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92話 ユージンは、神獣と戦う(前編)

 ――シャアアアアアアアアア……

 ――グォォォォオオ……

 ――ギィィィィィィィィ……

 ――シィー……シィー……


『その怪物』が地表から現れると同時に、不協和音が響き思わず顔をしかめた。


 大気が瘴気で黒く淀んでいく。


 その中央に鎮座する小山のような怪物。


 怪物が持つ九つの首が、それぞれ意思をもっているようでうねうねと自由に鎌首を不気味に動かしている。


 首の一つが風のように動き、近くにいた魔獣を丸呑みにした。


 ……ゴクン、と魔物の形をしたものが怪物の喉を通り呑まれていった。


 空腹の怪物は、それだけで満足せず周囲の魔物たちを次々に喰らっていく。


「ギィイィィ!!」

「ギャアアアア!!!」

 魔物たちが怪物に捕食されまいと逃げ惑っている。



「……あ、あれが」

「神話の怪物、九首竜(ヒュドラ)……」

「……勝手に魔物を食べてくれるわよ? しばらく放っておいてもいいんじゃない?」

 サラ、スミレ、アイリが遠目にその怪物を恐ろしげに見下ろしている。


 俺たちはアイリの天馬に乗って天頂の塔(バベル)の1階層へやってきている。


 四人乗りはきついんじゃないかと思ったのだが、そこは初代皇帝の時代から生きている伝説の幻獣。

 あっさりと四人が乗れるくらい大きくなった。

 もはや馬というより、東の大陸にいるという『象』くらいの巨体だ。


「いや、放っておいちゃ駄目だ」

「どうしてよ、ユウ?」

 俺は九首竜(ヒュドラ)に対して、最近覚えた『魔力探知』を使いながら告げた。


「普段は『奈落の底(タルタロス)』に封印されている神獣九首竜(ヒュドラ)が、腹を満たすほど魔力を取り戻していく」

 事実、魔物を食らうほどゆっくりと九首竜(ヒュドラ)の内蔵する魔力が増しているのがわかる。


「へぇ! 物知りね、ユウ。どこでそんな知識を得たの?」

「えっと……学園の授業で習ったんだよ」

「ふぅん、流石はリュケイオン魔法学園ね」

 俺が曖昧に回答すると、アイリはそれを信じてくれた。


「ユージン、うそを言っちゃ駄目よ。ヒュドラの特徴なんて英雄科でも習わないわよ」

「ユージンくん。そんな授業なかったよね?」

 が、サラとスミレにあっさりとバレた。


「え、うそなの!?」

「どうせあの魔王(おんな)に教えてもらったんでしょ」

「エリーさん物知りだもんねー」

「えっ? あの女? エリーって誰!? ねぇ、ユウ!」

 話がややこしくなった。


九首竜(ヒュドラ)がこっちに気づいたぞ」

 九つの首のうちの一つが、こちらに赤い眼を向けた。


「あー、ごまかした!」

「仕方ないわね、スミレちゃん。この話はあとよ」

「あとでするのか……」

 神獣との戦いのあと、忘れていくれていることを願おう。



 ……ズズズズズズズズ



 九首竜(ヒュドラ)の周囲を黒い霧が覆っていく。

 そして周囲にいる魔物たちがバタバタと倒れていった。


「……毒の霧みたいね」

「近づけないな」

 俺たちの役目は、九首竜(ヒュドラ)を魔物召喚の魔法陣から遠ざけることだ。


 俺の結界魔法で毒を防ぐことができるが、それは俺と近くにいる一人分だけ。

 天馬(ペガサス)に乗る全員を守ることはできない。


「一人で行ってくるよ。スミレ、魔力(マナ)を分けてくれ」

「いいよー☆ はい、ユージンくん♡」

 スミレは迷わず俺の首に手を回し、顔を近づけてくる。

 って、ちょっと待った。


「す、スミレ、魔力連結(マナリンク)は手をつなぐだけでもできるだろ?」

「キスするほうが効率いいよ?」

「「…………」」

 隣でアイリとサラが白い目で見ている隣でスミレとキスする度胸はない。


「右手を出して」

「仕方ないなー」

 俺はスミレの手を握って、魔力を分けてもらった。


「ねぇ、ユージン。私の魔力も……いるでしょ?」

「ユウ……、大魔獣の時に私の魔力を使ったでしょ? また、しよ?」

 サラとアイリが揃って近づいてくる。

 大きくなったとはいえ、ペガサスの背は広くない。

 どんなに詰められると落ちそうになる。


「お、落ち着け。ふたりとも。ヒュドラの囮と魔物召喚の魔法陣の破壊にどれくらい時間がかかるかわからない。魔力は温存しておいてくれ」

「はーい」

「わかったわよ、ユウ」

 不承不承という感じだが、二人は納得してくれた。


 その間にもスミレからは魔力が送られ続けてくる。

 身体がどんどん熱くなっていくのを感じた。


「ユウの髪の色が……」

「赤髪のユージンくん、かっこいいよねー」

「そう? 私は黒のほうが好きだけど」

 スミレの魔力の影響で髪色が変わったようだ。


「じゃあ、行ってくるよ。スミレ、サラ。俺の着地付近の魔物を一掃してもらっていいか?」

「任せて、ユージン」

「おーけーだよ、ユージンくん」


 天馬から眼下を見下ろす。

 天頂の塔の1階層には、数万の魔物たちがひしめいている。


「ねぇ、ユウ。わたしは?」

「二人の安全を頼む。あとは適当なタイミングでフォローしてくれ」

「私への指示が雑じゃない?」

「そうか?」

 不服そうなアイリと目が合う。


 アイリなら細かいことを言わなくても、勝手に最適な行動をしてくれると信じている。

 昔から。


「仕方ないわね」

 伝わったらしい。



「じゃあ、行ってくるよ」

 そう言うと、俺は天馬(ペガサス)の背から魔物の群れの中へと飛び降りた。





 ◇





 風切り音を聞きながら、俺は自由落下する。


 俺が魔物たちの群れに突っ込む直前。




 ゴウ!!!!!!!!!!!




 という音と共に目の前が真っ赤になった。


 炎の神人族(イフリート)であるスミレの魔法。

 スミレにはいつも通り俺()()()()攻撃魔法を放つように言ってある。


 結界魔法で炎を防ぎながら、シュタと地面に降り立つ。

 結界魔法で身体を強化してあるので、上空から降りても衝撃はほとんど感じない。


「相変わらず凄い威力だな……」

 俺はスミレの魔法によって、魔物たちが消し炭になっている地獄のような様子を眺めた。


 地面は赤く溶け、大気の温度はおそらく数百度。

 結界魔法がなければ、息をした瞬間に肺が焼け爛れるだろう。


 熱気によって空気が蜃気楼のように揺らめいている。

 その奥から、黒い巨体がゆらゆらとこちらへ近づいてくる。



「神獣ヒュドラ……」

 大魔獣ほどの巨体ではないが、その体躯が放つ威圧感はそれ以上だった。


 炎の神人族(スミレ)の魔法に怯む様子も一切ない。

 むしろ餌となる魔物を焼かれたことにやや不機嫌になったように、低く唸る声が聞こえた。


 ……ズズ……ズズ……ズズ


 ゆっくりと不吉な音をたてて、ヒュドラがこちらへ近づいてくる。

 移動速度は遅い。


 おそらくヒュドラの身体に巻き付く黒い鎖のせいだろう。

 一つ一つが、人間ほどもありそうな金属の輪が鎖となってヒュドラの身体に巻き付いている。


 一応、こちらを認識してくれたらしいが、『敵』とまでは思われてないのか、地を這う蟻程度の注意しか払われていない。

『囮』役としては、もう少し気を引きたい所だ。


 腰から引き抜いた白刀『天剣』を構える。

 何か飛び技でも放とうかと思っていた時。


光の刃(ライトセイバー)!!」


 頭上からサラの聖剣が光刃を放った。

 ザシュ! とヒュドラの皮膚をわずかに傷つけ、青い血がドクドクと溢れた。



「「「「「「「「「シャアアアアアア!!!!」」」」」」」」」

 苛立ちの混じったヒュドラの咆哮によって、大気だけでなく地面もが震えた。


 俺がちらっと見ると、アイリの天馬がヒュドラから距離を取るように離れていく。

 よし、これで憂いなく戦える。


 九首竜(ヒュドラ)がアイリの天馬を追っていく。

 それはその間に立つようにして、ヒュドラを待った。


(魔法剣・炎刃(フレイムブレイド)

 白刀が赤く輝いていく。


「シャアアアア!!」

 首の一つが、大きく口を開き無造作にこちらへ迫る。

 

(弐天円鳴流・『風の型』鎌鼬!)


「くっ!!」 

 ヒュドラの噛みつきを避けながら、首を落とそうと刃を振るったが一撃を入れるので精一杯だった。

 ヒュドラの首が通り過ぎる風圧で吹き飛ばされた。


(っ!!)

 受け身を取ったあと、さらに追撃が来る。

 

 ドン!!!!!


 と、衝撃と共に地面ごとえぐり取られる。

 だけでなく……。


(毒……いや酸か……?)

 九首竜(ヒュドラ)に攻撃を受けた場所は、地面がどろりと溶けて泥沼のようになっていた。

 おそらく結界魔法で毒は防げると思うが、確実に足を取られる。

 もうその場所は近づけない。

 

(数多の英雄たちを苦しめたヒュドラちゃんの毒沼ねー)

 魔王の呑気な声が響く。


(観戦してないで助言の一つでもくれないのか?)

 俺が苦言を呈すると。


(女三人に囲まれて鼻の下を伸ばしてる男にかける言葉はないわ!)

 ふん! と冷たい声が返ってきた。


 鼻の下は伸ばしてない、と強く言い返した。

 その時。


 ――ガオォォォォン!

 ――ギャオオオオオー!

 ――グオオオオオォン!

 ――ギャオォォォォン!

 ――グオォォォオオオン!


 急に騒がしくなった。


(魔物が増えた)


 魔力感知にひっかかる魔物の数が倍増している。

 再び召喚されたらしい。 


 そして、その魔物の群れに向かって幾つもの閃光は走る。

 

(あれは……)

(十二騎士と高ランク探索者たちが魔法陣を破壊しようと頑張ってるみたいねー)


 召喚された中には、竜まで混じっている。

 そのうちの一体が、探索者たちに迫るが。


 シャラン! と激しい戦闘に似つかわしくない鈴のような音と共に竜の首が落ちた。

 

(あれは……第一騎士様の『妖精の剣』)


 迷宮都市最強と言われている魔法剣。

 魔物は斬られたことに気づかぬほど、息絶えると言われている。

 その噂通り、第一騎士様に斬られる魔物は断末魔を上げることなく倒れていく。


 ……ズズ……ズズ

 

 九首竜(ヒュドラ)が向きを変えようとしている。

 再び召喚された魔物たちを捕食しようとしているのか、十二騎士や高ランク探索者の魔力に惹かれたのか。



「させるか!」

 俺は弐天円鳴流の空歩を用い、一気にこちらから意識を外したヒュドラの頭上を目指す。


 ヒュドラの皮膚はヌルヌルとしており、さらに毒々しい色で覆われていて移動し辛い。


 結界魔法が毒に侵食されるのを感じながら、それでも前へ進みヒュドラの頭上へ到達した。


「獅子斬!!!」

 九首竜(ヒュドラ)の他の頭がこちらに気づく前に、炎刃を脳天へ突き刺した。


 ――シャアア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!


 絶叫が響いた。

 同時に黒い血が噴水のように吹き出し、俺の身体に降り注いだ。


「がっ! ぐっ!!!!」

 全身を激痛が襲った。

 な……に……っ!!

 

(ユージン! 魔王(わたし)の魔力を使いなさい!)

 エリーの焦った声が聞こえた。


(……魔王との契約を行使する)

 意識が飛びそうになる中で、魔王の魔力が身体に流れてきた。

 身体の痛みが引いていく。


 俺はヒュドラの頭から飛び降り、距離を取った。

 自身に回復魔法をかける。


(さっきのは一体……)

 結界魔法がまるで機能していなかった。


(多分、ヒュドラちゃんの血に濃縮された猛毒や呪いが含まれてた……のかしら? でも、ユージンの結界魔法すら破るとは思わなかったけど)

 エリーが戸惑った声で教えてくれた。


(知ってたんじゃないのか?)

(知らなかったわよ。神話時代に他の天使たちと一緒に戦った時だって、全身が猛毒のヒュドラちゃんに接近戦挑むバカなんていなかったし)

(…………そういえばかつて神獣ヒュドラを退けたっていう、レベッカ先輩の母であるロザリーさんも遠距離からの魔法攻撃で戦ったんだっけ)

(てか、普通はそうするでしょ)

 じゃあ、俺は対ヒュドラでもっとも愚かな攻撃をしたということだろうか。

 

(ほら、落ち込まないの。見て、ユージンの攻撃は効いてるみたいよ?)

(え?)

 俺がヒュドラに目を向けると、俺が剣を指した首がぐったりと地面に横たわっている。


(ふふふ……、炎の神人族の魔法剣がよかったみたいね。九首竜(ヒュドラ)ちゃんの弱点である炎、しかもスミレちゃんは末端とはいえ神人族。魔力に微量の神気が含まれてる。そんなもので刺されたら、たまったもんじゃないでしょうね)


(そうか……)

 ほっと一息つく。

 死にそうな目にあったけど、無駄ではなかった。


「シャー……シャー……」

 ヒュドラの赤い目がこちらをじいっと見つめてくる。


 完全に狙いを俺に定めたらしい。

 俺は剣を構え、その場にとどまり神獣ヒュドラとにらみ合う。


 俺の役目は時間稼ぎだ。

 あとは……。



「やったぞ!!!」

「魔物召喚の魔法陣を壊した!!」

 十二騎士様と高位探索者たちの声が遠くから聞こえた。


 よし、これで迷宮都市が100万の魔物に壊滅させられることはなくなった。

 一瞬、気が緩んだ時。


「ユージンくん!!! 危ない!!!」

 上空からスミレの声が聞こえた。

 

 と同時に、そちらから飛竜がこっちへ突っ込んでくるのが見えた。

 飛空系魔物の多くはアイリの天馬を狙っているようだが、そのうちの一匹がこちらへきたらしい。

 普段ならそこまで脅威ではないのだが……。


(さっきの毒の影響か……)

 身体が重い。

 躱すのを諦め、結界魔法で耐えようと判断した時。




「北神一刀流……霞斬」



 

 落ち着いた声色と、微かな抜刀音。

 そして、気づいた時には飛竜が三枚に卸されていた。

 この剣筋は……。



「ロベール部長?」

 長い髪を後ろで束ねた、学園最強の剣士が立っていた。


「すまないな、ユージンくん。獲物を横取りしてしまって」

「い、いえ……助かりました。それより武術大会で負傷したと聞きましたが」


「迷宮都市の危機なので、貴様が出ずにどうすると聖女様に圧をかけられた。ただでさえ優勝を逃し不機嫌であった聖女マトローナ様には逆らえん」

 はっはっは! と気さく笑うロベール部長。


 この人、こういう性格だったのか。

 そして何より気になったのが……。


(未だに剣筋が全然見えないんだけど)

 魔王と一緒に修行した魔力感知ですら追えない。

 どうなってるんだ?


(んー、もしかして決勝戦が槍使いの子じゃなくて、こっちの騎士くんだったらユージン負けてた?)

(やめろ、言うな)

 クロードにはなんとか勝てた俺だが、もしかすると普段から練習試合をしていたおかげであって、ロベール部長には普通に負けていた可能性がでてきた。 


「さて、魔物召喚の魔法陣を壊した。あとは……」

 俺の気持ちを知らずか、ロベール部長は油断なくヒュドラに剣をむけつつ上空の何かを探している。


 それが天頂の塔の中継装置へ映像を送る迷宮の眼だと気づいた。


 神獣や魔物の群れとの戦いは全迷宮都市の民が固唾をのんで見ている。


 その中には、もちろんあの人も含まれており……。



「よくやった、諸君」


 ユーサー学園長の声が天頂の塔の1階層に響いた。

 その声は誇らしげだった。


「これで迷宮都市が魔物の暴走(スタンピード)で踏み潰されることはなくなった。あと1時間もすれば、広域平和兵器(ピースメーカー)を発動できる。そうなれば、ヒュドラ共々倒すことは難しくは……」

 学園長の言葉の途中で。




「試練の難易度が低すぎたかしら」




 天頂の塔(バベル)()()()()声がした。

 この声の響きかたは、拡声魔法とは違う。


 近いのは100階層で試練に挑んだ時に聞いた『天使様の声(アナウンス)』だ。


 しかし、俺にはこの声の主に覚えがあった。



迷宮主(ダンジョン・マスター)……」

「なに?」

 ロベール部長が怪訝な顔をする。

 


 この事態を引き起こした張本人アネモイ・バベルが再び干渉してきた。

 

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次の更新は『12/3(日)』です

→来週11/26は『信者ゼロ』の更新です



■感想返し:

>白魔法の試験イカれてやがる。ユージンよく受かったな。


→そうなんですよね。

 魔王と契約しなくても結界魔法&回復魔法使いとして大成できたユージン。



■作者コメント

 3巻でるそうです!

 ご購入いただいた読者様、ありがとうございます!


■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません


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 大崎のアカウント: https://twitter.com/Isle_Osaki


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