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「恵まれた境遇、素晴らしい人間関係、稀有な能力……リズさんは恵まれているからそんな事を言えるのですわ」

「リズは入学当初は虐められていたが、仕返しなんてしていない」

 エリック様がすかさず低い声でそう言った。

 どうやら私の言葉がエリック様の逆鱗に触れたみたいだわ。

「それは環境に恵まれていたからでしょう?」

「リズの性格が皆の心を変えたんだ」

 彼はリズ教にでも入っているのかしら。

 エリック様が何かに没頭すると無我夢中になってやり遂げるような熱血男だって事は分かっていたのだけど。まさかここまでリズさんに熱中しているとは思わなかったわ。

「魔法学園の生徒は腐っても貴族ですわ。ある程度の教育は受けていますもの」

「何が言いたいんだ?」

「下劣で品を失うような事はしないと思いますわ」

「町の皆も優しいわ」

 リズさんが反抗するような目で私を見る。

「もっと貧しい所の話を私は言っているのですわ。虐めを受けても誰も助けてくれないような場所なら?」

「どういう事?」

 リズさんは怪訝な表情で私を見る。

 世の中は心の綺麗な人達ばかりじゃないって事をまだ理解してくれないのかしら。

「憎しみは憎しみで返す。その憎しみは妬み嫉みも含まれているのですわ。何の罪もない貧困村の子供が私達を見たらどう思うか分かりますか?」

 私は小馬鹿にするようにそう言った。

 貧困村を出来ればジルの前では例としては出したくなかった。

 僕は大丈夫だとジルは目で私に伝えてくれた。

「アリが一番恵まれた境遇にいるのにどうしてそんな事が言えるんだ? 憎しみは憎しみで返しても意味がないとどうして気付かない。貧困村の人にだって憎しみを憎しみで返さないという事を教えてやればいいんだ。そんな簡単な事がどうして分からない」

 アランお兄様が初めて口を開いた。

 彼の目は不満を通り越して私に対する敵意に満ちている。

 それが簡単に出来ればこの国はもっといい国になっているわよ。

 アランお兄様は貧困村の状況を全く理解していないからそんな事が言えるんだわ。

 ああ、もう!

 この乙女ゲームを作った運営に腹が立ってきたわ。

 どうしてもっと皆を賢い人にしなかったのかしら。

 ただ男に囲まれてヒロインはハーレム状態を楽しんでいるって事だけを考えて作られたんだわ。

「とりあえず、アリちゃん達は返り血が凄いから綺麗にしようか。女の子なんだし」

 カーティス様がこの険悪な空気を壊すように明るい声でそう言った。

 ……カーティス様の考えている事はよく分からないのよね。

 チャラくて、人が良いのだけど、心の中は全く読めない……前にヘンリお兄様が言っていた事を思い出すわ。本当は腹黒かったりするのかしら。

 パチンッとカーティス様は微笑んで指を鳴らした。

 明るい緑色の煌めいたものが全身を覆う。

 私達が浴びた返り血は全部綺麗になくなった。

「感染症の検査とか」

「大丈夫だよ。他の人の血液は全部取り除いたから」

 ジルが小さく呟いた言葉にかぶせるようにしてカーティス様が言った。

 ……そんな魔法があるのね。

 私も習得したいけど、多分、緑の魔法固有のものよね。

 だって、今までそんな魔法を見た事がないもの。

「アリシアの歯は治らないの?」

 ジルが眉を八の字にして私の方を見つめる。

 あら、ジルに心配してもらえるなんて嬉しいわ。ジルの方が大変な目に遭っているのに。

「なくなったものはもう生えてこないわぁああ」

 私がそう言ったのと同時に私は宙に浮かんだ。

 デューク様がまた私を軽々しく持ち上げた。

 デューク様の匂いが私を包む。

 ……体臭が良い匂いって、ずるいですわ。

 私、今、絶対に臭いわ。

「ちょっと放してください」

 デューク様は私の言葉を完全に無視する。

 リズさん達は唖然と私達を見ている。

 そういえばリズさんって……デューク様の事が好きだったわよね?

「早く帰って安静にしろ」

 デューク様が真剣な口調でそう言った。

 ジルの方もヘンリお兄様に持ち上げられている。

 ジルはなんだか受け入れているようだ。

 でも、悪女である私が誰かに持ち上げられるなんて……。

「やっぱり私は嫌ですわ。歩けます」

「馬車までじっとしてろ」

 私の願いは一瞬で消された。

 ジルもヘンリお兄様も私達のやり取りをニヤニヤしながら見ている。

 変な誤解を生むからやめて欲しいわ。

「自由な言動も行動もアリシアがしたいようにすればいい。けど、自分の命を危険にさらすのだけはやめろ」

 デューク様のその声は今までに聞いた事がないくらい真面目な口調だった。

 どんな顔で言ったのかは分からなかったけど、物凄く私の事を思ってくれているのは分かった。

 ……デューク様ってやっぱり私の事を恋愛対象として好きなのかしら。

 そう思うと段々自分の体温が上がっていくのが分かった。

 ああ、心臓の音がうるさいわ。

 デューク様に聞こえてしまうわ。

 私は何とか冷静になって心を落ち着ける。

 それでもまだ聞こえる。

 ……私の心臓の音じゃなくて、デューク様?

「デュークって寛容なんだね」

「いや、独占欲はかなり強いと思うぞ。それを見せないだけで」

「でもアリシアは随分甘やかしてるよね」

「デュークは基本的に感情を顔に出さないからな。まぁ、アリの前でだけは色んな顔するけど」

 ジルとヘンリお兄様が何か話していたけど、聞き取る事が出来なかった。

 

「前に言っただろ。君に彼女は越えられないよって」

 カーティスは誰にも聞こえないようにリズの耳元で囁いた。

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