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 アリシアが刺されていたら僕はこの先どうやって生きていけばいいのだろう。

 鮮明な赤い血を前にして身体が震えた。

 僕は恐る恐るアリシアの方を見上げた。  

 ……青だ。

 僕の視界に入ってきたのは深く綺麗な青色の髪だった。

 小麦肌に透き通った蒼い瞳。その瞳は殺気に満ちていた。

 彼のこんな表情を見た事がない。

「……デューク」

 僕は誰にも聞こえないような声でそう呟いた。 

 デュークの左手には男のナイフが刺さっている。

 というより貫通している。

 目の前に落ちている血はデュークのものだったのか。

 アリシアは目を見開いてデュークを見た。

 どうやっていきなりここに現れたんだ……転送魔法か。

 なら今まで一体何をしていたんだ。 

 好きな女がもうすぐ死ぬって時まで現れないなんて。

 そんな王子は物語の中だけでいい。

 僕はデュークを睨みながらそんな事を考えた。

 ……え?

 体の痛みが段々薄れていく。

 突然僕の体は煌めいた黒いものに覆われた。

 治癒魔法?

 僕はちらりと後ろに目をやった。

「遅れて本当にすまなかった」 

 深い紫色の瞳が僕を心配そうに見ている。

「あ、あんたは……」

 男の震える声が聞こえた。

 僕はアリシアとデュークの方に目をやった。

 男は体をがくがく震わせながら後退る。

 デュークは右手で左の腰に差している剣を抜き、躊躇う事なく男の心臓にぶっ刺した。

 デュークが男を見るその目は凍えるほど冷たい目をしていた。

「私が殺したかったのに」

 アリシアの第一声はそれだった。

 口を尖らせながらそう言った。どうやらアリシアはもう動けるようになったみたいだ。

 横でデュークがアリシアの傷を眉間に皺を寄せながら見ている。

 そしてゆっくりと蒼い煌めいたものがアリシアを包み始めた。

 アリシアよりもデュークの方が、

 ヘンリのよりも輝いている。やっぱり王子だからかな。

 ……綺麗だな、魔法って。

 デュークがアリシアを治癒するのと同時にこの小屋の周りに壁を張った。

 アリシアはこれを壁って言うけど、どちらかというとこれって結界だよね……?

 それにしてもどうして壁なんか張ったんだろう。

「どうして……壁?」

 アリシアが目を丸くしながら呟いた。

 僕が思っていた事を代弁してくれたようだ。

「外から邪魔が入らないようにな」

 デュークが酷く冷たい声でそう言った。

 邪魔って……彼らは仲間じゃないんだ。

 僕は体を半分だけ起こそうとしたが力がうまく入らない。

 ヘンリはすぐにそれに気付いて、僕を支える形で体を起こしてくれた。

 そしてそのままゆっくり口を開いた。

「ジルとアリシアが昼休みから突然姿を消して、俺らは暫く全員で学園内を探し回ったんだよ。けど、どこにもいない上に手がかり一つなかった」

「それでよくここが分かったね」

 僕の言葉にヘンリは苦笑した。

「二人が消えた晩にデュークがこの三人の雇い主を捕まえてきたんだよ」

「「え?」」

 僕とアリシアの言葉が重なった。

 その日の夜に雇い主を探し出すなんて。

 僕達が攫われて今日でまだ二日目だし……確かに早いな。

「ねぇ、まだその雇い主は生きているわよね? 雇い主は私が殺すわよ」

 アリシアは真剣な口調でそう言った。

 ……そんなに雇い主を殺したいのか。

 アリシアは片眉を上げて探るようにしてヘンリを見る。

 ヘンリの顔が少し引きつったのが分かった。 

「俺が見たのは、もう死んだ雇い主だった」

 僕はブルッと全身が震えた。

 アリシアも目を瞠っている。

「情報も全部聞き出した後だった」

 ……そうか、デュークは物語に出てくる王子なんかじゃない。

「雇い主の家は貴族だから、まるまる家を潰すのには時間がかかったって事か」

 僕がそう言うと、デュークとヘンリが目を大きく見開いた。

「そして、他の奴らをここに向かわせたけど、無能ばかり。おまけにアリシアを殺そうとした」

 僕は小屋の外にいる奴らを馬鹿にするような口調でそう言った。

「多分、違うわ。彼らをここに向かわせたのはきっと国王陛下よ。そうですよね?」

 アリシアは何かを悟ったようにそう言った。どこか嬉しそうだ。

 ヘンリは険しい表情を浮かべながら頷いた。

「どういう事?」

「私はあくまで捨て駒よ。だから聖女の力を知るのには絶好の機会だったんだわ」

 僕はアリシアの言葉に耳を疑った。

 国王がまさかそんな事をするのか?

「世界を救うのは私じゃないのよ、ジル。聖女なの。私がいくら賢い案を出したって意味がないのよ」

 アリシアは満足気な表情をしている。

 ……きっと、これぞ悪女だわって心の中で思っているんだろう。

「家を潰したのは本当だが、ここに聖女を送ったのは国王陛下だ」

 ヘンリが静かに低い声でそう言った。

 デュークの瞳からは凄まじい殺気を感じる。

 僕は国王だからって逆らわなかったのかという質問を心の中で留めておいた。

 それにしても国王なのにあまりにも馬鹿すぎる。 

「正直、そんな事はどうでもいいのですわ」

 アリシアは本当にそんな事はどうでもいいと思っている表情をしている。

 演技ではなさそうだ。

 アリシアは自分が捨て駒だという事を気にしていないみたいだ。

 というより、今の自分のポジションにとても満足しているように見える。

 アリシアは小さく息を吸ってデュークの方に目を向けた。

「私が知りたいのは一つだけですわ。……誰が雇い主だったのですか?」

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