第13話 感情には振れ幅がある
「営業時間中か、余裕だな……!」
疾駆から早歩きへと変え、アビーとヒーロ、二人での帰路。
趣味イメージトレーニングのアビーは、早速オーディションやその後を想像し始めているようだった。
躍動する全身が喜びに満ち溢れている。
「……そうだな」
一瞬、ヒーロの返答が遅れた。
――『イメージ』とはまた、他人の心情を察する力でもある。
アビーは足を止めた。
「どうした?」
本気の声音の質問に、置き去りにするわけにもいかず、ヒーロも立ち止まらざるを得ず。
「…………」
「おれだってわかってるって。オーディションの難しさくらい。だけど、合格する気でいかなきゃだろ? 今から心配しすぎたってしょうがないだろ?」
ヒーロの表情の翳りを、「まだ決まったわけではないから」だと察したアビーは強気でそう言い、さらに言葉をつなげる。
「たぶん、イケる。なんかわかんないけど、おれはもう既に手ごたえがある。イメトレばっかやってたからわかるんだけど、こういうのってホントイメージなんだよ。イケるって、絶対。だからって油断とかはできないけど、心配はいらないって。心配しすぎて力が出せなかったらマジで意味ないし」
たとえば、じゃんけんを出す直前に、『勝った』とわかることがある。
アビーは日々の鍛錬により、想像力を錬磨させてきた。その彼が言うのだから――もちろん、己の奮起のため、ヒーロの鼓舞のためにと多少言葉を盛ってもいるのだろうが――それでもアビーの直感には比較的高い信憑性があると見るのが妥当であった。
だがヒーロの懸念はそこではないため、アビーの必死の弁もただ耳を通り抜ける。
「…………」
沈黙を貫くヒーロにさすがにアビーも焦れてきて、
「しゃっきりしろよ! リーダーだろ!」
「ハーランがいない」
「…………………………………………は?」
思ったよりも時間がかかったため、
「思ったよりも時間がかかったな」
そのままヒーロは口してみたのだが、
「……なんで……? あいつ、まだ寝てるだろ?」
呆然とするアビーには届いていないようだった。
「昨日は遅くまで飲んでたし、あいつ、今日は行かないって言ってただろ……」
「ああ、言ってたな」
ヒーロは心を鬼にして告げた。
「だが、行った。それだけだ」
――アビーはがっくりと膝をついた――
(こういうときのためではないが、アビーは膝当て一体型のズボンを履いているため、皿の割れる心配はない)
「……終わった……」
その台詞は些か大袈裟すぎるなー、などと、かえってヒーロは冷静に思った。
アビーは先々の展開を瞬時に想像しすぎてしまうので、それの弊害なのだろうなと思った。
「ハーラン探しはクーに頼んできた。もうとっくに見つけてる可能性もある」
ヒーロがアビーの肩にポンと手を置くと、
「そんなわけないだろ……!」
震えながらアビーはそれを払った。
「プチ屋が何軒あると思ってんだよ!? 一つの店にずっといるとも限らねえし! それにあいつ、プチ以外のギャンブルもやってんだよ! 郊外の競馬場とかに行っちまってたら! こっちから見つけられる可能性なんてほぼゼロなんだよ!」
這いつくばったまま吠えてしまうと、通行人がジロジロと見てくる……
だがまあ、それだけアビーにとっては大事なのであり、普段からは考えられないほどに感情が揺り動かされ、それが今ネガティブゾーンに入ってしまっているのだ。
このあたり、想像力の逞しさは、メリットデメリットが表裏一体である。
一人が取り乱せば、もう一人はかえって冷静になるというのはよくある話で、ヒーロはむしろやや小さめに声を出す。アビーが『聞く』ことに集中するようにと。
「……最悪の事態もあり得るが、最高の展開だってあり得る。おそらく、まだ見つかっていないのと同じくらいの確率で、ハーランは負けてさっさと部屋に帰ってきてる。俺かお前の買ってくる、タダ酒目当てでな」
腕を組み冷静に整理していくヒーロ。
ピタリ、とストップしたアビーは次の瞬間、
「確かに」
と顔を上げる。別に涙の痕はない。なぜならそもそも泣いてないから。
もう一押しだ。ヒーロはさらなる説得を試みる。
「それに、もしも出かけたままだとしても、根本的にあいつはめんどくさがりだ。郊外まで足を伸ばすのは、いいとこ月に一回ってとこだろ」
「それが今日だったら?」
「それは無い」
「どうして?」
自信満々に最悪の事態を否定したヒーロは、当然、アビーに聞き返された。
さて――困った。今の断言は口から出まかせだ。
というのも、ここでこうして時間を浪費すればするほど、取れる選択肢が狭まるだけなので、ヒーロとしては早急に帰りたい。
普段ならそういった利を説いて説得できないアビーではないが、今日は感情の振れ幅が大きい。こういうときは正論じゃダメだ。
嘘をつこう。ヒーロは決めた。
「郊外に行くときには、前もって俺には教えてくれるんだよ。文無しになったら、迎えに来てくれって。行かないけどな」
「ああ、なるほど」
速攻で信じるアビー。これもいつもの彼らしくないのだが、この際ラッキーだった。
「じゃあ、とにかく一旦部屋に戻って、クーが見つけてなかったら、三人で近くを探せばいいってわけだな?」
アビーはようやくヒーロの想定していた結論に合流してくれた。
「そういうこと」
ヒーロが頷きを返す。
アビーがぽんぽんと膝を払いながら立ち上がり、
「ならまあ、よっぽどじゃなきゃ間に合いそうかな……」
だいぶ前向きな思考に戻ってきていたので、
「きっと間に合うさ」
「まだわかんねえだろ!」
――めんどくせーなー、と思いながらも、ヒーロはもうそれ以上は話さず、ポケットから取り出したライセンスで時間を確認するフリをして(実際確認もしたが)、
「クーには三時って言ってある。急ぐぞ」
速足で先を行く。
おう、と返事をし、アビーがそれに続く。
このパーティー、全員若く、またレベル2暮らしで鬱屈としているため、乱れるときは乱れる。
心が。
そういうときは互いにフォローしリカバリーし合わなければならない。
今回はヒーロがアビーを落ち着かせたが、全ての組み合わせが発生し得る。