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リガルと目が合う。「どうしてここに」と言いたげに私を見つめている。
お面を被っている者たちは表情が全く分からないから、どういう感情で私の存在を認識しているのか読めない。
訝し気に見られているのだろう。彼らが私を警戒しているのは分かった。「誰だ!」と言われないのは不思議だけど……。
なにかしら、この空気。私を襲いかかってくるような雰囲気はないのに、殺気だけが漂う。不気味な感覚に、私はフラフラな体を無理やり引き締める。
背筋を伸ばし、「ごきげんよう、皆様」と元令嬢の姿勢を見せつける。
……あら、無反応なんて無礼な方たちね。
私が心の中でそう呟いたのと同時に、「行け」と槍を持った男が周りの者たちに命令した。
一斉に、槍を持った男以外が私の方向へとやってくる。その俊敏な動きに私は咄嗟に逃げた。
逃げるのは好きではないけれど、今はしょうがない。彼らの弱点を走りながら、見抜いていくしかないわね。
この森で育ったおかげか、気を抜けば、ここでの走り方を熟知している彼らに追いつかれそうだ。
彼らの陣地なのだから、ハンデを貰うのは私だったかもしれないわね。……って、何を弱気になってるのよ、私!
私は走りながら、頭をブンブンッと振り、必死に足を動かした。
貧血の人間がこんなに全力疾走しているのだから、リガルも私をぼーっと見てないで動いてほしいわ。
「岩の方へ向かったぞ!」
仮面を被った者が大声で叫ぶ。
ごつごつとした大きな岩が並ぶ場所まで来て、岩から岩へと飛び移る。飛び移った振動で、少し体勢は崩れるけれど、なんとかバランスを保って、また次の岩へと向かう。
体力消耗し切った今でも、これほどの動きができる私の身体能力の高さを皆見てなさい!
私はそう自分を鼓舞して、必死に全身に力を込めて、ジャンプした。
その瞬間、ガクッと体から力が抜けるのが分かった。「落ちる!」と体中の細胞が叫んでいた。
……なんとか、なけなしの体力を振り絞ってきたが、ついにここまでなのかしら。
逆らえない重力に従うしかないと思った瞬間、フワッと何かが私の体を支えた。
「…………ライ!!」
この覚えのあるフワフワの感触に、私は彼の名を叫んだ。
ライは「ガルゥン」と私が呼んだ声に対して反応する。ライは私を乗せたまま、次の岩へと軽い身のこなしで着地する。
そのまま、次の岩へと移ることなく、ゆっくりと私を追ってくる仮面を被った者たちの方へと振り向いた。
澄んだ少年の声が久しぶりに私の耳に響いた。
「お待たせいたしました、主」