603 十六歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
「クシャナだ。この森を治めている」
「……この場所はラヴァール国の管轄よ?」
ヴィアンはクシャナが発した言葉に違和感を抱いたのか、顔を顰める。
クシャナは何も言わない。そんな彼女にヴィアンはますます顔が険しくなる。
確かに、この話を掘り下げていくとややこしくなりそうだわ。……てか、リガルは?
私はふと、さっきまで一緒にいた男のことを思い出した。
火が見えて大慌てでこっちに来ちゃったけど、彼、まだあそこにいるのかしら。
いや、その前に犯人捜し?
自然に燃えたとは思えない。絶対誰かが火を放ったんだわ。……けど、この村にそんな反乱者はいないはず。
「この俺を無視するのか?」
気付けば、ヴィアンが最初に出会った時の冷徹王子モードに入っていた。
……こうしてみると、とんでもなく男前のイケイケ王子様ね。
私はクシャナとヴィアンの険悪な空気に飲み込まれながら、そんなことを考えていた。
「今までこの森のことを見向きもしていなかったのに、ラヴァール国のものだとよく言えたものだ」
「……ここに人が住んでいるのは資料で知っていた。だが、まさかここまで豊かな文化を持った部族がいるとは思わなかった」
「もてなす前に、全て燃えてしまったがな」
クシャナは皮肉っぽくそう言って笑った。
彼女の様子にヴィアンは「お前たちなら、またすぐに復興できるだろう」と返す。
ヴィアンがちゃんと男口調になっているの、ちょっと違和感だわ。
……ヴィヴィアン状態に慣れてしまいすぎた。
ヴィアンは凄惨な村の状態を眺めながら、更に言葉を加えた。
「私も手を貸そう」
クシャナは首を傾げる。
「……お前がいてこの場所が成り立っているのであれば、私はそれに手を加えたりしない」
分割統治、という言葉が頭に浮かんだ。
かつてウィルおじさんが国王様に出した案だわ。……却下されてしまったのだけど。
ヴィアンの思考に私は少し胸が熱くなった。
「……礼を言う」
クシャナは短くそう答えた。その表情はどこか寂しさに覆われていた。
……そうだわ。クシャナはもうすぐ女王ではなくなる。それも戴冠のようなものではない。彼女は忘れさられてしまう。
「おねえちゃん、おばばが変なの」
私はさっき助けた小さな女の子にスカートを裾を引っ張られた。え、と私は女の子へと視線を移した。
「ほら、あそこ」
私は女の子指差す方を見た。
…………ちょっと、あの老婆、崖から飛び降りるつもりじゃないでしょうね。
今にも落ちそうな老婆が視界に映り、私は硬直した。