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第26話 一方その頃というときもある

 『自然』に触れるには、兎にも角にも都を出なければならない。壁の中にも公園くらいあるにはあるが、辺境出身の者からすれば、そんな物を自然などとは片腹痛いのである。


 だからクーはいつも南門を抜け、農地のさらに外まで足を運ぶ。自分を見つめたいときや、鍛え直したいときなど、折に触れて。


 無論、都から歩いて行ける程度の範囲にある木々の背丈で満足できるほど、温室育ちなクーではなかったのだが、移動時間などを鑑みるに、その辺りが現実的に行って帰って来れるエリアなのだ。


 いや、クー自身はアパートに帰らず、野宿でもさほど問題はない。日帰りできる距離にこだわる必要は、彼自身にはないのだ。が、いつまで経っても帰らなければ、面倒見のいい三人のことだ。クーのことが心配になり、捜索し始めるだろう。それがわかっていたので、クーは無断外泊をしたことがない。


 クーは少しだけ、知っていた。今ではほとんど聞き取れる共通語だが、不慣れな風を装った方が、結果、得をするということを。

 見下す奴には、見下させてやればいい。それで、底は知れる。ラインを引ける。



 決して邪悪とまではいかずとも、クーは周りが勝手に思うほど、清廉潔白な聖人ではない。故郷の村では七人兄弟の長男であるし、生きていく上で、『小賢しさ』が必要なことなど、教わらずとも知っている。



 そんなクーだが、同居する三人のことは、故郷の家族たちと同じくらい、大事に思っている。

 まだ一年ほどの共同生活ではあるが、彼らからは、掛け値なしの好意を感じているからだ。

 (※きっかけとしては三人にも『異種族の仲間は激レアだ』という打算はあったわけだが、両者にとって幸運な事に、そのときのクーはまだ、打算をかぎ分けようとしていなかった。今では三人とも、そんなことはすっかり忘れて、ただただ可愛い弟のように、クーに接してくれている)



 そしてまた――都会という新たな刺激によって、クーの素質は伸びていた。

 クーの素質とはつまり……『勘』である。


 その勘が告げていた。



 もしかすると――自分一人だけが、三人を置いてけぼりにしてしまうかもしれない、と。


 そうなったら――自分はどんな決断を下すのだろうか?




 その答えを求めて、やってきた森ではあったが。

 足りない。

 全然足りない。自然が。

 風が。


 そんなところでいつまで思案していても、答えなど浮かんでくるわけがなかった……



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「発表は明日だそうだが、連絡が来るとしても早くて三時、遅くて五時とかだろう。それまで、無駄にヤキモキしていたって仕方がない。各自、普段通り過ごしてくれ。バイトに行ったら、『一ヶ月休むかも』の頭出しだけは、忘れずに言っておいてくれ」


 全員揃った深夜のアパートで、ヒーロはメンバーにそう命じた。

 こう伝えておかなければ、特にアビーなどは、緊張のしすぎで生活のリズムを乱してしまう可能性があったからだ。


 もし、一次面接を突破していた場合、まだ二次面接があるわけで、もっと言えば、合格したらフォレストドラゴンを討伐しに行かねばならない。

 こんなところで体を壊したりしたら、悔やんでも悔やみきれない。



 ――などと言っておきながら、翌日。

 午前中のうちに、ヒーロのポータブルライセンスが光り。


「一次面接結果:合格 二次面接は明日、シンヤークギルドにて」


 嬉しいは嬉しかったのだが、既にアビーは早朝バイトに行ってしまっており、ヒーロはハーランとクーを叩き起こし、三人で祝杯を挙げた。

 アビーが帰宅したら、また挙げれば、よかろう。



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「――というわけで、オーディションに合格したら、一ヶ月ほどお休みを頂くことになると思います」




 虫が知らせたのであろうか。アビーは早朝のバイトが終わると、一度アパートに顔を出した。

 そして、午前中から行われている酒盛りを目撃し、瞬間、迷った。


(どっちだ!?)


 と。

 ※ただ、あと数秒冷静に考えていたらば、『ヤケ酒』の可能性はかなり低いと思い至れたはずである。なぜなら、『落選』の連絡は、『合格』の連絡よりも遅れてやってくるというのが通例なのだから。


 そしてすぐに桜の咲く報告(合格通知)を見せてもらい、ガッツポーズをしたのち、酒宴の誘いを断ると、いつもと変わらぬ生活を送るため、師匠の道場へ。


 さすがにもう共有してよかろうと、アビーはオーディションの進捗状況を、師であるギドに打ち明けたところなのだった。




「よしわかった。休みのことは気にすんな。ま、どーせ弟子はお前しかいねえし、町の剣術道場じゃねえんだ。どうにでもなるさ。それよか、全力でいけよ。力を出し損じて落選なんて、つまんねえ結果を残すんじゃねえぞ」

「はい!」


 ギドは嬉しそうにニヤニヤしてくれていた。月謝がひと月分なくなるのだから、金銭的には面白くない話であるはずなのに、それよりも弟子の将来を、諸手を挙げて応援してくれているのだろう。


「明日か」

 そのギドの呟きを素早く拾い、

「はい。残ってるのは10組くらいだと思います。次こそ実技があるかもしれません」

 返答するアビーはやや早口だった。逸る気持ちを抑えているのも、そろそろ限界が近いのかもしれない。


「実技に関しちゃあ――」

 ギドはキセルでアビーを指し、ぷかりと煙を吐き出しながら言う。

「お前の右に出る奴ぁ、レベル2にはいねえよ。自信持ってやんな」

「はい!!!」

 胸に手を当て、一点の曇りもない眼で、アビーは声を響かせた。




 ――ん? と、ギドは思った。やけに自信満々すぎる。かといって、過信でもない様子だが……?


 まあ、適度なら、あって困るものではない。特にアビーのようなタイプは、常に精神的に有利な位置を確保しながら立ち回った方が、実力以上の力を発揮する。


 それがわかっているから、自分の精神の波をそこへ持って行ってるのだろう……と、ギドは解釈した。




 ――だが、実は――


 アビーが手をやった胸の部分。実はそこに、自信の源があったのだ。


 内ポケットにひそませている、一見すると、小さな土人形にしか見えないアイテム。

 これこそがアビーの『切り札その1』だ。


 それは、ある日早朝の繁華街で偶然拾った魔具――<スケープ・トーテム>である。

 魔具にも様々に種類があり、中には使用や所持に制限があるものも少なくはないのだが、スケープ・トーテムは一般人でも護身で所持する場合があるため、無許可でも使用可能であった。そして、この魔具の効果というのは――


 一回に限り、所持者への致命傷を代わりに引き受けてくれる、というものである。


 簡単に言えば、『一度死んでも大丈夫』になる魔具だ。そのため、大商人などが、暗殺を警戒して懐に忍ばせていることが多いという。その有用性のため、スケープ・トーテムは非常に高価である。(存在自体がレアというわけではないのだが、供給に対して需要が多すぎるのだ)



 魔具としての知名度は高かったため、アビーはすぐにそれだと気づき、そっとネコババした……

 高価なことも知っていたので、数日は落とし主を探すかどうか葛藤し、それらしい人がいたら正直に返そうと、拾った現場の周辺をうろついていたのだが、どうも誰も探している気配がなかったため、次第に、「これは天からの贈り物だ」と納得するようになっていった。

 一年以上が経った今では、罪悪感など微塵もない。



 そして、考えれば考えるほど……この魔具は、アビーの戦闘スタイルと、ジャストマッチしているのである。


 アビーの剣は、師であるギド譲りの、『最速で標的の生命活動を停止させる』技術に特化している。具体的にどういうことかというと、要するに最高速度で相手に突っ込んでいくわけであり、弱点は当然『カウンター』ということになる。つまり、アビーの剣は、相手が死ぬか自分が死ぬかの、一か八かの捨て身の刃なのだ。


 そこで重要なのは、『恐怖』を克服することである。自分の方こそ死ぬかもしれないという迷いが頭をよぎってしまえば、踏み込む足は浅くなり、剣が届くのが遅れ、結果、逆に命を失うことにつながってしまいかねない……


 もちろん、日々、鍛錬に鍛錬を重ね、その『恐怖』を真正面から乗り越えられる精神的な強さも、アビーはある程度会得してもいるが――



 その点に関してだけ言えば、スーパーチートアイテムなのである……! スケープ・トーテムは……!


 たった一度きりとはいえ……!


 これを隠し持っている限り、アビーの踏み込みは何者にも劣ることはない。どんなチキンレースにも、一回だけ、確定で完勝できるのだから……!


 これは、仲間にも、師匠にも打ち明けていない、アビーだけの秘密だ……!




 ――夕日に染まる、弟子の自信に満ち溢れた表情を見て、師匠は不敵に笑うのだった――

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