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「あのヘンリお兄様?」
「何?」
「どうしてヘンリお兄様は私の部屋にいらっしゃるのですか?」
「嫌なのか?」
「はい」
ヘンリお兄様は不服そうな顔をしながら私を見る。
きっとこれも演技なのよね……。
「なんでジルはいいんだ?」
「僕はアリシアの助手だからだよ」
そう言って本を読みながらジルが呟いた。
「俺は信用されていないのか」
ヘンリお兄様が寂しそうな目で私を見る。
まるで捨てられた子犬のような目ね。
けど、私は騙されないわ。
「ヘンリお兄様ってどこまで演技なのか分からないんですもの」
私の言葉にヘンリお兄様は表情を崩した。
「アリの前では演技はしないぞ。俺はアリの味方だし」
「私の味方になってもろくな事ないですわよ」
「アリが俺の事をどう思ってくれているのか分からないが、俺は気に入らないと思ったら人を殺せる男だぞ」
ヘンリお兄様が真剣に真面目な口調でそう言った。
あら、そんな発言が出るとは思いませんでしたわ。
「殺した事があるのですか?」
「ああ」
私は驚きのあまり固まってしまった。
ジルも本を読むのをやめてヘンリお兄様の方を見ながら固まっている。
まさか本当に人を殺したとは思わなかったもの。
多分、嘘を言ってはなさそうだし……。
「誰を殺したのですか?」
「それは秘密~」
ヘンリお兄様はニヤニヤしながらそう言った。
秘密って……一番嫌だわ。
私は結構秘密が多いけれど、人に秘密にされるのは嫌なのよね。
もしかしてヘンリお兄様は私より悪い事を沢山しているんじゃないかしら。
私の真のライバルはリズさんではなくてヘンリお兄様?
「アリが企んでいる事を教えてくれたら俺も誰を殺したか教えるぞ」
交換条件というわけね。
リズさんの監視役は絶対に教えられないし……悪女を目指している事だったら言ってもいいかしら。
そうすれば、お兄様は誰を殺したのか教えてくれるんですもの。
「いいですわ」
「え? いいんだ」
ヘンリお兄様は目を丸くして私を見る。
ヘンリお兄様が言い始めた事なのにどうして驚いているのかしら。
「私、悪女を目指していますの。世の中で一番の悪女よ。だから、リズさんみたいな人気者を虐めたいのですわ。リズさんと対等になろうとしていますの。まぁ、ようやく同じステージに立てるくらいにはなったのだけど」
私の言葉にヘンリお兄様は目を大きく見開いた。
そりゃ、びっくりするわよね。
「強くなるってそういう理由だったのか」
ヘンリお兄様が小さく呟いた。
ああ、そういえば昔、剣術を習いたい時にそう言ったわね。懐かしいわ。
というか、悪女になりたいって所はスルーなのね。
私的にはそこに食いついて欲しかったわ。
「同じステージって?」
「私、魔法をレベル80まで習得していますの」
「はぁ!?」
ヘンリお兄様が頓狂な声を上げた。
あら、そこまで驚かなくても……顔が凄い事になっていますわよ。
「私、十歳の時から魔法が使えるようになったのですわ」
私がそう言うと、ヘンリお兄様はさらに酷い顔になった。
人って困惑し過ぎるとこんな顔になるのね。
「俺、これから何か凄い事があっても驚かないような気がする」
それはないと思いますわって言おうと思ったけれど、やめておきましょ。
早くヘンリお兄様が殺した相手を知りたいもの。
私は重大な秘密を教えたのだからヘンリお兄様にも言ってもらわないとね。
「それでヘンリお兄様は誰を殺したのですか?」
ヘンリお兄様は放心状態から意識が戻ったように真剣な顔になる。
そしてゆっくり口を開いた。