前へ次へ
28/77

第28話 お年寄りにも茶目っ気がある

「ぬ、な、まっ……! ……じっすか……!!」


 二回目だしと、ある程度落ち着いて面接会場に入ったアビーは……


 ――四人並んでいる対面の、左端の人物を目にし、愕然とした。


「よお」

 そこには、見慣れた我が師が、ニヤニヤ笑いながらこっちを見ていたのだ――




 二次面接の面接官は四人に増えていた。

 一次から続投のノディマス、人事のハンス。三人目は、アビーの剣の師である、熟練冒険者のギド。

 そして最後の一人は――ノームのじいさん。



「……おや? 君はたしか、いつも一番前に座っている……?」

「そうですそうです。ヒーロといいます。いつも、お話聞かせてもらってます……!」


 ヒーロの三年間の地道な努力が、ついに実を結んだ瞬間であった。




 一次面接のときと違い、明らかに『ホーム』な空気で始まった二次面接。

 四人は見違えるほどリラックス。面接は滞りなく進行していく――



「先日はどうも、ギドさん」

「おう。応募、間に合ってよかったな」

 ヒーロがギドに挨拶をすると、

「お知り合いなんですか?」

 ハンスがギドに尋ねると、ギドは、「それ」と目線をハンスの手元の書類に送る。

「……あ! アビーさんって、ギドさんの弟子なんですか! すごい偶然ですねえ!」

 「気づけよな」とは口にせず、ニヤニヤと笑うギド。アビーは一人、逆の意味で緊張もする。


 そのほかにも……


「プチ屋といえば、隣の国、タルリアナはいいね。あそこは、出すよ」

「え、打つんですか?」

「出張したときなんか、必ずね」

 ハーランの趣味に好意的に食いついたノームのじいさんが、柔和な笑顔を浮かべて自分から脱線を導いていったりするなど――



 ――漂う、圧倒的『いけそう感』――




 と。

「あなたたちのパーティーに、強みはありますか?」




 氷の一撃だった。談笑の間隙を縫い、決して大きくはないが、よく通る、無機質な声。

 たった一言で、ノディマスはフィールドの属性をチェンジさせた。さっきまでのプラス効果(バフ)は失われ、四人の思考は一瞬停止。

 再始動したときには、またもやゼロからのスタート。正解のわからぬ闇に突き落とされている。



「ええと……戦闘、だと思います」

 沈黙の長期化を防ぐべく、絞り出したヒーロの返答に、ノディマスは瞳をギラリと光らせた。

「レベル2で戦える相手はゴブリンとレイニー・ゲルのみです。それとも、他のモンスターとの戦闘経験があるんですか?」

 まずった。ヒーロは背筋が凍っていくのを覚えた。イエスと答えれば犯罪者だ。いや、ログも残っていないわけだから、それはありえないのではあるが……


「いいえ」

「では、戦闘が得意だという根拠はなんでしょうか?」

 ほら、そう来た……! 一応、まだ何手か残ってはいるが……


「自分は、二年半、ほぼ毎日剣の稽古をしています」

 答えるアビーに、ヒーロは内心で詫びた。

 すまん、当然そう答えるよな……! だが、俺のミスで、もう袋小路なんだ……!



「稽古は実績にはなりません。だからこそ、冒険者法によってレベルが規定され、ポータブルライセンスにログが記録され、実力の目安となっているのです。基準がなければ、公平な判断を下すことはできません」

 ノディマスにピシャリとシャットアウトされ、絶句するアビー。



「戦闘に自信があるなど、冒険者には当然のこと。というよりも、勝てると確信した相手以外に挑むことは論外であり、冒険者法もそれを全力で禁じています。私が聞いているこの場合の『強み』というのは、セールスポイント、つまり、あなたたちが、他のパーティーと比べ、抜きん出ている点、差別化を図っている点のことです」



 次々と積み重ねられていく言葉に、クーやハーランなどは完全に脳が追いついていかないし、アビーとハーランの二人にしても、ノディマスからの『怒気』を感じ取り、何も言い返すことができない……


 と、


「セールスポイントももちろん大事だが……それは主に、ギルド側で考えてやることじゃないか? レベル2のこいつらに、今の時点でそれを答えろってのは、酷ってもんなんじゃねえか?」


 苦々しく助け舟を出すギド。ノディマスはそんな老戦士を一瞥し、


「確かに、おっしゃる通りですね。失礼しました。みなさんが親し気に雑談されていたので、つい私も、胸襟を開いてしまったようです」


 鮮やかな反撃。見事な皮肉だった。これにはさしものギドも引き下がるしかない。



「新世代の冒険者たちに、これからのギルドの未来を託そうという気持ちは私も同じ。だからこそ、本来冒険者ではなくギルド側が留意しなければならない裏の観点まで、話してしまいました。ただ、これもみなさんに期待しているがため。悪く思わないでくださると幸いです」



 ノディマスはヒーロたち四人に軽く頭を下げた。

 ヒーロなどは嫌な予感がした。弁論巧者はしばしばこういった手法を取る。即ち――自分の否はきちんと認めるというポーズを取り、それに倍する口撃・指摘を周囲へ砲火するのだ……!



「そもそも、ギドさん。戦闘力のアピールが無意味であるということは、あなたが説明するべきことだったのではありませんか?」

「俺が?」

「こういった場、面接官という立場で、『俺』という一人称はどうでしょう。まあ、一旦それには目を瞑りましょう。今でも冒険者資格を返還していないあなたにこうして同席をお願いしているのは、『戦闘の第一人者』としての観点から協力していただきたかったからです」

「それくらいわかってらあ」

「ですから、その言葉遣い。まあ、一旦それには目を瞑りましょう。『それくらいわかっている』とおっしゃるのであれば、私にこんな小言を言わせる前に、行動で示していただきたかったと切に思います。あなたが私よりも先に、それは強みにはならないということを指摘してくだされば、こうして応募者の前で内輪揉めのような姿を見せることもなく済んだわけです」

 手がつけられなかった。ギドも口が達者な方だが、こうも勢いづかれては……


 それに――何人かは、なんとなく感じた。

 彼は、ギドのことが、前々から気に入らなかったのかもしれない。


 だから、この公の場で、正論でギドを非難することによって、溜飲を下げているのかもしれない。

さらにはそれだけではなく、ギルドでの権力争い・縄張り争い的な意味合いにおいても、けん制を入れているのかもしれなかった。

 ※裏を返せば、ギドもいまだに、冒険者ギルドに対して一定以上の発言権を持っているという証拠にもなる。無論それは、最終面接の面接官として呼ばれていることからも明らかではあるのだが。


 ますます勢いづいたノディマスは、さらに論理を展開する。

 ……が、あまりにも絶対的な優勢に、瞬間、油断が――


「だいたい、戦闘力の根拠が稽古だとするのなら、その稽古を証明しなければなりません。ですがそれは不可能です。自分はあの英雄に鍛えられた、などと、誰にでもいくらでも言うことができるのですから」

 ……ん? それは……?


 という空気が流れた刹那、ノディマスがほんのコンマ1秒ほど「しまった」という顔をしたのを、誰かは見逃さなかった。


「これはただの偶然なんだが――」


 ポリポリと頬を掻きながら、ギドは――



 ――申し訳なさとしてやったり感が混ざり合ったような、複雑なニヤケを浮かべた。



「そいつの稽古の……証人ならいるよ。俺だ」

前へ次へ目次