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 ……頭の傷はどうなっているの。 

 私は息を整えて、腕と足の魔法を乱さないように彼女の頭へと意識を向けた。

「打撲と切り傷……ってとこかしら。……それにしても、酷い出血だわ」

「治せるか?」 

 クシャナの言葉に私は少し考え、数秒した後、口を開いた。

「血が足りないの」

「つまり?」

「シーナを助けることはもうこれ以上無理なの」

 ……私の魔法に輸血技術などない。クシャナの血をシーナに流し込むことなど、医者ではないから出来ない。

 もう彼女にしてあげれることは……。

 なんて悔しいのかしら。シーナが息を引き取るのをただ黙ってみていることしかできないなんて……。

 いつだって、なんとか乗り越えてきたけれど、今回ばかりはもうどうしようもない。

 私はキュッと奥歯を噛んだ。

「ごめんなさい」

 まさか自分の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。

 ウィリアムズ・アリシアが謝るなんて……。

 そう思った瞬間だった。強くて圧のかかった声が耳の中で響いた。

「謝るな」

 クシャナは続けて話す。

「アリシアに謝られると、もう本当にどうしようもないのだと実感してしまう」

 ……クシャナはまだ私に希望を見出してくれているの?

 私は希望を与えるような人間じゃない。けれど、彼女が私に抱いている期待には応えたい。

「前言撤回よ。私は謝ったりしない」

 自分に言い聞かせるようにして、そう言葉にした。

 クシャナは私の方を見つめる。その瞳を見据えて、私はフッと余裕の笑みを浮かべた。

 やっぱり、悪女は切羽詰まった状況でこそ、笑っていないとね。 

「聖女なんかじゃないけど、……強くて、賢いのよ、私」 

 はっきりとそう言い切った。

 自信過剰だと思われてもいい。シーナを救うことで私の価値を証明できるのなら、利用させてもらうわ。

 私は頭の中の今までの知識を探った。

 使われるために知識はあるのよ。今まで膨大な本を読んできた。こういう時に知識を使わなくてどうするの!

「この子ならなんとかしてくれるかもって思ってしまうのよね」

「……プレッシャーを武器にできる者はそういない」

「アリシアが他国の令嬢だなんて、恐ろしいわ」

「彼女が私たちの敵になったら、この国は終わりだな」

「あら、この国はそんなにやわじゃないわよ」

 ヴィアンとクシャナがなにやら会話していたが、内容が耳に入ってこないぐらい私は脳内の情報を必死に引き出していた。

 ………………そうだわ。

 魔力を持つ者には魔力を注ぐことができる。魔力を持たない人間には魔力を注げないが、魔力を血肉に変えることができれば、話は別だ。

 そんな話は聞いたことはないが、魔力は変化自在だ。魔法書にもそう書いてある。

 それならば、私の魔力をシーナの血に適合させて、注げば……、シーナは回復するんじゃないかしら?

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