前へ次へ
13/77

第13話 感情には振れ幅がある

「営業時間中か、余裕だな……!」


 疾駆から早歩きへと変え、アビーとヒーロ、二人での帰路。

 趣味イメージトレーニングのアビーは、早速オーディションやその後を想像し始めているようだった。

 躍動する全身が喜びに満ち溢れている。


「……そうだな」


 一瞬、ヒーロの返答が遅れた。


 ――『イメージ』とはまた、他人の心情を察する力でもある。


 アビーは足を止めた。

「どうした?」


 本気の声音の質問に、置き去りにするわけにもいかず、ヒーロも立ち止まらざるを得ず。

「…………」


「おれだってわかってるって。オーディションの難しさくらい。だけど、合格する気でいかなきゃだろ? 今から心配しすぎたってしょうがないだろ?」

 ヒーロの表情の翳りを、「まだ決まったわけではないから」だと察したアビーは強気でそう言い、さらに言葉をつなげる。


「たぶん、イケる。なんかわかんないけど、おれはもう既に手ごたえがある。イメトレばっかやってたからわかるんだけど、こういうのってホントイメージなんだよ。イケるって、絶対。だからって油断とかはできないけど、心配はいらないって。心配しすぎて力が出せなかったらマジで意味ないし」




 たとえば、じゃんけんを出す直前に、『勝った』とわかることがある。


 アビーは日々の鍛錬により、想像力を錬磨させてきた。その彼が言うのだから――もちろん、己の奮起のため、ヒーロの鼓舞のためにと多少言葉を盛ってもいるのだろうが――それでもアビーの直感には比較的高い信憑性があると見るのが妥当であった。


 だがヒーロの懸念はそこではないため、アビーの必死の弁もただ耳を通り抜ける。


「…………」

 沈黙を貫くヒーロにさすがにアビーも焦れてきて、



「しゃっきりしろよ! リーダーだろ!」

「ハーランがいない」




「…………………………………………は?」


 思ったよりも時間がかかったため、

「思ったよりも時間がかかったな」

 そのままヒーロは口してみたのだが、


「……なんで……? あいつ、まだ寝てるだろ?」

 呆然とするアビーには届いていないようだった。



「昨日は遅くまで飲んでたし、あいつ、今日は行かないって言ってただろ……」

「ああ、言ってたな」

 ヒーロは心を鬼にして告げた。



「だが、行った。それだけだ」



 ――アビーはがっくりと膝をついた――

 (こういうときのためではないが、アビーは膝当て一体型のズボンを履いているため、皿の割れる心配はない)



「……終わった……」



 その台詞は些か大袈裟すぎるなー、などと、かえってヒーロは冷静に思った。

 アビーは先々の展開を瞬時に想像しすぎてしまうので、それの弊害なのだろうなと思った。



「ハーラン探しはクーに頼んできた。もうとっくに見つけてる可能性もある」

 ヒーロがアビーの肩にポンと手を置くと、

「そんなわけないだろ……!」

 震えながらアビーはそれを払った。



「プチ屋が何軒あると思ってんだよ!? 一つの店にずっといるとも限らねえし! それにあいつ、プチ以外のギャンブルもやってんだよ! 郊外の競馬場とかに行っちまってたら! こっちから見つけられる可能性なんてほぼゼロなんだよ!」



 這いつくばったまま吠えてしまうと、通行人がジロジロと見てくる……


 だがまあ、それだけアビーにとっては大事なのであり、普段からは考えられないほどに感情が揺り動かされ、それが今ネガティブゾーンに入ってしまっているのだ。


 このあたり、想像力の逞しさは、メリットデメリットが表裏一体である。



 一人が取り乱せば、もう一人はかえって冷静になるというのはよくある話で、ヒーロはむしろやや小さめに声を出す。アビーが『聞く』ことに集中するようにと。



「……最悪の事態もあり得るが、最高の展開だってあり得る。おそらく、まだ見つかっていないのと同じくらいの確率で、ハーランは負けてさっさと部屋に帰ってきてる。俺かお前の買ってくる、タダ酒目当てでな」


 腕を組み冷静に整理していくヒーロ。

 ピタリ、とストップしたアビーは次の瞬間、


「確かに」

 と顔を上げる。別に涙の痕はない。なぜならそもそも泣いてないから。


 もう一押しだ。ヒーロはさらなる説得を試みる。


「それに、もしも出かけたままだとしても、根本的にあいつはめんどくさがりだ。郊外まで足を伸ばすのは、いいとこ月に一回ってとこだろ」


「それが今日だったら?」

「それは無い」

「どうして?」


 自信満々に最悪の事態を否定したヒーロは、当然、アビーに聞き返された。



 さて――困った。今の断言は口から出まかせだ。

 

 というのも、ここでこうして時間を浪費すればするほど、取れる選択肢が狭まるだけなので、ヒーロとしては早急に帰りたい。

 普段ならそういった利を説いて説得できないアビーではないが、今日は感情の振れ幅が大きい。こういうときは正論じゃダメだ。


 嘘をつこう。ヒーロは決めた。



「郊外に行くときには、前もって俺には教えてくれるんだよ。文無しになったら、迎えに来てくれって。行かないけどな」

「ああ、なるほど」


 速攻で信じるアビー。これもいつもの彼らしくないのだが、この際ラッキーだった。


「じゃあ、とにかく一旦部屋に戻って、クーが見つけてなかったら、三人で近くを探せばいいってわけだな?」

 アビーはようやくヒーロの想定していた結論に合流してくれた。


「そういうこと」

 ヒーロが頷きを返す。


 アビーがぽんぽんと膝を払いながら立ち上がり、

「ならまあ、よっぽどじゃなきゃ間に合いそうかな……」

 だいぶ前向きな思考に戻ってきていたので、




「きっと間に合うさ」

「まだわかんねえだろ!」


 ――めんどくせーなー、と思いながらも、ヒーロはもうそれ以上は話さず、ポケットから取り出したライセンスで時間を確認するフリをして(実際確認もしたが)、




「クーには三時って言ってある。急ぐぞ」


 速足で先を行く。

 おう、と返事をし、アビーがそれに続く。



 このパーティー、全員若く、またレベル2暮らしで鬱屈としているため、乱れるときは乱れる。

心が。



 そういうときは互いにフォローしリカバリーし合わなければならない。


 今回はヒーロがアビーを落ち着かせたが、全ての組み合わせが発生し得る。

前へ次へ目次