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リズさんが固まったまま私をじっと見つめる。
これはもう一回質問した方がいいのかしら。
きっと私が何を言ったか分かっていなさそうだし。
昨日のリズさんの論文の内容は簡潔に言うと『生まれてきてはいけない人なんていない。人間皆平等であり、魔法が使えるか使えないかだけで差別するのは間違っている。あの壁を潰して同じ境遇にするべきだ。人間に優劣をつけるのはおかしい』ということだった。
確かにこれは間違いではないし、正しい事でもあるわ。
まさに聖女。
でも、これでは国のトップにはなれないわ。
「一体何が言いたいの?」
リズさんが訝し気に私を見る。
「聞き方を変えますわ。リズさんは人に優劣をつけるのは反対なさるの?」
「ええ。勿論よ」
「では、この学園もいらないと思っていらっしゃるの?」
「どういう事?」
「私の意見を先に言わせてもらいますわ。私は人に優劣はつけるべきだと思いますわ」
「それはおかしいわ。人はそれぞれ異なった能力を持っているの。それに優劣をつけるべきなんかじゃないわ」
「ならリズさんは国王陛下という立場もいらないと?」
私がそう言うと周りの私への視線が鋭いものに変わった。
見事に敵対視されたわね。
狙い通りだわ!
「国王陛下を侮辱するのか?」
ゲイル様が私を睨みながらそう言った。
その瞳、ジョアン様そっくりですわ。
「アリシアちゃん、私は人はありのままに生きるのが一番だと思うの」
リズさんは天使の微笑みを私に向ける。
周りの生徒達はその笑顔に促されリズさんの意見に同調する。
「リズ様が正しいわ」
「アリシア様って本当に高慢なお方ね」
「国王陛下を侮辱したんだぜ」
「俺達全員を馬鹿にしているんだろうな」
周りの生徒達の声が聞こえる。
これはまさによくある悪女の境遇!
最高の展開よ。
「論点をずらさないでもらえます? ありのままに生きるっていうのはまた個性と協調性の両立の話になりますわ。私は優劣をつけるかつけないかの話をしたいのですわ」
「何度も言うけれど、私は優劣はつけないの」
「その理由は人はそれぞれ異なった能力を持っているって事だけですの?」
「ええ。そうよ」
リズさんが力強い瞳で私を見る。
「異なった能力の中で優劣をつけるのも反対ですの?」
「え?」
何をそんなにとぼけた反応をしているのかしら。
「そもそも、貴方は優劣があったからこの学園に入れたのでしょう?」
「リズは努力してここに入れたんだ!」
私の言葉にエリック様が声を上げた。
私は小さくため息をついた。
「そんな事は百も承知ですわ。なら貧困村の人々がリズさんと同じぐらい、いえ、リズさんの倍以上努力したらこの学園に入ることが出来るのですか?」
私の質問にエリック様が口を閉ざした。
エリック様にそんなに睨まれたのは初めてですわ。
やっぱり私、悪女として成長したのね。
「地位、家族、容姿、経済力、能力、何一つ人に平等に与えられているものはないのですわ。しかし、差別はいけないわ。だから人間皆平等に権利は与えられるべき……。その権利をどう扱うかはその人次第ですわ」
「そこで優劣をつけるという事?」
リズさんが何か納得したように私にそう言った。
あら、もしかして私が言いたい事を分かってくれたのかしら。
「リズ! こんな奴の事聞かなくていいぞ」
横から男子生徒が割り込んできた。
貴方は一体誰なの?
初対面でこんな奴呼ばわりなんて全く酷い人ね。
「貴方はリズさんの意見に賛成派の人ですの?」
「ああ。そうだ!」
「なら、貴方に質問いたしますわ。貴方は優劣をなくす世界をどうやって作ろうと考えているのです?」
その男子生徒は目を丸くした。
何も考えていなかったのね……。
この学園は本当に馬鹿ばかりなの?
「まず、私は貧困村の壁をなくそうと思うわ」
リズさんが私に向かってはっきりした口調でそう言った。
私はジルの方に目を向け様子を窺った。
馬鹿を見るような呆れた顔でリズさんを見ている。
……私も同じ気持ちよ。
「そんな事をしたら社会秩序が乱れますわよ?」
「お前さっきと言っている事が違うだろ!」
さっきまで横で茫然と立っていた男子生徒が私に叫んだ。
「お前ですって? あなた何様のつもり?」
私は目に力を込めてその男子生徒を睨んだ。
特別に私が持っている魔法の圧力をかけてあげるわ。
急に空気が重くなり、その男子生徒は足を震えさせた。
今の私、物凄く悪女だと思うわ。
何度も思うけど、この世界にネットがあれば絶対にライブ配信するわ。
「やめて!」
リズさんが叫んだ。
その声で空気が少し軽くなった。
私よりリズさんの方が強い魔力を持っているから私の圧力を簡単に消滅させたのね。
羨ましいわ、ヒロイン!
「アリシアちゃんは何がしたいの?」
リズさんが眉間に皺を寄せながらそう言った。
悪女になりたいのよ。だから、わざわざ皆が見ている所でこんなにも一生懸命リズさんを虐めているのよ。
「貧困村の壁を潰す前にしなければいけない事が山積みなんですわ」
「貧困村の皆はきっと壁をなくして欲しいと思っているわよ。壁さえなくなれば平和になると思うの」
今までの不満が爆発して反乱が起こるに決まっているわ。
リズさんも一度貧困村を訪れればいいのですわ。
今の状況がいかに酷いか分かるはずよ。
ジルの顔をわざわざ見なくてもどんな表情をしているか目に浮かぶわ。
きっともう、呆れを通り越して軽蔑の目をしていると思うわ。
「私もそう思いますわ!」
「そうよ、リズ様が正しいわ!」
「出ていけ! 悪魔!」
「リズが正しいぞ!」
「早くどこかに行って欲しいわ」
「折角のお茶会が台無しだ!」
皆が一つなって私に叫ぶ。
これが団結力というものね、一致団結!
……私には向いていないわ。
けど、私は見事お茶会を台無しにしたのよ!
物凄い達成感があるわ。
それに私の事を悪魔って!
悪女が良かったけれど、我儘は言わないで今日は悪魔で喜びを噛みしめておきましょ。
本来の目的は果たせたのか、果たせていないのか、正直よく分からないわ。
まだこれからも時間があるから、きっと大丈夫よね?
あら、デューク様と目が合ってしまったわ。
絶対に私を助けないでっていう念を目で必死に送った。
デューク様は全てを理解しているみたいだった。
「では、私はこれで失礼いたしますわ」
私はそう言ってスカートをつまみ軽くお辞儀をした。
やっぱり、このまま帰ったらまずいわよね……。
キャザー・リズの監視役として何かリズさんに言った方が良いわよね。
「最後に一つ、リズさんは競争心を持っていますの?」
リズさんは突然の私の質問に目を大きく見開いた。
エメラルドグリーンの瞳がはっきりと見えるわ。
その瞳はいつでも輝いているのね。
リズさんはすぐに天使の微笑みを私に向けた。
絶対にくると思っていましたわ、その笑顔。
「私は常に勝負する相手は自分よ。前の自分より今の自分の方がより優れていたいと思うの」
「とても良い考え方を持っていますのね。……ですが、ライバル心や競争心というものは時に人を伸ばすのですわ。つまり優劣をつける事は人間を成長させる事もあるという事ですわ」
私はそう言って微笑み、ジルと薔薇園を出た。
これで今日の目的はもう達成したわよね?
リズさんは賢いからきっと私の言いたかった事を分かってくれたはずよ。
思わず口元が緩んでしまう。
ジルは私がにやけているのに若干引いているけれど、そんな事は気にしないわ。
だって、今の私は最高に良い気分なんですもの。明日から皆に悪女って呼ばれないかしら。
ああ、大満足だわ。
今夜はぐっすり眠れるわ!