第12話 応募には締め切りがある
「みんないるか!?」
足音に気づき目を覚ましていたクーは、それでも驚いた。こんなに血相を変えたヒーロを見たことがない。
「ど、どうしたの?」
「クーだけか!? アビーとハーランは!?」
「もう、いなかった……」
「ちっ……! こんなときばっかり……クー!」
「な、なに?」
「俺がアビーを連れてくるから、お前はハーランを探してきてくれ!」
「え?」
「見つからなくても三時に再集合で! すまんが頼む説明は後で!」
そこまでまくし立てると、来た時と同じ勢いでヒーロはアパートを飛び出した。
これしかなかったはずだ。
なぜなら自分はアビーの居所を知っている。今は正午、この時間なら師匠ギドの家だろう。クーはギドの家の場所を知らないのだから、アビーの方は頼めない。
そしてハーランは……二人のどちらが探しても、どの道『運』でしかない。何軒か、ローテに組み込まれているプチ屋を知ってはいるが、ハーランは気分屋で気まぐれで、しかも、外れまくる己の直感を信じるタイプ。
なので、その日その日で別の店へ行ってしまう確率が非常に高い。(だから勝率が悪いのだ、とアビーが何度指摘してもこの悪癖は直らない)
クーには悪いが……いや、むしろこの場合、クーの野生の勘に賭けるしかないんだ。だから、すまん、頼まれてくれ……!
ということを考えながら、ヒーロは北へ北へと駆け抜けていく。
冒険者、特に、魔術師系ではない職業の冒険者は、『子供の頃から周りの人より身体的に優れていた』者が多い。例えるなら……冒険者が全員、百メータル走が12~14秒台だとする。
そうした場合、ヒーロは10か、11秒台である。特に練習もしていないのに。
体を動かすことが好きではないのでスタミナには不安がある……ということもなく、まあ純粋な持久力ではさすがにアビーに劣るだろうが、だからといって瞬発力タイプでもなく、速度を維持したまま長時間、ヒーロは駆け続けることが可能だ。
都の狭い路地を風のように駆ける男、ヒーロ。
さて都であるがゆえに、歩行しているのも冒険者が多い。
すると町にはこんな風景が見られる。
マッチョな若者が、狭い歩道を北へと全力疾走している。前方にマダムがいれば、サイドステップで右にかわす。そのすぐ後ろにいた小さな女の子に衝突するかに思われた刹那、ヒラリとジャンプし頭を飛び越す。越えられた少女も機敏に身を伏せ地面を転がる。なんとハーフフィートであった。そのまま駆けて行く先に、背中を向けて手をつなぎ、歩いているカップルが。どう避けると逡巡する暇もなく、左の男と右の女、同時に手を離しハッと振り返り、道の左右へ跳び退る。空いた中央を駆ける者と合わせ、冒険者が一瞬、横一列に三人並ぶ――
さながらアクションシーンの如くであった。
不必要に見せ場を連発しながらヒーロは北へと爆走し、驚くほど短時間でギドの家へとたどり着いた。
「すいません! アビーと同じパーティーのヒーロです! アビーはいますか!?」
剣の師匠であり、かつてはレベル68の冒険者と聞いているからには、多少の緊張もあるし、礼儀に欠けてもならない。ヒーロは呼吸を整えてから、ノックをしてしばし待ち、それから大きな声で訪いを入れた。
すると家の中からではなく、
「どうした?」
壁の横からひょいとアビーの顔が覗く。
「よかった、いたか! すぐに来て欲しいんだが」
「稽古が終わってからじゃ遅いか?」
「いますぐだ」
「わかった。師匠に聞いてみる。……お前も来いよ、挨拶しといてくれ」
二人が庭へ回ると、ギドが縁側に座って煙草を吹かせていた。
ジロリ、と動いた眼には、敵意は無いが隙も無く、自然とヒーロの背筋も伸びる。
「師匠、うちのリーダーのヒーロです」
「ヒーロと申します。いつもアビーがお世話になっております」
「おう。で、今日はなんだ?」
事情は帰りの道すがら……と思っていたが、尋ねられてしまっては仕方がない。
「今日、リーダー会があったのですが、そこで、オーディションの開催が発表されました」
その言葉に真横のアビーが、
「マジかっ!!!」
師匠の前だということを忘れ、歓喜で飛び跳ねた。
――オーディション……正式名もかつてはあったそうだが、今では長くとも『ギルドオーディション』としか呼ばれない、オーディション……
アビーや全リーダーたちが歓喜するのもそれもそのはず、このオーディションこそが現代において、レベル2からレベル3に上がるための最有力ルートなのだ!
要は、『対象レベル3以上の依頼』を受ける、『レベル2のパーティー』を選出するわけである。
オーディションを勝ち抜き、依頼を達成すれば、レベルアップが認められる。
そうすればレベル2の壁を越え――
高額納税英雄への道も、一気に大きく開かれることになるのである。
「ああ、今日だったのか」
握り拳で天を突く弟子とは対照的に、ギドは紫煙を吐き出しながら淡々と言った。
「え? ……ご存知だったんですか?」
キョトンとヒーロが尋ねると、
「まあな」
事も無げに頷くギド。
「そうだったんすか、師匠。だったら教えてくれればよかったのに」
興奮冷めやらぬアビーがやや礼儀の崩れた抗議の声を上げると、
「バカヤロー、んなことしたら、お前、アレだぞ。合格してもインサイダーで無効になるぞ」
――インサイダー……と、呼ばれる、冒険者ギルドなどが重視する謎の制約がある。
要は、『事前に不正入手していた情報で利益を得た場合、罰則が課せられる』というものなのだが……
「知ってたって、何も変わりませんよ? それでインサイダーになるんですか?」
「そういうこっちゃねえんだ」
キョトンとする弟子にギドは、この男にしては珍しく、眉間に皺を寄せて語る。
「インサイダーの本質は、規則にカムフラージュしたイチャモンだ。事前に知ってた『疑いがある』で一方的に没収される。用心しすぎるに越したことはねえんだよ」
ずっしりと重い言葉だった……だがその言葉の真の重さは、若い二人にはまだ実感できるところではない。
それに、とギドは続ける。
「俺にしたって、発表が今日だってことは知らなかったし、お前らんとこの支部が含まれてるとも限らなかったしな」
オーディションのエントリーにはいくつかの縛りがあり、情報が公開された支部に所属するパーティーでなければ基本認められない。また――
「……あれ? 今日ってことは……!?」
アビーがはっと顔を上げる。
ヒーロがコクリと頷いた。
「そう。急いでエントリーしないと」
――発表されたその日の営業時間中に限られる。
ここでかなりふるいにかけられることになるのだ。
運悪く何かの事情でパーティメンバーに連絡がつかなければそれまでなのである。
※ギルド側の言い分としては、『期間を設けても、二日目以降のエントリー数はガタ落ちするから』だそうだ。
日を跨ぐと多くの場合、人は慎重になり、不参加を選ぶ者が増えるだけ。やる気のある者は初日に即座に応募する……ということらしい。
一見もっともらしくもあるが、冒険者数が飽和しているのだからして、入口から全力で減らしている意図は明白である。何千組も来てしまったら書類選考だけで何日かかることやら……
「師匠!」
「おう、帰っていいぞ。今日の分の料金は半額に負けといてやらあ」
師はしっかりしていた。
「間に合いませんでした、なんて言うんじゃねーぞ」
「「はい!」」
ギドの言葉に背中を押され、二人は颯爽と走り出した。
きらめく日光さえ、若者二人を激励しているかのようだった。
だが――
――問題は、ここからだ――