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クシャナは地面に倒れ込んで、誰かに支えられているシーナに駆け寄っていく。
……血だ。
シーナを見て、最初に頭に浮かんだ言葉がそれだった。
私は落ち着いて、彼女に近寄り、一時的に痛みが和らぐ魔法をかける。
右腕はちぎれかかっていると言ってもいい。骨と肉が見えており、生々しい傷に私は咄嗟に後からついてきた小さな女の子に「こっちに来てはだめ!」と叫んだ。
女の子は私の大きな声にビクッと体を震わせ「うん」と弱々しく首を縦に振った。
こんなグロテスクな様子を幼い子どもに見せるわけにはいかない。
私も目を逸らしたくなったが、必死にシーナの容態を確かめた。
両脚ともに骨が折れているのだろう。腫れが酷く、皮膚の色も青紫色に変化している。
後頭部を止血している布は真っ赤に染まっている。まだ生きているのが不思議なぐらいだ。
「シーナ、しっかりしろ」
クシャナの言葉に「うう」とシーナは呻き声を上げる。
シーナを支えていた男性はクシャナにこうなった経緯を手短に説明する。
「シーナ様は、村人を助けようとして、建物の中に入ったんです。そしたら、その建物が崩壊して下敷きに……。すぐに彼女を救出したのですが……」
「よく救出してくれた」
男性の説明にクシャナは短くそう言った。
救出しても、こんな状態じゃ……、と思ったが、下敷きになったままだと確実に命を落としていた。
「シーナ、シーナ、ああ、シーナ……。何故お前さんが……」
老婆はオスカーに抱えられながら、涙を流し始めた。
全部貴女がやったことでしょう。
「貴女に泣く権利などないわ」
私は冷たい視線を彼女に送った。
泣かないでほしい。自分で蒔いた種よ。それを被害者面するなんて反吐が出る。
「……今はシーナを救うことを最優先しよう」
クシャナも同じことを思ったのか、私の発言を否定しなかった。
そうね、と私は返答して、シーナの意識を保てるように痛みを和らげる。
「まずは腕」
私は彼女のちぎれかかった右腕を接合させることに意識を向けた。
私の魔法レベルは最高峰といっても過言ではない。……だからこそ、絶対に成功してみせる。そのプライドが更に私を高みにのぼらせてくれる。
ほとんどつながった右腕を治癒したまま、同時に両足の骨を強引に魔法で戻す。
「きゃあああ」
シーナの叫び声がその場に響く。
……レベッカを治療した時と少し似ているわね。
私はそんなことを思いながら、すぐに彼女の足も魔法で骨を接合させる。後は頭だけね。
魔力の放出量からして、彼女が負った傷は相当酷いものなのだと実感する。
…………本当によく生きていたわね。
シーナの荒い呼吸が少しだけ落ち着いたような気がした。