第17話 突破には目安がある
「さて、改めて……これからの話をするぞ」
歴史的な快挙であろう。これだけ見事な大脱線からの帰還は。
だが睡眠時間が一時間削れたことは間違いない。
迅速な進行を。
ヒーロは心の中でそう呟き、話し始めた。
「書類選考で450組が残ったと仮定する」
「その数字は正確なのか?」
「どちらでもいい」
アビーの質問を一刀両断したヒーロはこう続ける。
「筆記試験で、多くとも50組に絞るからな」
選考する側からすれば、至極当たり前の話だった。450組全てと面接し、自己アピールされ、採点し、面接官同士で採点結果を擦り合わせして……
なんてことをしていては、いつまで経っても終わらない。
前提にあるのは、対象レベル3以上の『依頼』なのだ。これに挑む『レベル2冒険者』を決めるためという建前で、オーディションは開催される。
依頼内容の詳細は明かされていないが、依頼というからには、一般人には討伐し難いモンスターが関わっている案件と見ていいだろう。
だとすればそのモンスターは、何カ月も待っていてくれるだろうか……?
答えは当然『NO』である……とは、限らなかったりもする、実は。
たとえば、洞窟の奥深くに住むミノタウロスの討伐であれば、放置したところですぐすぐ被害が出ることはないかもしれない。
とはいえモンスターである。こちらの都合など関係なく、明日人里に降りてきたって、なんら不思議はない。
つまり何が言いたいかというと、仮に猶予が多少あったとしても、早ければ早い方が良いのである。平凡な結論だ。
その平凡な結論を実現するための現実的なラインが、筆記試験で50組程度に絞るということなのだ。
※ヒーロが過去の事例を洗ったところ、最大で50組程度である。もっと少ない例もいくらでもあるが、メンバーの士気のため、多めに伝えている。
「450組から50組って、9倍じゃねえか」
ハーランが他人事のように驚いている。
「そうだ。だからまずは、この筆記試験をクリアするための対策を練る」
「練らなかったら?」
混ぜっ返しにきたハーランを、ヒーロはジロリと睨んだ。
「……内容は一般教養と冒険者法に関して、それと冒険知識全般だ。ハーラン、お前が満点を取る自信があるというなら、何も言いはしないが」
「自信ならあるぜ。あるだけタダだからな」
「ヒーロ、こいつはタダのアホだ。一旦無視しよう」
「オイ」
「そうだな。実際、筆記試験で一番問題なのは――」
ザザッ……と注目が刺さり、クーはポリポリと頬を掻いた。
「……クー……これから毎日、勉強だぞ……!」
家庭教師をしているヒーロの目が燃える。
参ったなあ……とクーは内心で呟いた。
この一年で、クーの共通語ヒアリング能力は飛躍的に向上した。スピーキングの方も、その気になれば、時間はかかるがかなりのものである。
だがライティングの方は、全く成長していない。
無理もなかった。普段の生活において、使う機会がないからだ。
それに正直な話、クーは勉強が嫌いだった。同じ場所に座り、同じものをずっと見ているとかが、苦痛で苦痛でしょうがない。元々狩猟生活だったからというのもあるが、向いてなさが半端ない。
なんて答えればいいかなあ……
と、クーがニコニコしたまま時間稼ぎをしていると、アビーが、
「合格ラインは何点くらいなんだ? 要は、上位50組に残ればいいんだろ?」
助け舟を出してくれた。顔に出さないようにして、クーはほっと胸をなでおろした。
するとヒーロは手に持った本を立てて、トントンと座卓を鳴らした。
「よし。じゃあそのあたりから、順を追って説明しよう。まず、筆記試験の合否は『パーティーの平均点』で決まる。これ公表されてる」
ギルドの掲示板に張り出されるらしい。低得点は恥でもあるが、あまり気にもされないとか。なんなら試験当日に『無理』と放棄するパーティーも、少なからずいるらしい。
「俺は、過去二十回分のデータを集めた」
「いつの間に……」
とはハーランの弁だが、アビーは、ヒーロが暇さえあれば図書館や古書店に出向いていたことも知っているし、何も不思議はなかった。
「まあ、細かく分析すれば色々あるんだが……シンプルに『70点』が合格ラインだと思ってくれ」
筆記試験に関しては割と絶対評価に近く、合格組数が前後するのも、この『70点』が基準になっているからと見るのが妥当なのだという。
「てことは四人だから、合計280点取ればいいわけか」
アビーの発言に、ヒーロはニヤリと笑う。
「そういうことだ」
それなら見えてきた、と、アビーは思った。
自慢ではないが、アビーもヒーロも、いわゆる『お勉強』が得意なタイプである。ペーパーテストの類にはめっぽう強い。
「じゃあ、アビーとヒーロが90点ずつ取ったとして、オレとクーは50点でいいわけか」
図々しいことを言い出すハーラン。だが、間違いではない。
「ボク、50点、取ればいい?」
「クーは40点を目標にしてくれ。ハーラン、お前は60点だ。いいな」
ヒーロがビシリと指をさす。
「へっ……! 燃えてきたぜッ……!」
ビッと鼻をこすり、キメるハーラン。
こういうときのコイツは全く燃えていない。ふざけ倒す気満々だ。
「……40点かぁ……」
それでも荷が重いようで、クーは深~いため息をついた。
「そう悲観するな、クー。俺に考えがある。ハーラン、お前も聞け」
ヒーロは自分の背後の棚から、紙の束を取り出した。
――過去問。
読んで字の如く、過去の筆記試験の問題だ。
これは、ギルドが公式に販売しているものではない。試験を経験した有志により、再現された類の資料である。
貴重とまではいかないが、安い物でもない。試験一回分で5000レンくらいが相場だろうか。それが、20回分となると――
このリーダー、本気だ。
「オーディションは千載一遇のチャンスだ。筆記試験も、『絶対に』突破しなくてはならない。それを、ハーランの学力頼みみたいな作戦で、この俺が行くと思ったか?」
盛大にハーランをディスりながら、ヒーロは宣言した。
「お前たち二人には、裏技を叩きこむ」