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第16話 先に断ることがある

「募集したのはシンヤーク支部だけだったらしい。リーダー会に出席していたのはおよそ800人。その中で当日中に登録できたのは……多くて500組ってところだろう」


 ヒーロはそう予想した。


「まずは書類選考だが、これはそこまで心配はいらない。前科や借金などを調べる程度だ」

 するとハーランはギクリというわかりやすいリアクションを取った。



「……お前……!」

 この上まだ何かあるというのか……! アビーがちょいマジで睨みつけると、


「いやいや、だいじょぶ、ダイジョーブだって。一瞬ビビったけど、オレ、今は借金、実家とお前らにしかしてねーし」

 全く大丈夫ではないがこの際良しとしよう。



「戸籍替えたから、前科もバレねーし」




 ……………………はぁ?


「いや、正確には、前科になる前だったし、だからどっちにしたって心配はいらねーよ」

「詳しく」

 オーディションの傾向と対策を練るという、本日の議題から大脱線である。

 二度と戻って来れないかもしれぬ。



 狭いアパートの一室。四人、地べたに座り込み、座卓に並んでいるのは世界で一番安い酒。ハーランは語った。

「ウチが金持ちだってことはなんとなくしゃべってたと思うけど……ウチ、実は、アレなんだよ。元々貴族でさ」

「貴族って?」

 クーが聞き返す。最近の若者はあまり聞かない単語なのである。

「ざっくり言うと、金と土地を持ってる一族だ」

 超がつくほどざっくりだった。語弊があると言えるほどに。

 だが、当事者のハーランの言葉のためか、不思議と説得力があった。そこに生まれた者にとっては、結局のところその程度なのかもしれない。


「北にシダイって都市があるだろ。あのヘンの、今でも結構広い居住エリアに、ウチの土地がかなりあるらしくって。家賃収入とか、半端ねえらしくって」


 本来、こういった話は他人にすべきではない。特に裕福な家においては、子にそういった教育を徹底するのが常識である。


 だから飲み屋で耳にする「うちの実家が資産家で」は大法螺でしかないのだが、ハーランの場合、多額の仕送りが生活費問題を解決している様を、三人は何度も目撃している。今更誰も疑いはしない。ただ、思っていた以上の金持ちだったのか、くらいである。


 そして全く嫉妬心も生まれないのは、ハーランの人徳であろう。キャラのおかげである。ギャンブル中毒の与太郎で、「こんな奴にはなりたくねえ」が、ベースに流れているためだろう。



「でまあ、地元で色々あって……色々っつっても、人殺したとか物盗んだとかは一切してねーよ!」

 それはそうであってくれ。


「でも、人生詰んじまってさ、どーもなんねーぞコレ、ってなっちまって。んで、オヤジがさ。オヤジ、歳食ってからの子だし、一人っ子だから、オレに甘くてさ」

 さぞかしであろう。

「別人として、一から人生やり直してみろ、って。でなんかゴニャゴニャやってさ。今日からお前はハーランだ、っつって。はぁ、ってわけで、で、ウルトにやってきたってわけよ。知り合いとかもいねえだろうから」

「ゴニャゴニャってなんだよ?」

 ヒーロがそこを拾うと、

「詳しくはわかんねえ。オヤジが色んなトコに大金払ったんだろうな、ってことくらいしか。たぶん、金持ちには、そういう手があんじゃねーか?」

 詳細を知らぬ割に、中々鋭い理解であった。


 『一からやり直す』


 同じ言い方でも、庶民と富豪では取れる方法にグレードの違いがあるのだ。


 こういった抜け道は、富豪や貴人の子弟のために、予め用意されているものなのだ、と考えると合点がいく。法は平等だが、どう平等にするかは人が決める。金持ちになることで、『より質の高い平等』を受けられる。そういう風に世の中はできているのだから。




「つまり、こういうことか……」

 ん? と、残り三人がアビーに注目する。



「お前……ハーランじゃなかったのか……!?」






「……いや、そういうことじゃなくて」

 とハーラン。ハーランと呼ばれている男。

「いやいや。ギャグとかじゃなくて」

 とアビー。

「じゃあなんだよ?」

 とハーラン(現在)。

「お前さ、家族のこととか、子供の頃のこととか聞かれたらどうするんだ?」



 戸籍を買い替え、別人になった……ということは、別人の人生になりすましているということではないのか?

 やや先回りした疑問ではあったが、今してもいい程度の質問でもあった。というのも、オーディションが進み、面接になったとき、もし「幼少時代の思い出を教えてください」と聞かれでもしたら、この男はどうするつもりなのだろう?


「ああ、そりゃ楽勝だ」

 ハーラン(以下ハーラン)は、そこは自信たっぷりに、


「天涯孤独ってことになってる。戸籍上の両親の名前は覚えてるし、あとはどうとでもなるって。ガキの頃の記憶なんて、ホンモノの方だって、本人の主観で捻じ曲がるモンなんだからよ。テキトーにホントの思い出と混ぜて嘘ついたって、バレやしねーよ」


 これにはアビーも唸った。中々的を射た答えである。確かに、致命的なミスさえ避ければ、あとは「記憶違いかなあ」で全て済む。


 こういうところ思ったより頭良いよな……と、アビーが腕を組んで再評価していると、

「ハーラン、ホントの名前、なに?」

 純真無垢な瞳でクーが尋ねた。


 さすがにそれだけは教えてくれないのでは……


「アラン」


 教えてくれた。


「いいのかよ?」

「アランなんて何万人もいるよ」

 ヒーロの苦笑いに、ハーランはあっけらかんと返答する。確かに人気の名前ではある。

 とはいえ北の大地主の子息、までわかってしまうと、調べようもあると思うのだが……


 と。三人は気がついた。

 ハーランが割と真面目な顔をしていることに。

 そして悟った。これは「信じてくれ」という意思表示なのだ、と。


 これまで隠し事をしていたことは事実で、三人は特に気にしていなかったが、おそらく、本人の方では多少なりとも気にしていたのだろう。

 だから、本名を明かしたのは、『もうパーティーに隠し事はしない』という、彼なりの表明なのだ。



「へ~……本名も偽名も似てんのな」

 アビーが嘆息混じりに口にすると、

「その方が間違えないだろ?」

 得意気に胸を張るハーラン。


「いや逆に間違えやすくないか?」

 ヒーロの指摘には、

「オレも最初そう思ったんだけど、この方がいいのよ」

 呼ばれてないのに振り返るより、呼ばれてるのに振り返らない方が不自然だから、との答え。



 なるほどな……と、ヒーロも沈黙したので、それ以上、三人から言うことはなさそうだった。

 特に弊害はなさそうだというのと――未遂とはいえ、一度見捨てようとした引け目があったのかもしれない。


 これでおあいこ。そんな不思議な感覚もあり、



「あらためて、よろしく、ハーラン!」



 超定番なクーの締めにも、誰一人反発することなく拍手を送った。


 前科になる前だったうんぬん、の話は、一旦置いておこう……

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