれる)
よって、今のおじいさんは一般人。不思議なことではあるが――
一般人ならば、どんな高レベルモンスターとも自由に戦うことができる!
(自己責任というわけである。そこにギルドは関与しない)
おじいさんは、元レベル18。ジャイアントと名のつくものなら、ジャイアントスパイダー(山蜘蛛)やジャイアントセンテピード(大サソリ)など、リス公以上の難敵を、何体も屠ってきたことだろう……
ナイフ一本で十分なのである。
「さあさあ、冷めないうちに、どんどん食べてちょうだいね♪」
ジャイアントスクウェール。食べれば美味い、デカいリス。
一般人なら狩るも自由。
冒険者なら――
レベル3以上でタダのカモ。
レベル2以下でデスエンカ。(全滅する、ではなく、『詰む』という意味で)
四人は複雑な思いで、鍋のリス肉を頬張った。
美味かった。それは。
彼らが愛情を注いで面倒見ていた農園で採れたカッショーの実が上出来で。
その実から作られたスパイスがいい仕事をしているからなのだが。
だからといって虚しさは埋まらない。
美味かった。でも、辛かった――