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88話 学園祭 最終日 その2

◇ユージンの視点◇



 ――リュケイオン魔法学園『英雄科』のクロード・パーシヴァル。


 蒼海連邦『竜の国』の勇者見習い。


 普通科で結界魔法や回復魔法を習っていた俺とは縁のない人間のはずだが、何故か入学当初からよく絡まれた。


 体育の授業では、俺の相手をしてくれるのがクロードくらいだったのでそれは今でも助かっている。


 軽薄な色男で、遊び人。


 女を泣かせた数は知れず。


 ただ、最近はレオナとテレシアの尻に敷かれているとか、いないとか。


(ユージンも人のこと言えないんじゃないかしら?)


 魔王(エリー)からもっともなツッコミが入る。


 その通り。

 まったくもってクロードのことを言えた立場ではない。


「どうしたユージン。構えないのか?」

 クロードがいつも使っている銀色の魔槍ではなく、見慣れない赤い槍を上段に構える。


 普段は飛竜に乗ることが多い『竜の国』の戦士の一般的な構え。

 模擬戦をしたときに何度も見た姿だ。


 問題はクロードが手に持っている血のように赤い魔槍。


「クロード、その槍は……()()()()るぞ?」

 赤い槍からは尋常ではない魔力と瘴気がにじみ出ている。


 持ち主すら蝕むほどの瘴気だ。

 俺がそれを指摘するとクロードはわかっていると言わんばかりに、苦笑いした。


「おいおいユージン。これは『竜の国』の建国から伝わる伝説の神槍なんだぞ? 呪われてるなんて酷い言い草だな」

「ユージン! クロードが持っているのは蒼海連邦が所持する神器『竜神の槍』よ!」

 闘技場の外にいるサラが大声で教えてくれた。


「あれが……」

 聞いたことがある。

 かつて南の大陸までが縄張りだった大魔獣『暗黒竜』グラシャ・ラボラスを撃退したという伝説の武具。


 それ以来暗黒竜は南の大陸に近づかないようになったとか。

 ただし、その時に槍は暗黒竜の呪いを受け、今は使い手がいない……と聞いているのだが。


「俺の一族の戦士は、成人した時にこの『竜神の槍』を持たされる。槍の適正があったやつが勇者になるんだ」

「それが勇者の選別方法なのか」

 確かサラが聖女の筆頭候補になったのも『聖剣クルタナ』の適性が高かったからだと聞いている。


 南の大陸で勇者を選別する一般的な方法だ。

 勇者が武器を選ぶのでなく、武器に選ばれる勇者。


「ま、西の大陸よりはマシかな。知ってるか? 西の大陸じゃ、女神様が直々に勇者を選ぶんだとよ」

「らしいな。恐れ多いことだ」


「俺は勘弁してほしいな。女神様にいつも見られてるんじゃ、おちおち女も口説けない」

「クロードは女神様の勇者になってもきっと変わらないよ。……それより()()()()()?」


 結界魔法や回復魔法を扱っている俺には、クロードの身体が明らかに呪いの影響を受けているのがわかった。

 よく見ると顔色も悪い。


「……実を言うとかなり辛い。まったく本来は学生の武術大会で出すような武具じゃないんだが……。連邦のお偉いさんは、聖国と帝国の戦士だけが注目されるようなことは避けたいんだとよ。連邦会議で許可を取ってまで神器を持ち出してきた。おかげで負けることが許されなくてさ」


「学園最強の剣術部部長すら一撃か……恐ろしいな」

「この竜神の槍のおかげだよ。俺の実力じゃない……」

 クロードの表情はいつものように明るくない。

 それに槍の呪いのせいか、苦しげだ。


「クロード。さっさと始めるか」

「悪いな、ユージン」


 俺とクロードは、それぞれ剣と槍を構え重心を落とす。


 いつもならクロードから仕掛け、俺がそれを受けるようにして模擬戦を開始することが多いのだが……。

 

 その時、横から大きな声が割り込んできた。



「わっー!! もう、試合が始まろうとしてる!? うっそ! なんでー!! 特別試合は午後じゃなかったのー! ストップ、ストップ!! 待ってよー、試合開始の合図は私の役目なんですからー!」


 拡声魔法で大きくなった声に、耳がキーンと痛む。

 俺とクロードは、構えを解いた。


 声のほうを見ると、派手なドレスに派手な化粧の女子生徒が慌てながら実況席に走ってきている。


 顔に見覚えがある。

 確か帝国の有名な舞台女優の娘。


 声もよく通り、聞き取りやすい。

 彼女が大会の実況担当のようだ。 


「レベッカ委員長ー!! 止めなくても……えっ? 開始していいんですか!? わっかりましたー! じゃあ、選手紹介しまーす!!」


 アドリブは慣れたものなのか、スムーズに進行していく。



「まずは、武術大会の優勝者『クロード・パーシヴァル』選手! 前年度は惜しくも準々決勝で破れてしまいましたが、今回はなんと優勝候補のロベール選手を倒す大番狂わせを起こしています! 来賓席には婚約者のティファ―ニア・クリスタル王女殿下もいらっしゃっています! あんな美しいお姫様と結婚できるなんて幸せですねー!」


 来賓席では、件の王女様が連邦の貴族たちの中央でクロードに笑顔で手を振っていた。


 その他にも来賓席には、神聖同盟の聖女様や神聖騎士団。

 帝国の上級貴族や高位武官の歴々。


 迷宮都市の責任者であるユーサー学園長や十二騎士たちの姿も見える。

 そして学園祭最大の行事である武術大会の観客は、円形闘技場の客席を全て埋め、立ち見の観客も大勢いる。


 全員がこちらに注目していた。

 恐ろしい数の視線だ。 


(改めて……意識すると飲まれそうだ)

 俺は意識を、対戦者であるクロードに戻した。


 クロードは王女様の声援に応え笑顔を向け……若干、引きつった笑みを浮かべていた。


 理由はすぐにわかった。

 俺がちらっとスミレやサラがいる闘技場近くの見学席を見ると。


「…………」

「…………」

 こめかみに血管を浮かび上がらせたレオナと。

 氷のように微笑むテレシアが見つめていた。

 モテる男は大変だな。


「つづいて特別試合の対戦者! 『ユージン・サンタフィールド』選手ー!! その名をご存知のかたも多いでしょう! 父君はグレンフレア帝国の『帝の剣』。そして、当人は先日天頂の塔に現れた『魔王』エリーニュスを退けたリュケイオン魔法学園の英雄です!」


(うーん、いくらなんでも英雄は大げさじゃないか……)


 そんなことをぼんやり考えていると。


「しかも! 私が極秘で入手をした情報によりますとユージン選手は、次期皇帝陛下であらせられるアイリ皇女様とは幼馴染の間柄。二年ほど前に些細なトラブルで疎遠になっていたそうですが、先日の大魔獣ハーゲンティ討伐での共同作戦を成功させました! 今では前以上に親密な間柄になられたとか。もしも二人が結ばれるようなことになれば帝国のますますの繁栄が期待できますねー☆」


「なっ!?」

 途中からめちゃくちゃ俺の個人的(プライベート)な情報がはいってきた。

 いったいどこからそんな話を……、と思って実況席を見ると。



「えっとぉ……情報提供者のカミッラさん。これって裏取れてるんですよね?」

 実況者のそばに、士官学校時代の同級生にして俺が国を出ていった原因のカミッラがいた。


(おまえっ!)

 俺がカミッラを睨むと。


「がんばってねー、ユージンくんー☆」

 笑顔で手を振られた。

 あの女っ!


 カミッラから少し離れた来賓席にはアイリの姿があった。


 流石にカミッラのように手を振ったりはしてこないが、俺と目が合うと「が・ん・ば・っ・て・ユ・ウ」という唇の動きが読み取れた。


 俺は少し迷い「ありがとう」とだけ返した。

 アイリは満足そうに微笑んでいる。


 その時、……ぞわっと、背中が冷たくなった。


 恐る恐る後ろを振り返ると。


「ユージンくん~~☆ アイリちゃんと仲良しだね~?」

「ユージン、あとでお話ね♡」

 ニコニコと笑うスミレの髪色が赤くなっている。

 サラが一変の曇もない笑顔で微笑みながら聖剣の柄を撫でている。

 こ、怖い。


 視線を感じ、そっちを見るとクロードが苦笑いしていた。


「……大変だな、ユージン」

「……お互いな」

「じゃ、始めるか」

「そうだな」

 改めて俺たちは武器を構えた。


 白刀に魔力を込める。

 刃がキラキラと輝き始める。


 クロードの構える槍が不気味に赤く輝く。 

 黒い風が通り過ぎた。


「くっ」 

 だがクロードの持つ魔槍。

 そこから発せられる魔力と瘴気が尋常じゃない。


 スミレやエリーの魔力を借りても、ここまでにはならない。


「それでは! 両者、よろしいですか!?」


 実況の声に、俺とクロードは同時に頷いた。



「試合開始!!」

 


 その声と同時に周囲から音が消える。

 俺は目を閉じ、対戦相手のクロードだけに集中する。



(とんでもないな……)



 魔力感知をするとより竜神の槍の恐ろしさが理解できた。


 クロードの周囲に魔力と瘴気が巨大な渦となって天まで立ち昇っている。

 おおよそ人間の出せる魔力ではない。


『竜神の槍』の威力は、100階層で戦った魔王(エリー)よりも遥かに上だ。 


 魔槍からは凄まじい瘴気が溢れ出ている。

 しかもそれだけではなく……。


(伝説が本当なら『竜神の槍』の攻撃からは()()()()()()


 竜の神の奇跡が宿っていると言われる『竜神の槍』。

 一度振るうと、『必中』の奇跡が発動する。


 かつて四つあると言われる『暗黒竜』の心臓の一つを潰したという伝承。

 そして、竜神の槍の持ち主は暗黒竜の穢れた血を浴び命を落とし、神槍は呪われたと言われている。



「いくぞ」

 小さなクロードのつぶやきが耳に届いた。


 同時に、魔力感知した黒い魔力が大きな黒い刃に姿を変えこちらに迫る。

 だがこれは……


(実際の攻撃ではなくただの予測(シミュレーション)……)


 昨晩の魔王(エリー)の会話を思い出した。




 ◇


「いい? ユージン。私たち天使には未来予測って能力があるの。でもね、未来を直接『視る』ことができる女神の能力には程遠い。そもそも遠い未来を『予知』できるのと違って予測は避けることもできないことが多いし」


「じゃあ、あんまり頼りにならないってことか?」


「おバカ、違うわ。前も言ったでしょ? 天頂の塔の上層になれば、平気で時間を操ったり回避不可の攻撃を繰り出したりしてくるの。それでなくてもユージンの剣技って『受けてから返す』技が多いから、呑気に目で見て対応してたら気づいた時に死んでるわよ」


「……それは困るな」


「でしょ? だから予測(シミュレーション)能力を使いこなしなさい。って言っても、魔力感知をすれば勝手に発動するからそんなに気にしなくてもいいわ。危機が迫れば勝手に未来を予測してくれる」


「便利だな。でも、予測された未来を避けることはできないんだよな?」


()()。運命の女神の予知とは違う。予測された未来は、『確定』した未来よ」


「じゃあ、結局同じなんじゃ……」


()()()できるでしょ?」


「え?」


「たとえ不可避の攻撃を受ける未来は避けられなくても、それを事前に知っておけばその後の行動は自分次第。そうやって使いなさい。あと天使は攻撃より防御や回復が得意だからってこれは言うまでもなかったわね」


「泥臭く戦えってことだな。……だったら得意だ」


「そういうこと☆」

 魔王(エリー)はいつものように明るく笑った。



 ◇



 そんな会話の記憶。


 そして、現在。



 俺の脳裏に、『()()()()()()()()()()』自分の姿が映った。



(容赦ないな、クロード)

 いや、むしろ心臓を狙われていないだけマシか。


 この大会では、故意の殺人はもちろん禁止だ。

 クロードの狙いは、一撃で俺を行動不能にすることだろう。


 一撃でなければ、相手を殺してしまう。

 それくらい『竜神の槍』の威力は、馬鹿げている。




「ぐっ!!」

 ()()()()、左腕に激痛が走りそして腕の感覚が無くなった。


 思わず目を開く。


 闘技場の観客の怒声や、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。


 けど、それはいったん忘れ眼の前だけに集中する。

 

 クロードの表情。


 先程の緊張感がなくなっている。


「勝った」と思っているのだろう。


 対戦相手の剣士が片腕を失った。 

 勝利を確信するのも無理はない。 


(……けど)

 俺は白刀を右手だけで構える。



 ――弐天円鳴流・窮鼠



 片手ではなてる突き技。

 狙うはクロードの利き腕。



 ドン!! という踏み込み音と、クロードが吹き飛ぶのは同時だった。

 白刃がクロードの右肩に突き刺さり、貫く。


「ぐっ!!!」

 油断していたのか、竜神の槍を手放しクロードは地面を転がった。


 いや、すでに呪いで身体は限界だったのだろう。

 手に力が入っていない。


 俺は地面に転がるクロードへ追撃をせんと、白刃をクロードの首元へ……



「勝負あり、だな」


 

 いつの間にか闘技場に立っていたユーサー学園長が俺の刀を掴んでいた。



「えっ!? あれ? ……ユーサー学園長、いつのまに……えっと」

 実況の焦った声が響く。


「実況くん、まずは勝者を称えたまえ。私は二人の怪我を癒やさねばならん」


「は、はいっ! ……それでは」

 実況の人が大きく息を吸い込む。




「勝者はユージン・サンタフィールド選手です!!!」



 爆発するような盛大な歓声が、円形闘技場中に響いた。


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次の更新は『10/29(日)』です


※2巻発売日にSSが出せたら出します



■感想返し:

>・エリーのヒロイン力が高い!

やっぱり看板ヒロインは格が違った!



■作者コメント

 10月25日が2巻発売です!

 みなさま、応援よろしくお願いします

 本当は2巻発売までに、4章を終わらせたかった。

挿絵(By みてみん)



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