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第20話 そんなドラゴンはいない

 カラスカアで夜が明けて。二次試験が明後日に迫る。


 日中はそれぞれ予定がある。というか、前日あれだけ飲んだというのに、アビーはいつものようにキッチリと早朝アルバイトに出かけたため、どの道、夜にならなければ全員集合はしないのだ。


 ヒーロは二番手で目覚めると、ズキズキ痛む脳を白湯でやわらげ、外出した。家庭教師ではない。図書館へ、調べ物に。


 ハーランは夜まで寝るだろう。クーは一人郊外へ。野生の勘を取り戻すため。



 筆記試験から二次試験までの間……その貴重な数日の過ごし方として、これは正しいのだろうか?


 気は急く。


 だが、なら具体的に、何を準備すれば?

 精神状態は? 高めれば良いのか? 平静を保てば良いのか?


 全て、当事者には、わからない。



 後から成功者が、『当日の早朝までアルバイトしててさ』と、面白おかしく語ったとしても。

 それはショーだ。現実に答えはない。




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「……では、改めて、追加された情報を共有する。本来であれば昨日の時点ですぐに共有し、検討すべきだったが……」

「いや昨日必要だったのは酒さ。間違いねー」

「……そうだな。今回は、ハーランの言う通りだということにしておこう」


 狭いアパートの一室。結局のところ、ここが最も便利だということに落ち着く。

 毎月家賃を払っているのだから、使わなければもったいない……などと、そこまでみみっちいわけでもないが。(ちなみに家賃は六万レンなので、一人頭一万五千レン、生活費を含めても一人三万レンもあれば最低限生活はできる。ただ、アビーは剣術の稽古、ヒーロは本や資料、クーは仕送りハーランはドブと、それぞれ支出も多いため、もっと豪華な部屋に越そう、といった案は、これまでのところ出てきていない)


「知らされたのは、オーディションに合格した場合、受けることになる依頼の、討伐対象だ」

「ゴブリンか?」

「ゴブリンはいない」

「つーのは嘘で、実は冒険者ギルドが裏でゴブリンを飼育してたりとかは……?」

「なるほど。それで、選ばれた冒険者だけをレベル3にするわけか。都市伝説にしては筋は通るな」

「ハーラン、アビー。……どうしてこのタイミングで無駄口を叩くんだ?」

「無駄口ってことは、意味はねーのさ!」

「確かにな。黙ってろ」

 ズビシと立てられたハーランの親指を無視し、ヒーロが続ける。


「討伐対象は、フォレストドラゴンだ」

「はぁ!? ドラゴン!? ナメてんのか!」

 初めて耳にしたかのようなリアクションで、ハーランが唾を飛ばした。(実際は二度目なのだが、あのときは別のことに夢中だったのであろう)



 フォレストドラゴン――

 有鱗目トカゲ亜目に属する――

 ――別名ジャイアントリザード。

 ドラゴンではない。



「ドラゴンってついてるけど、ドラゴンじゃないんだよ」

 アビーが言うと、

「じゃあなんでドラゴンてついてんだよ?」

 という質問が返されるのは当然の流れである。



 ――女神の祝福以前、魔具革命以前。

 『冒険者』という職業がまだ、『ゴロツキ』と大差なかった時代。


 人々は無知であった。大きな街ならいざしらず、少しでも街道から逸れようものなら、情報といえば旅芸人の歌くらいのもの。


 当然その歌も大いに脚色されているか、あるいは全く無からの創作も含む。


 ワインを飲みながらくつろぐ酒場では、情報は娯楽だった。


 人類はまだ、『情報とは正確であるべき』という観念を持っていなかったのだ。(一部の魔術師や学者を除き)



 さてそんな時代。とある村にて。

 ある日、血相を変えた一人の男が、こんなことを叫ぶ。

「ど、ドラゴンだぁーっ!」


 慌てふためく村人たち。それが真実、かのサーガのドラゴンならば、こんな寒村、炎の息吹でイチコロだ。


 そこへ現れたるは武装した数人の若者たち。引き受けた、と、鬱蒼とした森に颯爽と、消えていき、戻った数日後。


 引きずってきたのは巨大な首。口には牙が、頭には角が。目撃した村人一同、やれ恐ろしやと身を震わせる。


 彼らこそ『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』だと、人々は讃えたが――



 真実は違った。その若者たちは、知っていたのだ。

 これが、ドラゴンによく似たただの巨大トカゲ……『ジャイアントリザード』だということを――


 彼らはそこに住み着き、生涯村人たちをだましおおせ、あろうことか銅像まで建てさせた。記念に剥製にした、ドラゴンの頭部とともに。


 月日は流れ――たまたま訪れた旅人が言う。

「これはドラゴンじゃありませんよ」


 村人たちは愕然とし、それから憤怒する。


「誰だ最初に、こいつをドラゴンと呼んだのは!?」




 少しマイナーではあるが、まんまこの通りの寓話が存在する。アビーはそれを語った。



「要するに、ドラゴンじゃなくてトカゲってことね」

 ハーランに悪気はないのだろうが、何の慈悲もなく要されてしまい、アビーは一瞬悲しかった。だが、その悲しみは自分の物ではないなと即座に切り替え、

「そういうこと。名前だけ定着しちゃったっていうパターンだな」

 と付け足した。


「じゃあ、何レベル?」

 あぐらをかいて膝をピョコピョコ上下させていたクーが珍しく質問をした。


「フォレストドラゴンの戦闘可能レベルは、『5』だ」

 右手をばんと広げ、ヒーロは示した。



「それは……どーなんだ? 強いの?」

 間抜けな表情をしたハーランに、ヒーロが断言する。

「弱い」


 ジャイアントスクウェール……巨大なリス公が、レベル3である。

 レベル4に属するモンスターは割と多い。代表的なものは、ジャイアントバット(大蝙蝠)と言われている。


 そしてレベル5の代表的なモンスターといえば……


「ワイルドウルフと同レベルだ」

 なのだった。

 ワイルドウルフ。最もメジャーな野生の狼である。


「それは、あれか? 群れるとかも、加味して?」

 ハーランの問いにヒーロは頷きを返した。

「もちろんそれもある。ワイルドウルフは通常、単体で遭遇することは有り得ないからな。それに対して、フォレストドラゴンは基本、一体だ。とはいえ――だぞ? 狼五、六匹分くらいの強さだったとして……どうだ?」


 どうだ? と言われ、ハーランは腕を組み、天井を見上げた。

 想像しているのだろう。この四人が、それなりの武装をし、原っぱなどで、五、六匹の狼と遭遇し、戦っている姿を。



 やや、時間がかかった。ハーランにしては珍しく、何通りかの想像を巡らしていたのかもしれない。

 腕組みを解いて、彼はニヤリと笑った。



「これでオレも、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)か」

「「だからドラゴン違う」」

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