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第2話 レベル2はリスに勝機がない

「俺様はただのレベル2じゃねえ。実力はレベル10のレベル2だ」


 首都ウルトの酒場で石を投げ、当たった相手に尋ねれば、必ずこう答えるだろう。


「自分はそんなヤツらとは違う」

 アビーは思う。

 だがそれもやはり、全員が口にすることなわけで……

 という風に思うのもまた全員なわけで……



 何重の言い訳を用意しておけば、同類と見られないだろうか?


 というところまで行ったあたりで、思考をやめるようにアビーはしている。


 だがそれでもやっぱり心の奥底が疼く。

「本当に……おれには、おれ達には……レベル10くらいの力はあるんだ……!」




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「――間違いない……ジャイアントスクウェールだな……」

 双眼鏡から目を離さずに、パーティーリーダーのヒーロが呟いた。

 それはレイニー・ゲルの駆除のため、四人で馴染みの農場を訪れているときだった。



 レイニー・ゲル……別名『雨上がりスライム』は、その名の通り雨が降った翌日、植物の葉の裏側などに発生する。同種同士で合体を繰り返し、子供の拳くらいに成長すると、農作物に害をなす。

 自ら人を襲うことはなく、子供や老人でも容易に駆除できる。一般的ではないが食材にもなる。が、体内に微量の魔力を含んでおり、専門の資格を所持していない場合、『生きたまま』搬送すると法に触れる(厳密には)。


 都の周辺には農地が広がっている。大地の女神の祝福により不作とは縁がなく、また万が一の際には首都へ食糧を直送する役割のため、国からの支援も手厚ければ取引額も高い。そのため一軒一軒の生産農家は、それぞれ非常に裕福である。


 刈り入れの時期や畑の手入れのため、定期的に募集される『農家からの依頼』は、レベル2冒険者にとって大切な資金源であった。

 農家の方々は金払いが良いだけでなく、雑用をこなしたり茶飲み話に付き合うことで、追加のお小遣いをくれたりもする。通年で仕事があるわけではないのがネックだが、農家さんとのパイプは、それがない冒険者からは羨望の眼差しで見られる。



「……ジャイアントスクウェール……つまりデカいリス公だ」

 ヒーロはパーティー四人の中で最年長。といっても、アビーの一つ上でしかなく、今年で十九歳。酒が入ると「俺はいつだって挫折してやる。それをしないのは、俺がまだ若いからだ」と語る姿は、自分に自信があるのだかないのだかよくわからない。登録職業は魔法剣士。レベルは2。


「知ってる」

 アビーは現存する全てのモンスターとのイメージトレーニングを済ませてあると豪語する男。無論巨大リスも熟知している。

「どうする?」

 微妙な表情で見つめ合うアビーとヒーロ。


 そこに三人目が声をかけた。


「やっちまおーぜ」

 責任感ゼロのセリフを発した男の名はハーラン。アビーとタメの十八歳。同じく登録職業は魔法剣士でレベルも2。

 実家が金持ちというレアキャラである。独特なファッションに、奔放な性格がよく表れている。


「デケーったってタダのリスだろ? オレ一人でもヨユーでやれっけど?」

 右手親指で『オレ一人でも』を強調するハーランに、アビーが冷たく言い放つ。

「無理だ」

「ンでだよ!? リスに負けるわけねーだろが!」

「そりゃそうだよ」

「じゃあなんだよ!?」

 不満顔のハーラン。



 結論を告げるべく、ヒーロが口を開いた。

「捕まる」



――逃亡義務違反――

 導師マギ・ラトルらを中心に結成された国際組織『MA.GU.RE.FA(マグリファ)』によって、整備された『冒険者法』……

 その中にこのような記載がある。


「戦闘可能レベルに達していない魔物と遭遇した冒険者には、すみやかにその場から逃亡し、ギルドへ報告する義務を課すものとする」と。



――つまり――


「ハーラン。お前があのリス公をぶちのめすとする。するとライセンスにログが残り、ログ検のときに発覚して、罰則が与えられる」

 愕然としつつもまだ納得のいかないハーランは、再度唾を飛ばした。

「なんでだよ!?」




「ジャイアントスクウェールの戦闘可能レベルが……3以上だからだ……!」




 男たちは泣いた。いや実際には涙をこぼしはしなかったものの、悔しい気持ちは四人とも同じだった。


「デケぇリスくらい、レベル2でも余裕で倒せるだろーが!」

「あ、逃げた。大声出すからだぞ」

「だからその程度なんだよ!」


 わかっていた。全員わかっていた。

 法律がおかしい。

 だが法律を守らねばレベルは上がらない。

 いつか法改正がなされるだろうか?

 いつかいつかと言われながら、もう何年が経っているだろうか?


 きっとこの制度は……変わらない。

 四人も、そして冒険者の9割を占める無数のレベル2たちも、薄々わかっている。

 なぜならこのシステムは、大きなドリームでもあるからだ。

 もし、『レベル2の壁』を越えられたら――

 数多ある『レベル3以上の依頼』を、選び放題受け放題。

 3から10くらいまでは一瞬だという。レベルに比例し知名度も上がる、報酬単価も当然上がる。多くの成功した冒険者が言うように、レベル2の壁を越えさえすれば、人生は一変するのだ。そして――


――冒険者法改正を阻止する側に回る――




 ゴブリンの絶滅が公表されてから数十年。

 レベル2からレベル3に上がる正規のルートは塞がれ続けている。

 『年間英雄ランキング』に並ぶ名前は、毎年ほぼ変わらない。


 だが――ほぼ、だ。


 抜け道が、ないわけではない。冒険者ギルドはいつだって『広告塔』を探している。最近レベル20になった『黒き翼』がまさにそれだ。だからこそ、彼らは、火炎燃え盛る谷でも漆黒の甲冑に身を包んでいたりするのだ。

 冒険者は子供たちの憧れでなければならない。『なりたい職業第一位』であり続けなければいけないのだ。




 よって抜け道は――存在する……!




「……なりてぇ……レベル3に……!」

 ハーランの言葉は全レベル2冒険者の思い。

「……売れてぇ……!」

 アビーの言葉は願い。


「……俺はいつだって挫折してやる。それをしないのは、俺がまだ若いからだ」

 そして、ヒーロの言葉は――口に出す者こそ、少ないが。

 みんなの悟り。

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