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 地面を見ると、二つに割れた林檎が転がっていた。

 嘘、成功しちゃったわ。

 顔を上げると、皆目を丸くしている。美しい瞳がもうすぐ飛び出しそうだ。マネキンみたいに固まらないで欲しいわ。どうしたらこの硬直した空気を変える事ができるかしら。

 もしや、今こそ私が悪女だという事を植え付けるチャンスなのでは?

 私は息を吸って背筋を伸ばしまっすぐ皆の方を見た。

「お兄様、馬鹿にしないでくださいと言ったはずです。私は強くなりたいのです。私には目標があるのです。その為ならどんな困難な事でも乗り越えてみせます」

 まさに悪役が言う台詞ね。素晴らしいわ、私。自分の目標のためならどんなことだってできちゃうんだから。

 最近読んだ童話の中の悪女だって、男好きで世界中から男を集めてきて数万人いたのにその中で自分の手元に置いたのはたったの数人。いちいち自分の目で確認して男を選んだのよ。

 一体何日かかったのかしら。間違いなく大変な作業だったはずよ。それなのにやり遂げちゃうんだもの。やっぱり悪女は凄いわ。

「凄いな」

 最初に声を出したのはデューク様だった。

 デューク様は口角を少し上げて私の方をじっと見ている。

 そんなに見つめないで欲しいわ。ご自分の美しさをもっと理解して欲しいわ。……なんだか恥ずかしいわ。でも、これにも慣れないとね。恥ずかしがっている場合じゃないわ。私は悪女になるのだもの。

 アルバートお兄様が私の近くにやってきて二つに割れた林檎を手にとった。それをまじまじと見つめている。それからいつもの微笑みはなく真剣な顔で私の方を見た。

「本当に剣術を習いたいのか?」

 最初からそう言っていたのだけど、伝わってなかったみたいだわ。

 私は大きく頷いた。

 アルバートお兄様は少し考え込んでから、分かった、と呟いた。

 え、今、分かったっておっしゃいました?

 という事は私ついに剣術を習えるの?

「本当に~!?」

 心で思った事をそのまま口に出してしまった。

 ……最悪だわ。さっきまで完璧に悪女を演じきれていたのに、最後の最後でやってしまった。

 しょうがないわよね、あんなに馬鹿にされていたのに、剣術習えると分かったら誰でも舞い上がっちゃうじゃない。

 でもさっきの悪女っぷりは凄かったから、今回はプラマイゼロよね。

 アルバートお兄様の顔が綻んだ。

「本当だよ」

 私の頭を撫でながら優しく言った。

 さっき頭を触られた時は腹立たしかったのに今は凄く嬉しいわ。

 自分の事を認められたみたいで最高の気分だわ。私はあまりの嬉しさにアルバートお兄様に抱きついた。

「有難う! アルバートお兄様大好き!」

 なんだかこの感じ、前世の記憶が戻る前の私みたいだわ。

 いや、少し違うか、もっと束縛している感じだったものね。

「アルバート、顔がにやけてるぞ」

「照れてるんじゃないか」

「いいな、アル兄」

 あら、アルバートお兄様、顔がにやけているの? 見てみたいわ。

 私が顔を上げた時にはいつもの優しい表情に戻っていた。……つまんないの。

 あっ! そうだわ、そろそろ図書室に行かないと。

「ではお兄様、また後ほど!」

 私はそう言いながら少し駆け足でその場を離れた。


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