87話 学園祭 最終日 その1
「なぁ……エリー。本当にこんなことして修行になるのか……?」
「
パシ!っと、木の棒で肩を叩かれた。
現在、俺は封印の第七牢であぐらをかいて、目を閉じさせられている。
東の大陸で伝わる『座禅』いう精神統一方法の一つらしいのだが。
(これが天使の修行なのか……?)
なんか違うような気が。
座禅なら俺も、たまに親父と一緒にやっていたし。
「んん? 疑ってるわねー」
パシ!っと、また木の棒で叩かれる。
なんでそう的確なタイミングで雑念がバレるのか。
とりあえず、無心で目を閉じる。
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………どれくらい時間が経っただろうか。
(一体、いつまでこうして……)
何も言ってこない
そろそろ文句のひとつでも言おうかと思った時……違和感に気づいた。
なんだろう?
目を閉じているのに、うっすらと『自分の正面に揺らぐ赤い光のような波のような人影』が
それがゆっくりと俺に近づいてくる。
これは……?
俺がうっすらと目を開くと――眼の前に
鼻がぶつかりそうな距離。
エリーの銀色の前髪が額に当たっている。
キスをする直前のような距離。
真っ赤な瞳が、面白そうに俺を見つめている。
「な、なにやってんだ? エリー」
「ふーん、やっと視えたみたいね。じゃあ、次の段階。ほら、立ちなさい」
「?」
よくわからぬまま、俺は立ち上がる。
エリーも立ち上がり、俺と少し距離を取った。
「きなさい、私の槍」
何もない場所から、するりと一本の黒い槍が現れる。
それを見て俺は腰の剣に手をかけ……。
「ユージンは、そのままにしてなさい。武器があると判断が鈍るでしょ」
「素手で戦えってのか?」
俺が尋ねるとエリーが微笑む。
「躱せばいいだけ。いい? これから私が放つ攻撃を避けてみなさい」
「わかった。避ければいいんだな」
思えばこういった修行をエリーとするのは初めてだった。
普段は「面倒だから~」といつもゴロゴロしている。
「あ、それから目は閉じておくように」
「なんでだよ!」
さすがに抗議する。
目を閉じて避けられるか!
「いいからやってみなさい。ユージンならできるから」
「……本気か?」
「私が嘘をついたことある?」
「わりとよくある」
即答した。
「ま、それはいいわ」
「おい」
「今回は本当。私を信じなさい」
真剣な表情で黒い槍を構える
槍の切っ先はすぐ目の前にある。
かつて100階層で相対した時の記憶が蘇る。
そしてこちらを真っ直ぐ見つめるエリー。
「……はぁ、わかったよ」
俺は覚悟を決めて目を閉じた。
当たり前だが何も見えない。
いや……、ぼんやりと。
さっきの淡い光が正面に在る。
「ユージン」
「なんだ?」
「
「女神様の使いだろ?」
「そうね。じゃあ、天使たちは女神から何を命じられていると思う?」
「そりゃ……、地上の民を導くとか、女神様の言葉を伝えるとか……」
「それはどちらかというと女神の巫女の役目ね。ユージンも会ったでしょ?
「じゃあ、天使の役目っていうの何なんだ?」
「地上の民の
「観察と保護……?」
「そ。か弱き地上の民はすぐに死んじゃうから。保護についてはユージンもわかってるでしょ? 天使の魔力は白魔力のみで地上の民を傷つけることが
それは嫌というほど知ってる。
「ああ。それで随分苦労したからな。観察っていうのは?」
「天使は周囲の魔力から地上の民の様子を知ることができるの。天使の羽がその
「100キロってのがよくわからないが……。そもそも俺には羽なんてないぞ?」
「単位は気にしなくていいわ。ユージンに羽はないけど、近距離なら同じことができるんじゃないかしら。天使の魔力感知能力は優秀よ? もっと活用しなさい」
「……やってみるよ」
俺は目を閉じたまま頷いた。
ぼんやりとした赤い光は、水面に揺らぐ月のようにゆらゆらしている。
これがエリーの魔力……なのだろうか。
「じゃあ、いくわよ」
てっきり不意打ちで攻撃がくると思っていたら、予告付きだった。
赤い光が一瞬で、剣の形になりそれが俺に迫る。
このままの場所にいれば、その赤い剣に串刺しだが。
(……ずいぶん、ゆっくりだな)
迫りくる剣を俺は余裕を持って避けた。
直後、「ギュオ!!」という風切り音が耳に届く。
「よくできたわね☆」
魔王の声に俺が眼を開くと、耳を掠めるように黒い槍が俺の横を通り過ぎていた。
どうやら避けられたらしい。
「ちなみに、さっきの私の攻撃はこの前に100階層でユージンの右耳を貫いた時より速くしたわよ」
「えっ!? ……エリー!?」
その言葉に驚き、魔王のほうを見てもう一度仰天した。
「エリーの身体が、
魔王の身体に無数の斬り傷がついていた。
もちろん、俺は何もしていない。
「はぁ……、やっぱり封印されてる状態だとこうなっちゃうわねー」
「待ってろ。すぐに回復魔法を……」
「別にいいわよ。しばらく寝てれば治るし。それより今のを忘れないうちにもう一回試して……」
「いいから横になれ!」
俺は魔王を無理やり寝かしつけ、回復魔法をかけた。
普段、天頂の塔の時に仲間に回復魔法を使ったときよりも治りがずっと遅い。
そんな、どうして。
「この傷は
俺の疑問を見透かしたように、エリーが言った。
「こうなるとわかっていたから、いつも寝ていたのか……」
ダラダラしているように見えて、それは本当は封印の影響が身体を蝕んで……。
「そんな顔しないの、ユージン。もう千年こうしてるんだから慣れたものよ? それより修行の続きをしなくていいの?」
傷らだけの身体で、エリーはなおもそんなことを言う。
「……十分だ。あとは俺一人で大丈夫だから。エリーは休んでおけ」
「そう。じゃあ、そうさせてもらうわー」
まだ身体の傷は治っていない。
エリーはいつもの口調。
いつもの飄々とした態度で、ころんとベッドに横になる。
「ねぇ、ユージン」
俺に背を向け寝転んだままのエリーが話しかけてきた。
「どうしたんだ、エリー。もう一回、回復魔法かけようか?」
「それは平気。ところで仮にも『神の試練』で
「ああ、任せてくれ」
「良い返事ね」
そう言ったあとすぐに、エリーの小さな寝息が聞こえてきた。
(ここまでしてもらったんだ)
負けるわけにはいかない。
そう誓い、俺は一人封印の第七牢で修行を続けた。
◇スミレの視点◇
「わー、遅くなっちゃった!」
「急ごう、スミレちゃん!」
私はレオナちゃんと一緒に、武術大会の会場へ急いだ。
学園祭の最終日。
今日の目玉は、何と言っても武術大会の『決勝戦』と『特別試合』だ。
特別試合にはユージンくんが出ることが決まっている。
絶対に応援に行かなきゃと思っていたけど、体術部の手伝いが思った以上に長引いてしまった。
最後は副部長さんが「スミレちゃんたちは先に上がっていいよ!」と送り出してくれた。
武術大会の決勝戦は午前中。
特別試合は午後からで、今の時間は決勝戦が始まったばかりくらいだと思う。
だからギリギリ間に合うはずで……。
足の速いレオナちゃんになんとかついていって、大きな円形闘技場が見えてきたところで騒いでいる一団がいるのに私は気づいた。
「ユージンくんは、どこにいるんだい! 決勝戦が終わったっていうのに!」
「落ち着いてください、レベッカ実行委員長。……私もユージンを探してるんですけど。普段なら訓練場にいると思ったんですが中継装置でも見つかりませんね」
集団の中に見知った顔をみつけた。
私はそっちへ向かった。
「サラちゃん! 何かあったの?」
「スミレちゃん! ユージンの姿が見当たらないの」
会話しているのが生徒会長のサラちゃんと学園祭実行委員長のレベッカさん。
私はその二人に話しかけた。
「ユージンくんなら天頂の塔を探索してなかった? 105階層で
「それは私も見たんだけど、そのあとが行方不明なの」
「そうなんだ」
私とサラちゃんは顔を見合わせた。
「てっきりスミレちゃんと一緒にいるんだと思ったけど」
「サラちゃんと一緒じゃないんだ」
「どっちにもいないとなると」
「残ってる女は……」
私とサラちゃんが思い浮かべたのは、きっと同じ顔。
綺麗な銀髪の美人で、意地悪な怖い
「やっぱりあのおねーさんの所じゃ……」
「くっ……あの女の所なの! ユージン!」
「スミレくん、サラくん! 心当たりがあるのかい!? だったら僕がそこまで迎えに……」
焦っているレベッカ委員長に、ユージンくんの居る可能性が高い場所を伝えるべきか迷った。
(確かあの怖い魔王さんがいる場所って、ユーサー学園長とユージンくんしか入れなかった気が……)
レベッカ委員長に伝えると、そのままつっこんでいきそう。
うーん、学園長を探す?
でもいるって決まったわけじゃないし。
そう悩んでいた時。
「スミレ? サラ? なにやってるんだ?」
声をかけられた。
「ユージンくん!」
「ユージン!」
私とサラちゃんがかけよる。
よりも前に、ユージンくんに飛びかかる人物がいた。
「探したよー!!! 特別試合ができないと、チケットが払い戻しになるんだ! 借金漬けになるところだったよー、助かった、来てくれて!」
レベッカ委員長が、ユージンくんに抱きついてほっぺをユージンくんの顔にこすりつけている。
多分、深い意味はなく喜びの表現なんだろうけど……。
あの……レベッカ委員長?
ユージンくんは私の彼氏なんですけど。
隣を見るとサラちゃんも、何か言いたげな顔をしていた。
ユージンくんは、よくわかってない表情で戸惑っている。
「レベッカ委員長。今は決勝戦の時間ですよね? 特別試合はまだだと思ってたんですが」
「それがさ! 決勝戦が『一撃』で決まっちゃんたんだ! 通年はこんなことないんだけど……。客席には各国の賓客……グレンフレアの次期皇帝やカルディアの聖女様までいるんだ! これ以上待たせるわけにはいかないんだ」
「一撃!? ロベール部長、気合いがはいってますね。わかりました。じゃあ、急いで会場に……」
ユージンくんがそう言うと。
「いや、時間が惜しい。みんなまとめて跳躍ぼう」
レベッカ委員長が、木の杖を構えた。
「
「きゃっ!」
「わぁ!」
私たちは光に包まれて、目をつぶった。
一瞬、ふわっと宙に浮いたような感覚に陥って、すぐにとん! と地面に尻もちをついた。
見るとサラちゃんや、レオナちゃん、一緒にいた人たちもみんな地面に転がっている。
「レベッカ委員長、この大人数で空間転移できるんですね。スミレ、サラ。大丈夫か?」
ただ一人涼しい顔で立っているユージンくんを除いて。
私はユージンくんに手を引っ張ってもらって立ち上がった。
「いてて……。乱暴な運びかたですまなかったね。とりあえず、君の姿を闘技場の観客たちに見せておきたかったんだ。試合時間を早めるつもりはないから、ゆっくり準備を……」
「レベッカ委員長」
レベッカさんの言葉をユージンくんが遮った。
「どうしたんだい?」
「俺の……特別試合の対戦相手は
ユージンくんが決勝戦の結果が書かれた、大きな
「え?」
というつぶやきは、私ではなく隣のレオナちゃんからだった。
ただ、私もその掲示板に書かかれてあった『優勝者』の名前を見て驚く。
だってそこに書いてあったのは……
「よう、ユージン」
爽やかな声でユージンくんの名前が呼ばれた。
親しみのこもった声。
声の主は、スラリとした長身で空色の鎧を身につけた赤毛の
その顔には見覚えどころか、一緒に探索をしたことだってある。
なにより彼はレオナちゃんの……
「クロード、
落ち着きを取り戻した様子のユージンくんが祝辞を送った。
「ありがとう」
クロードくん――英雄科のクロード・パーシヴァルくんは短く答える。
「じゃあ、
「そうだな」
そう言うとユージンくんは、闘技場の真ん中にあるリングに向かって進んで行った。
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次の更新は『10/22(日)』です
■感想返し:
>スミレちゃんはBなのか……ほかのキャラの情報も知りたいです。
答えます。
サラ:C
エリー:E
です。
■作者コメント
2巻のカラーイラストでました。
が、ちょっと露出が多くてここに掲載は怖いのでTwitter等から辿ってください。
アマゾンでも見れるようです。
■その他
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