<< 前へ次へ >>  更新
85/421

85

 驚いた表情を見せたのはリズさんとエリック様、カーティス様、ゲイル様、アランお兄様、ヘンリお兄様だけだった。

 国王様含め五大貴族、デューク様、アルバートお兄様、そして意外なことにフィン様は驚いた表情を一切見せなかった。

 表情を隠しているのではなく、元から分かっていたような表情をしているから……ああ、読めたわ、この会議の意味。

 リズさんの考えを私がどう判断するのか見るって事ね。

 つまり、監視役のテストって事かしら? 私の頭の良さを測るためのテストって事よね?

 それをこんな形でやるなんて……汚い大人達だわ。

 そして、デューク様、アルバートお兄様、フィン様は元々デュラン国の状況を知っていたって事かしら。

 デューク様とアルバートお兄様はまだ分かるのだけど、フィン様がそれを知っていたのに驚きだわ。

 今からは悪女のアリシアと聖女のリズの戦いって事ね。

「生産力と購買力の矛盾?」

 リズさんが私に目を瞠りながらそう言った。

「そうですわ。デュラン国は四年ぐらい前から大量生産の政策をしていたのですわ」

「私もそれは知っているわ。けどそれで経済は潤ったはずでしょ?」

「それも最初の数か月だけですわ。勉強するならちゃんと勉強してください」

 私は微笑んでリズさんにそう言った。

 この調子でリズさんが国を担う仕事をするようになったら……この国の未来が心配だわ。

「リズはいつも寝る間も惜しんで勉強しているんだ!」

 エリック様が私に向かって怒鳴った。

 彼は馬鹿なのかしら?

 大きいのは態度と体格だけで脳みそはきっと小さいのね。

「睡眠を削ってまで勉強して曖昧な知識を身につけるより、しっかり寝た方がいいと思いますわ」

「リズがどんなに努力しているのか見たことがあるのか?」

 努力は人前で見せないものでは?

 私の場合は悪女になりたいから見せないけれど……努力ってみせびらかすものなのかしら? 

 なんだか分からなくなってきたわ。私の常識はきっとこの世界ではずれているのよね。

「アリシアちゃんが怒るのは分かるわ。私が勉強不足だったわ、ごめんなさい。」

 そう言って申し訳なさそうにリズさんは私に謝った。

 やっぱりヒロインね、素直だわ。

「リズがどうして謝るんだ? いつも誰よりも頑張っているじゃないか!」

 エリック様は黙っていて欲しいわ。

「情報が一つ欠けるという事がどれだけ大きな問題か分かっているのですか?」

「私、もっと努力するわ」

 私の質問に対してリズさんが力強くそう言った。

 なんだか、私の質問はスルーされているわよね?

 それにリズさんの答えに対して、皆が頑張れっていう目でリズさんを見ているのかしら。

 ヘンリお兄様のあの顔は本当に演技なのよね?

 もう役者ね。凄いわ。 

 私も負けていられないわね。私の悪女っぷりも凄いんだから。

「努力? リズさんは努力が報われると思っていますの?」

 私はリズさんを小馬鹿にするように笑ってそう言った。

「ええ。努力はし続ければ必ず報われるわ」

「努力しても結果が出なければ意味ないのよ」

「結果は努力をした者には必ずついてくるわ」

 皆がリズさんの言葉に頷いている。こういう純粋な子って誰にでも好かれるのね。  

 デューク様とお父様は無反応だけど。

 これって……もしかしたらヘンリお兄様以外にも演技している人がいるって事かしら?

「頑張り続けたら必ず報われる」

 エリック様が強い口調でそう言った。

 それは私の嫌いな言葉の中の一つよ。

「努力を続けて何かを得られるとしたらそれは結果じゃなくて自信よ」

 私の言葉で皆の視線が一気に私に集まった。

 私は小さくため息をついてから話を続けた。

「そして話を戻すと、デュラン国は生産過剰により消費が出来ない状態に陥り経済破綻になったのですわ。……ですので、買い取りましょう!」

 私は満面の笑みでそう言った。

 これぞ悪女だわ!

 この台詞を言いながら満面の笑みなんて悪女ポイントがかなり追加されるはずよ。

「買い取るの?」

「そうよ、そしてデュルキス国のものにすればいいのですわ」

「デュラン国の人々はどうなるの?」

「知りませんわ。目的はラヴァール国を傘下に置くことですもの」

「そんなのはあまりに残酷だわ」

 リズさんが私を険しい表情で見る。

「デュラン国の人達に罪はないわ」

「本当に辛い状況なら隣国にいくらでも逃げる事は出来たはずですわ」

「それでもそんなのはおかしいわ! 買い取ってその後に彼らが飢え死んでもアリシアちゃんは何も思わないの?」

「ええ。というか、その後の政策は私が決める事ではないので」

「無責任だわ」

 リズさんが私を軽蔑するように見る。

 リズさんだけでなくアルバートお兄様やエリック様も。

 アルバートお兄様もエリック様もリズさんに完璧に溺れてしまったのね。

「なら、リズさんならどうするの?」

「私は買い取らなくて同盟を結ぶわ!」

「経済破綻した国に?」

「そうよ」

 私は思わず固まってしまった。

 これには流石に国王様含め五大貴族も固まっている。

 そりゃ、そうなるわよね。

「この国の利益は?」

「利益ばかり見ていたら大事な事を見失うわ」

 彼女は一体何を言っているのかしら。

 まるで聖女みたいだわ!

 ……まぁ、そうなんだけど。

「同盟を結んだ後はどうなさるのですか?」

「そうね、経済を安定させる為に彼らを救助するわ」

 今、ジルが隣にいなくて良かったわ。

 絶対に心を隠す事なんか出来ずにリズさんに怒鳴っていそうだもの。

「貧困村を抱えているこの国に救助する事なんか出来るとでも思っていますの?」

「それは……」

 リズさんが言葉を詰まらせる。

「リズさんの考え方は全く未来を考えていませんわ」

「けど、私はデュラン国の経済復活を願っているわ!」

「願っているだけですの? 具体的な案を一つも出さずに?」

「だからこの国から援助を」

「貴方の頭に脳みそはちゃんとあるのですか?」

 私の言葉にリズさんは言葉を失った。

「おい! 今、自分が一体何を言ったか分かっているのか!」

 エリック様が顔を真っ赤にして声を上げた。

 あら、リズさんのナイト様に怒鳴られているなんてまさに悪女みたいだわ。

「今この状況でこの国がデュラン国と同盟を結んで一体この国になんの利益があるのですか? デュラン国は今やただのゴミ国ですわ」

「アリシア!!」

 アルバートお兄様が立ち上がり私の名前を叫んだ。

 とうとうアルバートお兄様の堪忍袋の緒が切れたわ。

 私、凄いじゃない!

「利益だけを求めて何かを行動するものじゃないわ。そんな事をしていたら必ず破滅するわ」

 リズさんが静かな落ち着いた声でそう言った。

「あなたのその理想論も利益を得られなければ実現しないのよ。相手に尽くすのは貴方の勝手だけどそれを国単位で考えないで欲しいですわ」

「アリシア、もう出ていけ」

 アルバートお兄様が私に向かって声を抑えながらそう言った。

 思い切り握りしめた拳が机の上で震えているのが分かった。

 相当怒っているみたいだけど……私は悪女ですもの。

 アルバートお兄様の言う事は聞きませんわよ。

「国王陛下が私に出ていけと仰るまでは私はここにいる権利があるはずですわ」

 私は姿勢を伸ばしてアルバートお兄様の方を真っすぐ見ながらそう言った。

 国王様は何も言わずに俯いて眉間に皺を寄せながら目を瞑っている。

「アリシアちゃんならどうするの?」

 リズさんが私にエメラルドグリーンの瞳を向けた。

 ああ、なんだか私お腹が減ってきたわ。

 やっぱり、腹が減っては戦は出来ぬって本当ね。

 けど、これもキャザー・リズの監視役としては答えないといけないわよね。

「もし、同盟を結ぶのならこの国からデュラン国へ援助をしても意味がないのですわ。彼らは自力で経済復活をしなければならないのですわ」

「どうやって?」

「……リズさんはデュラン国の特産品を知っていますか?」

「確か、じゃがいも、だったかしら?」

「そうですわ。経済は破綻したけれどじゃがいもはまだ残っているのですわ」

「じゃがいもを他国に売ればいいのね?」

 リズさんの表情が少し明るくなった。

 ようやく話が通じたみたいだわ。

「今までデュラン国は他国にじゃがいもを売っていなかったものね!」

「さらに通常より価格を引き上げて他国に売ればいいのですわ」

「そうよ、それならデュラン国の経済を復活させる事が出来るかもしれないわ! デュラン国のじゃがいもは絶対に高値で売れるはずだもの!」

 やっと私が言いたい事を理解してくれたみたいで私は嬉しいわ。

 なんだか大きな達成感に包まれた気分よ!

 多分、私、キャザー・リズの監視役テストは合格よね?

 ……物凄く疲れたわ。なんて体力が消耗する仕事なのかしら。

 けど、私は皆の前で悪女の印象を与える事が出来たし、結果オーライだわ。

 私は満足気に笑みを浮かべた。

<< 前へ次へ >>目次  更新