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私たちの近くに来て、女性は息を切らしながら口を開いた。
「シーナ様が、お怪我を……」
「命は?」
「まだ息はあります。……が、出血が激しく」
「すぐ行く」
……こんな状態でも一切取り乱さないクシャナを凄いと思った。
私なら「命は?」と聞く前に「どこなの!」と声を上げて駆け出しているだろう。
「オスカー!」
クシャナが名を叫ぶ。その瞬間、どこからともなく「ハッ!」と現れる。私は突然の男の登場にビクッと肩が上がる。
……一体どこから現れたのよ。彼はまだ若く、顔にはオレンジ色の不思議な模様が描かれえている。
なんだか部族っぽいわ。……いや、まぁ、部族なんだけど。
「そっちの状況は?」
「思ったよりも酷いです」
「そうか……。とりあえず、今は手を貸してくれ。こいつの手を縄で縛って、連れてこい」
「え、リリバアをですか?」
クシャナの指示にオスカーという男は目を丸くする。
まさか捕らえる人間が老婆だとは、かなり予想外だったのだろう。何も事情を知らなかったら、私もオスカーと同じ反応をしてしまうだろう。
「ああ、そうだ」
クシャナはそう言って、歩き始めた。先ほど私たちの元へ来た女性が場所を案内する。
オスカーは戸惑ったまま、慣れた手つきで老婆の手を縛った。老婆は抵抗することなく、オスカーに連れられる。
駆け足でシーナの元へ向かう。
おじい様たちはこの場に残り、魔法で出来る限りの手助けをする。私とヴィアンはシーナの元へ向かった。
「アリシア」
ヴィアンが私の耳元で小さく呟く。「どうしたの」と返答すると、ヴィアンは目を細めながら辺りを見渡した。
「どこからか殺意を感じる」
私は彼の言葉で初めて、殺意を察知した。
……私としたことが、目の前のことに気を取られて、周囲の様子を覗うのを忘れていたわ。
「気を引き締めておきましょ」
私の言葉にヴィアンは頷く。
リガルかもしれない。そう思ってしまった。
ヴィアンたちを見つけて、このよそ者たちが村に火を放った、という考えに至る可能性も充分にある。
私はそんなことを思いながら、シーナの元へと来た。