601 ニ十歳 シーカー家長男 デューク
「なんだこれ……」
祖母の元へ歩いている最中に体に違和感を抱く。
誰かが俺の魔力を使っている……?
その場に立ち止り、自分の右手の平を見つめる。アリシアかと思ったが、もっと神聖な魔力を感じた。人間のものではないような力だ。
「だが、俺の魔力を使えるとしたら……、アリシアだけだ」
俺はアリシアが生きているということを確信した。安堵のため息をつく。
良かった……。本当に良かった。
この魔力はアリシアのものではないが、きっと、誰かに魔力を借りたのだろう。アリシアなら、そんな気がする。
俺はその場に思わず蹲った。
大人の男が、王子が、……まさか俺がこんな状態になるなど、誰も想像できないだろう。
生きた心地がしなかった。心がこんなにも痛いなど知らなかった。
「良かった」
俺は噛みしめるように、そう声を出した。
「久しぶりだな、デューク」
祖母の元へ来たのはいつぶりだろう。
ほとんど姿を見せることはなく、この塔に入ることを許される者はほとんどいない。
……まさか、衛兵があっさりここを通してくれるとは思わなかった。あらかじめ、祖母が許可を出していたのかもしれない。
俺ですら、この場に立ち入れないことがある。
王宮にある応接間よりもかなり小さな場所で、祖母はソファに腰を掛けて本を読んでいた。甘い紅茶の匂いが漂う。
その近寄りがたい雰囲気と高圧的な口調はいつ会っても慣れない。
「お久しぶりです」
「あの小娘のことか?」
祖母は本を机の上に置いて、俺の方へと視線を向ける。
全ての動きに貫禄があるなぁ、と思いながら俺は「そうです」と強い口調で答える。
「まぁ、座れ」
俺は祖母と向かい合うようにして、ソファに腰を下ろした。
……こんな小さな部屋で過ごしていて、物足りなくはないのだろうか。
ふとそんな疑問が浮かんだ。今の彼女は贅沢三昧をしているわけではない。むしろ、質素に生きている。
「私のこんな暮らしが不思議か?」
「あ、いえ」
俺は咄嗟に否定してしまう。
その様子に祖母はフッと小さな笑みを作った。それは孫に向ける優しい笑みなどではなく、自嘲気味の笑みだった。
……この人はきっと、いつまでも自分が許せないのだろう。本来は無責任で冷血な人などではないが、それを演じているだけだ。
もう今更、善人ぶることなどできないのだろう。
「アリシアから奪ったものは身分と魔力だけですか?」
そう聞いたが、祖母は何も答えず、俺とも目を合わさない。
「行方をくらましたのは貴女のせいではないですよね?」
違う質問をしても、祖母は口を閉ざしたままだ。
なんて難しい人なんだ、と俺は心の中でため息をついた。