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「おばば、どうしたんだろ」
可愛らしい声がその場に響く。クシャナとヴィアンも話すのをやめて、同じ方向へと視線を向けた。
一難去ってまた一難どころじゃない。今日は難が盛りだくさんすぎるわ。
私は「一体なんなのよ」と小さく呟いて、走り出していた。
考えるよりも動け。
固まっている暇などないのよ。恐れや驚きで固まって何もできなかった自分が嫌で成長してきたんだもの。判断は時に一瞬でなければ、遅れをとる。
今はなんとしても、あの老婆を生かしておかないと!
老婆は私の動きに気付き、こちらを見る。彼女は動きを止めることなく、崖の方へと一歩踏み出した。
「リリバア何をしている!」
クシャナの声が聞こえてくる。その後に小さな女の子の「きゃあ!」という叫び声も。
ちょっと! 目の前で飛び降りなんて本当に勘弁よ!
こんな近くで転移魔法なんて使いたくないけれど、仕方ない。
私は転移魔法で老婆の元まで瞬時に行き、ギリギリのところで彼女の体を掴んだ。反動で私と老婆は倒れ込む。
「何をしてるのよ!」
私は老婆を地面に押し倒しながら、声を上げた。
…………どうして、貴女が泣いているのよ。
彼女が声を押し殺して泣いていることに気付き、彼女に対しての圧を緩めた。老婆は子どものように皺ばかりの手を顔で覆いながら涙を流している。
私は訳が分からず、その様子をただ眺めていることしかできなかった。
すぐに、クシャナたちが「大丈夫か!?」私たちの元へと来た。私は「ええ」と言いながら、立ち上がり、皆とともに泣き崩れる老婆を不思議そうに見つめた。
「どうしたんだ、リリバア」
クシャナが目を見開いて、老婆に声をかける。
思い出の詰まった家が燃えて、その悔しさで泣いているのかしら。……この森には人より随分と長い間いるだろうから、沢山の記憶があったのだろう。
いや、でもこの老婆がそんなことで泣くとは思えない。
「わしじゃ」
老婆のその言葉に、ここにいた一同が「え」と同じ反応をした。
私たちは老婆の次の言葉を待った。彼女は涙を一度グッと堪えて、もう一度、声を出す。
「わしが火を放ったんじゃ」
しゃがれたその声が切なくその場に響いた。
なぜそんなことを? 真っ先に頭に浮かんだのはその言葉だった。
「立て」
クシャナの重い声に私は思わず背筋に悪寒が走った。
私は泣きじゃくっている老婆をそこまで責めるつもりにはなれなかったが、どうやらこの森の女王は違うようだ。