第18話 そこまで大袈裟なことはない
翌日、ヒーロのポータブルライセンスに、筆記試験の日程が通達された。
三日後。場所はシンヤークギルドにて。
それからハーランとクーは仕事を休み(ハーランは無職)、ヒーロから徹底的に『裏技』を叩きこまれた。
はたから見ていたアビーの感想は、
「この裏技、マジで試験以外には全く使えねえヤツじゃねーか」
だがその分、即効性は高いように思えた。一夜漬けなら確かにこれが一番いいのかもしれない。
筆記試験当日。快晴。
計算通りの時間に起き、バランスのとれた朝食を食べ、適切な歩行で脳を起こし、四人はギルドに到着。
ライセンスに通知された受験票を提示し構内へ。ハーランとクーが大講堂、アビーとヒーロはそれぞれ別々の会議室に通された。
一つの机には、両端に二人、あるいは間隔を開けて中央に三人目。当然のカンニング対策だ。
机の上には規定の筆記用具のみ。
試験官から用紙が裏返しで配られ――
「始め」
全員が一斉に、ペラリと音を立てた――
ヒーロの唱えた『裏技』には、絶対に守らなければならないルールがある。
『問題には全て必ず回答すること』
それだけで期待値4点は上がるのだとヒーロは語る。
――そして、『裏技』の正体というのは――
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「問題の七割は選択式だ。ということは、ここを全て正解すれば、それだけで70点になる」
「全問正解すりゃーねー」
鼻と口の間にペンを挟み、ハーランが入れたそんな茶々に、
「これを見てくれ」
ヒーロはある表を取り出した。縦横でマス目に区切られ、マスの中には数字が並んでいる……
「なんだこりゃ?」
「過去二十回分の、選択問題の正解一覧表だ」
1、3、2、2、1……声に出して読み上げたハーランが、ヘッと鼻を鳴らした。
「これを暗記すりゃいいだけってんなら世話ねーぜ」
「これを暗記すればいいだけだ」
「ハァ!?」
予想外の返しにハーランは思わず腰を浮かせた。
「マジでか!?」
そして、放り出した表を再びじっと見つめ、
「……いやいやいや。無理だわ。数字ばっかこんなに覚えるの」
そう。一回およそ二十問。それが過去二十回分で……
実に、400桁の数字となる計算である。
「こんなの覚えるくらいだったら、勉強した方がまだはえーんじゃねーの?」
と、鬼の首を取ったようにハーラン。彼が威張る筋合いは何一つないのだが。
「それに」
と、アビーもたまらず横から口を挟んだ。
「覚えたところで、何の意味があるんだ? いくら選択式でも、毎回答えの番号は違うだろ?」
たとえば前回は1、3、2、2、1……だが、前々回は4、1、4、3、2……
そこに法則性は全くないように見える。
するとヒーロは不敵な笑みを浮かべた。
「アビー、お前なら気づくと思ったんだがな」
何を偉そうに……ここは乗っている場合ではないので、
「降参だよ。ヒーロ、答えを教えてくれ」
アビーが両手を上げると、ヒーロはふっふっふと笑いながら、もう二枚の紙を取り出した。
「それは?」
尋ねると、
「一回ずつ飛ばして並べたのが、これだ」
「ああああっ!!」
アビーは思わず声を上げた。まさか、そんな単純なことが!? ああ、でも、そうだ……!
「10万レンも払って、二十回分も過去問を買った馬鹿は、俺が初めてなんだろうな。それに、考えてみれば、だ。ギルドの方だって、たまにしかやらない筆記試験に、そんなに労力をかけるわけがない。だからそんな風にして、採点の手間とかを省いてるんだろう」
ハーランとクーはまだ飲み込めておらず、顔に『?』を浮かべている。
アビーだけがヒーロの発見に気づき、戦慄していた。
『前回の答え』が……【1、3、2、2、1……】前々回を一つ飛ばして、
『前々々回』の答え、【4、3、2、2、1……】
ざっと見たところ、八割方一致している……!
「つまり、前々回の答えを丸暗記していけば、70点中の八割、56点は確実だ」
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(4、1、4、3、2、1、3、3……)
試験開始するや否や、問題文も読まずに解答用紙を埋めていくハーラン。
そんなもの怪しさMAXであるのだが、運よく試験官に気にされることもなく、忘れる前に全ての数字を並べきるのだった。
※ちなみにこれが裏技の『全て』ではない。記述問題でも点数を稼げるよう、他にも細々としたテクニックをヒーロは伝授したのだが、結局ハーランが会得したのは数字の丸暗記のみであった。よって残りの設問には、猛勉強虚しく、裸一貫のハーランがぶつかるだけである。
クーの最初の難関は共通語で自分の名前を書くことだった。時間をかけてそこを突破すると、安心から緊張が解けた。落ち着いて、教えられた通り、覚えた数字を埋めていく。ずれることも飛ばすこともなく、期待値通りの結果が得られそうである。
アビーは言うまでもなかった。裏技のおかげで、余計な心配もなくなった。一度風上に立てば、実力以上の力を発揮するのがこの男である。
そしてヒーロは――
(……冒険の法、者のにおいて、第一に、まず、第一にとして、その法が、適用される……ちがう、法律が、適用されるのは、まず、ちがう、あれ、なんだ、どうした……???)
・三年ぶりのチャンスである。
・10万レンも払っている。
・90点以上を獲得しなければいけない。
などのプレッシャーにより、緊張が限界突破。
いわゆる『文字が何も頭に入ってこない』モードに突入してしまっていた。
(うわー、やべえなこれ、え、ホントにこれ共通語? 全然読めねえ……いやちょっとまずいぞ時間がなくなる。一回深呼吸して……)
すーーーっ……………………ふーーーっ……………………
だが、しかし。
『時間がないから急いでやる』深呼吸になど、意味はない。
(んー……? あれ……? まだ文字読めねえ……? なんだ、やべえ、どうする)
そしてそして、『深呼吸で心を落ち着かせたはず』なのに『まだ平静に戻れない』という思いが、さらに焦りを増幅させる。
どつぼである。
そんなとき、耳だけやたらと研ぎ澄まされ、
コッコッコ、コココココココ……!
周囲の誰も彼もが、軽やかにペンを走らせているように錯覚してしまう。
するとその上、
(今回の問題、簡単なのか……!?)
という思考も芽生えて、
(やばい……! いや、やばいじゃない、やるしかねえ、俺が90点以上取らなきゃ合格しないんだ、合格しなけりゃまた何年も待つことになって、払った10万レンも無駄に……! そうしないためにも死んでも90点以上を……!)
焦る気持ちの頭が尻尾にかみつき、ループが完成する。
(もう一度、もう一度深呼吸して……!)
と、目を瞑れば、自分の心臓が異常なほどに早鐘を打っていて。
――ドクン! ドクン! ドクン!
その音がいやに大きく聞こえ。
何も鎮まらない。
(やべえ……まじい……終わる……終わっちまう……!!!)
時間だけが――過ぎていく――