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93話 ユージンは、神獣と戦う(中編)


 ――ちょっと、難易度が低かったかしら?


 そう言いながら現れたのは、血のように真っ赤なローブを着た不気味な少女。


 迷宮主(ダンジョンマスター)アネモイ・バベル

 

 彼女はトン、と軽やかな動きで九首竜(ヒュドラ)の頭の一つに着地した。


「ガアアアアアア!!!」

 ヒュドラが怒った唸り声をあげ、迷宮主に喰らいつこうとする。

 が、迷宮主は肩をすくめただけだった。


「やれやれ、こまった子ね。天頂の塔では、ボクは神に等しいんだよ?」

 まるで見えない壁があるかのように九首竜(ヒュドラ)の牙は迷宮主に届かない。


(神獣は迷宮主に絶対服従ってわけじゃないのか……)

 少し意外だった。

 ヒュドラが迷宮主を振り落とそうと頭を振るが、アネモイさんは意に介さない。


「なんと……」

 隣のロベール部長が。

 そして、高位探索者たちや十二騎士たちも一様に戸惑っている。


「ユージンくん、あの子供は……?」

「あれは」

 俺がロベール部長の質問に答える前に、迷宮主の口から告げられた。


「はじめまして、の人たちも多いのかな? ボクは天頂の塔の迷宮主(ダンジョンマスター)アネモイ・バベル。いつも君たちのことを観察し()ているよ」


「「「「「「!?」」」」」」

「「「「「……」」」」」

 驚いている者と知っていた者で反応は半々だった。

 とはいえ、一番の疑問はみんな一緒だろう。


(いったい、なんの目的で?)


 迷宮主が人前に姿を表すことは珍しい。

 ましてや堂々と名乗り出るなんて。


 迷宮主が出現してから魔物の群れは子犬のように大人しくしている。

 機嫌が悪そうにうなり声を上げているのは、神獣ヒュドラだけだ。


「さて、ここにいる君たちはとても勇敢で優秀な探索者たちだ。百万の魔物の群れに囲まれる危険をわかっていながら、果敢に挑戦をしている。だからボクは君たちにご褒美をあげようと思う」

 そう言うや「パチン!」と迷宮主アネモイ・バベルは指を鳴らした。




 ――天頂の塔・1階層にて『神の試練』を開始しま……本当にいいんですかー? 迷宮主(ダンジョン・マスター)ぁ~




 迷宮内に響く天使の声(アナウンス)

 というか100階層の天使リータさんの声。

 だが、俺たちをざわつかせたのはその内容だった。

 

「どういうことだ?」

「俺にもよく」

 ロベール部長の疑問に俺も答えることはできない。

『神の試練』は100階層ごと。

 それが最終迷宮・天頂の塔のルールのはずだ。

 

「ユージンくん!」

「ユウ!」

「ユージン!」

 迷宮主の出現で魔物の群れが大人しくなったからか、スミレたちもこちらへやってきた。


 迷宮主アネモイ・バベルは言葉を続ける。


「知っているかな? 現在1000階層もあるこの天頂の塔の最初期、創生の時はたったの10()()()だったんだ」

「「「「「「!?」」」」」」

 その場にいた探索者たちが一斉に驚く。

 勿論、俺も。


「10回神獣と戦うと天界へ行くことができる特別切符。大女神アルテナ様が考案した試練の塔。それが天頂の塔のはじまりだ。もっとも、誰も到達できず挑戦者が全員死んでしまう『死の塔』だったらしいけどね」


 迷宮主はなおも語る。


「塔の運営を引き継いだ運命の女神様は悩んだ。天頂の塔を試練を受けるだけでなく、修行ができる場として活用してはどうか? そうして天頂の塔の階層は増え続け、上階へ登るたびに少しづつ魔物を強くすることで探索者を鍛えていくわけだ。最終的に天界のメンバー入りができる新たな英雄を生み出すためにね。そうして10割だった死亡率は4割くらいに抑えられた。まあ、女神様は前途ある民が死ぬことに心を痛められた」


 探索者たちは黙って聞き続けた。


「さらに死亡率を下げるように命じられた前任の迷宮主ノトスは考えた。死亡するのはたいていが最終迷宮に慣れていない初心者探索者だ。そこで100階層に到達するまでの脆弱な探索者には『復活の雫』という蘇生アイテムを用意することで死亡のリスクを極限まで抑えることに成功。こうして世界でもっとも安全な最終迷宮・天頂の塔が完成したってわけだね」


 ここまで語り、迷宮主は小さく息を吐いた


 淡々と話しているようで、時折不機嫌な声色が顔をのぞかせているように思えた。


 しばらく無言の時間が続き、そして迷宮主が口を開く。




()()()()()、と思わないかい?」




 不機嫌を隠そうとしない、迷宮主の声。

 主の声に含まれる魔力のせいか、空気がピリピリと痛い。


 スミレが俺の腕をぎゅっと掴んだ。

 幼馴染のアイリが、反対側の腕を掴む。


 改めて隣を見るとスミレが押しのけられて、サラが俺の腕を掴んでいた。

 スミレが俺の腕を奪い返そうとサラと押し合いしている。


 何をやってるんだ、きみたち。


「楽しそうだな」

「ええ、まぁ……」

 ロベール部長に呆れた目で見られた。



「さて!」

 ぽん、と迷宮主が手を叩く。



 ……ズズズズズズズズ



 とヒュドラの周囲の魔力と瘴気が濃くなっていく。

 息苦しいほどに。



「これから不定期で無作為に神獣を天頂の塔(バベル)に出現させようと思う。つまりは『神の試練』がもっと気軽に受けられるようになるってわけだ。もちろん、一回でも神獣を退けられたものは100階層づつ迷宮昇降機を一気に昇ることができる。10回勝てば晴れて『天界』入だ。オトクだね☆」


 迷宮主が世間話をするように気軽に語る。

 が、眼前でひたすらに魔力を放ち続けるヒュドラに不吉な予感しかしない。



「随分と急な規則変更ですな」



 迷宮主のちょうど真正面。

 ギリギリヒュドラの攻撃範囲外の空中に、深赤色のローブをたなびかせる魔法使いが空間転移で現れた。

 

 リュケイオン魔法学園の責任者であり、迷宮都市の王――ユーサー学園長だった。


「あら、現れたわね。最終迷宮をぬるくした諸悪の原因」

「心外ですな。私は前の迷宮主に知恵を貸して欲しいと言われて、助言をしただけですが」


「らしいわね。だから私は天頂の塔のルールを昔に戻そうと思うの」

「……全10階層の神話の時代の試練の塔の頃にですか? 地上を神人や大精霊が闊歩していた頃の難度ですよ?」


「いいじゃない。別に一定時間が経過すれば神獣は帰るんだし、大した問題じゃない」

「本気なのですね。これまでの天頂の塔の歴史をリセットすると」

 ユーサー学園長の声はいつものような飄々としたものでなく、非常に悩ましげだった。


「そうよ」

「考え直しませんか? 迷宮主アネモイ・バベル殿。今の天頂の塔の運営には、天使様経由で運命の女神様は大きな不満は持っていないと聞いています」

 これほど下手(したて)にでるユーサー学園長を初めてみた。


「知ってるわ」

 対する迷宮主の反応は冷淡だった。


「であれば……」

「永遠の寿命をもつ女神様と我々は違うでしょう? 100年も経って500階層どころか300階層の記録更新者も現れないなら、今のやり方は間違っている。変えるべきよ。幸いここには200階層を突破した優秀な探索者が揃っている。あなたたちならきっとここにいるヒュドラを打ち破り『神の試練』を突破できるわ」


 探索者が集まっているのは迷宮都市の危機である魔物の暴走を防ぐためであって……。

 それすら迷宮主の策略だったということだろうか。


「ですが大勢が死にます。以前、『紅蓮の魔女』ロザリー様の部隊がヒュドラに挑んだ時、彼女を除いて部隊は全滅したことはご存知ですよね?」

 第一騎士様が重々しく言った。


「ええ、勿論。そして、そこにいるユーサーくんが蘇生させたでしょう?」

「ですがその時の戦いが心的外傷になって探索者を辞めたものも多い……」


「仕方がないわ。それが彼らの限界だったのよ」

「ええ、そうでしょう。彼らは自身で選択をした。しかし今回の『神の試練』は唐突過ぎる……」


 ユーサー学園長の最終確認のような言葉は。


「なんと言われようと、方針の変更はしないわ。天頂の塔は私の迷宮。どうルールを変更しようと私の自由よ」

 迷宮主からの最後通告だった。



「わかりました………。では、こちらも手段は選べない。ユーサー・メリクリウス・ペンドラゴンの名において、全力で挑戦させてもらいましょう」


 気がつくと学園長の手には、見たことのない大きな杖が握られていた。

 学園長の周囲には、大小様々な魔法陣が数十個浮かんでいる。



「学園長の本気が見れるわ……」

「大陸最強の魔法使い、ユーサー王が……」

 サラとアイリが真剣な声で呟いた。


 かくいう俺も、本気の学園長の戦いを見たことはない。


「ユーサー様!」

 第一騎士クレア様がユーサー学園長を守るように、ヒュドラの真正面で剣を構えた。

 それに呼応するように次々に十二騎士たちも集結する。


「ユーサー王! 残る魔物の群れはS級探索者たちに任せました!」

「我々でヒュドラを打倒しましょう!!」

 力強く告げるのは、十二騎士のとりまとめ第四騎士エイブラム様と第七騎士イゾルデさんだ。


「ねぇ、ユージンくん。私たちは……」

「十二騎士様の邪魔をしないように魔物を群れを倒す手伝いがいいかな」

「うむ、ユージンくんの言う通りだな。私も手伝おう」


「よし! じゃあ、私も一緒に」

「いや、アイリは危険だから退避してくれ」

「なんでよ! ユウ!」

「なんでって……」

 次期皇帝にこんなところで何かあったら大変だろうが! 


 と言おうとした時、迷宮主からさらに言葉を被せられた。



「そういえば……ユーサーくんは、すでに400階層を突破していたね。神獣の強さは、挑戦者の記録によって変動するからユーサーくんが挑戦者に入ると神獣の強さが500階層レベルに設定されるけどよいのかな?」


「……あとだしのルールは卑怯では?」

 やる気を出していたユーサー学園長の周囲にあった魔法陣がパラパラと地面に落ちて砕けた。


「これは普通に言い忘れだった。ゴメンね☆」

 流石の迷宮主アネモイさんも少し気まずそうだった。


「ルール説明と開始の宣言を!」

 迷宮主が叫ぶと、天頂の塔の1階層内にアナウンスが響いた。




 ――はーい。といってもほとんど迷宮主ちゃんが説明しちゃいましたけど。これより1階層で臨時の『神の試練』を実施します。人数制限はありませんが、参加条件は100階層を突破している者のみです。神獣の強さは、参加者の中で最も踏破階層が高い者を基準に神獣が設定されます。1階層なので、『復活の雫』は使用可能。ただし、食べられちゃうと復活できませんので注意してくださいねー。




 相変わらず天使リータさんのゆるい説明の声だ。

 と思ったら急に真剣な声に変わる。




 ――では、探索者の皆さん。『神の試練』を開始しま……




「集団空間転移(テレポート)

 その時、ユーサー学園長が1階層の結界内にいる全員を結界外に空間転移させられた。


 場所は、学園の訓練場だ。




 ――えっ!? ちょっと、ちょっと! 開始合図の途中なんですけど! 戻ってきてくださいよー




 天頂の塔内からリータさんの戸惑った声が響く。


「あの……ユーサー学園長。よろしいのですか? 神の試練の途中で抜け出すと、『逃亡』となり挑戦資格を失うのでは……」

 第一騎士クレアさんが当然の疑問を口にした。


「うむ、開始が宣言されてしまったあとに逃げると『逃亡』となり『神の試練』の失格になるが、宣言前にこうして領域外に出ると『保留』扱いとなり失格にならない。私はこれを『裏ルール』呼んでいる」

 ユーサー学園長は得意げに語った。


「そ、そんな方法が……」

「知らなかった」

 十二騎士様たちやS級の探索者も初耳だったようで、驚いている。



「すごいねー、学園長ってなんでも知ってる」

「ああ、このルールを使えば神の試練前に作戦を立て直すこともできそうだ」

 スミレが感心したように言うのに、俺もうなずいた。



 ――ちょっとー、早く戻ってきてくださいよー。私ずっと待機してないといけないんすけどー




 天使さんからの悲しげなアナウンスが聞こえた。



「ちなみに、前任の迷宮主からこの方法は迷宮管理者の天使に迷惑がかかるので極力使わないように、というか広めないようにというお願いをされている」

 ユーサー学園長が言いづらそうに言った。


「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」

 その場にいる全員が微妙な表情になる。


「リータさん可哀想……」

「なんか申し訳ないな……」

 ただでさえ100階層以下の管理って忙しいのに。


 その時、パン! パン!とユーサー学園長が手を叩く。


「作戦をたてるぞ! みんな集まってくれ!」

 ぞろぞろと十二騎士様とS級以上の探索者が集まっていく。


「おーい! ユージンもこっちへ来い」

 ユーサー学園長に呼ばれた。


「俺ですか? 邪魔になりませんかね?」

 A級、普通科の俺が入って。


「ヒュドラと間近でまともに戦ったのがユージンだけなのだから、話を聞かせてもらわないと作戦が立てられぬ」

「なるほど」

 そういうことなら勿論、協力しなければ。


 俺も十二騎士様やS級探索者たちの輪に加わる。

 スミレ、サラ、アイリも気がつくと付いてきている。


 輪の中には、レベッカ委員長やカイル先輩の顔も見えた。

 勿論、剣術部のロベール部長も。


(迷宮都市の守護者である十二騎士。探索者の最上位S級メンバー。そして、学園の『英雄科』の面々……)


 それを率いるのは。



「では、立てようか。迷宮都市の総力をかけて神獣討伐作戦を」



 ユーサー学園長はいつもの少しおどけた調子でニヤリと笑った。


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次の更新は『12/10』です



■感想返し:

>迷宮主何をするつもりだ?

→神の試練の頻度を高めたいみたいですね。

 お仕事熱心な迷宮主です。


>3巻心待ちにしてます!

→ありがとうございます。

 現在、執筆中です。



■作者コメント

 12/25に信者ゼロのコミック7巻発売予定です。


■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません


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