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85話 学園祭 六日目


 ――迷宮都市の円卓評議会(ラウンズカウンシル)


 普段はユーザー王と迷宮都市の守護者である十二騎士のみが入室を許される場である。


 しかし、今日は珍しく外部の人間が会議に参加していた。



 神聖同盟の最高指導者の一人、聖女マトローナと上級神聖騎士(ハイホーリーナイト)


 蒼海連邦の中でも大きな発言力をもつ『黄金の国』の王女ティファーニア・クリスタルと若い竜騎士。


 そして、南の大陸最大の領土を誇る帝国からは宰相のエカテリーナと、次期皇帝であるアイリ・グレンフレア皇女が参加していた。



 会議を仕切っているのは、十二騎士の中で最年長の第四騎士エイブラムだ。

 ユーサー王は珍しく難しい顔をして黙っている。


「それでは再び魔物暴走(スタンピード)が起きると?」

「学園の生徒……ユージン・サンタフィールドが迷宮主(ダンジョンマスター)から直接聞いたそうです」

「またあの男ですか……。どうしていつも彼は面倒事を引き寄せるんだ?」

「よほど厄介事に好かれるらしい」

 その言葉にアイリ皇女がわずかに眉を動かした。


「まぁまぁ、彼に悪気があるわけじゃないし」

「そう言っている第二騎士ロイド殿こそ、魔王戦のことで思うところがあるのでは?」

「……まぁ、そのことはいいじゃないですか」


「しかし、迷宮主が直接関与してくるなんて聞いたことがない」

「ここ最近の天頂の塔は様子が変だ。何が起きてもおかしくない」


「かの生徒をここに呼んで詳しく聞き出すべきでは?」

「一晩かけて事情聴取をしましたよ。彼には悪いことをしました」

 第七騎士イゾルデが申し訳無さそうに言った。


「問題は次に発生するという魔物暴走の規模です」

「前回は迷宮組合だけで対処できましたが……」

「次は迷宮都市の全探索者でことに当たるべきでしょう」

 最年少の第十二騎士ジェフリーが強い口調で述べた。


「ならば学園祭は中止ということになる」

「仕方ありませんね」

「生徒たちはがっかりするでしょうけど……」

「何かあってからでは遅い!」

 まとまりのない会議へ帝国の宰相エカテリーナが口を挟んだ。


「それで……この情報を外部に流すということは、我々は都市外へ退去せよということでしょうか? ユーサー陛下」

 その言葉に視線がユーサー王へ集まる。

 ユーサー王は顎ひげを撫でながら答えた。


「ん~、いや。判断は各国にお任せしようと思う」

「……よろしいのですか? ユーサー王」

 第四騎士エイブラムが怪訝そうに尋ねる。


 彼は学園祭を中断するだろうと予想していた。

 他の騎士たちも同様だったらしく驚いた表情だ。


「突然の魔物暴走ならともかく、予想ができているのなら対策は打てるでしょう。ねぇ、勇者クロード様?」

「……はい、ティファーニア王女様。英雄科メンバーと学園祭実行委員会を中心に、対魔物暴走の緊急対策チームを設立して、迷宮組合と連携をとっています」


「じゃあ、安心ですわね。勇者クロード様」

「いえ、しかし。予期せぬことは起きますのでできれば私は王族のかたには退避していただきたいですが……。それと私はまだ勇者ではなく勇者見習いです」


「ふふふ、またまた謙遜して」

「いえ、謙遜ではなく……」

 蒼海連邦出身のクロードは、普段の軽薄な態度を潜め平静にティファーニア王女に告げる。

 王女様は穏やかに微笑んでいる。


「まぁ、逃げたいというなら止めはしません。我ら神聖同盟は魔物ごときを恐れはしませんが」

 聖女マトローナはちらっと帝国の二人のほうへ視線を送る。


「予め危険がわかっているなら避けたほうが無難かと思いますが……」

 エカテリーナ宰相は聖女からの挑発に気づかないふりをしている。


「アイリ皇女殿下はどのようにお考えですか?」

 ティファーニア王女が尋ねる。

 これまで黙ってきていたアイリ・グレンフレア皇女が口を開いた。


「他国を差し置いて帝国民が一番に逃げるのはありえないでしょう。エカテリーナ、この地にいる帝国の戦力はどれくらいかしら?」

「黄金騎士団の一個師団というところですね。アイリ様の護衛として」


「では近くにいる白銀騎士団を呼び出しなさい。魔物暴走の被害が市民に広がるようであれば、軍人の数は多いほうがいいわ」

「手配します、アイリ皇女殿下」

 エカテリーナ宰相が短く答えた。


(これでよかったのかしら……)

 今の言葉は自分の意思というより、皇帝代理として父ならこういうだろうという回答だった。

 皇女アイリは迷いを表情に出さぬよう努めた。


「では、アイリ皇女殿下は学園祭に最後までいらっしゃるのですね。学園祭の大トリである武術大会の決勝戦をご一緒に観戦できますわね☆」

 ティファーニア王女は笑みをこぼした。


「えぇ……まぁ。そうね」

 初対面なのに馴れ馴れしいわね……という感情は表に出さす、アイリは曖昧な笑みで返した。


「こちらにいる私の婚約者のクロードが出場していますの。もしかするとアイリ皇女殿下のご友人であるユージン様と対戦することになるかもしれませんわ。クロードとユージン様は学園では好敵手(ライバル)の関係と聞いていますから、その二人が大会で対戦するなんて素敵じゃありません?」


「へぇ……、貴方がユージンの」

 ここでアイリ皇女は、ティファーニア王女の後ろに控える竜騎士に興味を持った。


「ありえませんね」

 帝国の皇女と、連邦の王女の会話に割り込む者がいた。


「何がでしょう? 聖女様」

 聖女マトローナの言葉に、ティファーニア王女が尋ねる。


「武術大会は、神聖同盟のロベール・クラウンが優勝すると決まっています。優勝後の特別試合でも、ロベールの優勝は揺るがないでしょう」

 聖女マトローナが断言した。


 リュケイオン魔法学園の現・剣術部部長ロベールの名前は有名だ。

 出身のカルディア聖国へ戻った時には、いずれ神聖騎士団長になるのは確定とすら言われている。


 一説では、帝国の『剣の勇者』や『帝の剣』すら凌ぐとか。

 それを言っているのは、主に神聖同盟の関係者だけだが。


「ふふふ、ロベール様の勇名は大陸中に響いておりますからね」

 ティファーニア王女は笑顔のまま。


「勝負事に絶対はないでしょう」

 アイリ皇女は無表情……に見えて声に棘があった。


「まあまあ、それくらいにしましょう。今回の武術大会もいつも通り盛り上がってくれたらよいのですが」

 第四騎士エイブラムが三国の要人たちの会話を中断した。

 

「では、各国の皆様は十分注意しつつ引き続き学園祭をお楽しみください。これにて今回の円卓評議会を閉会します!」


 こうして魔物暴走に備えつつ、学園祭は継続することが決定した。






◇ユージンの視点◇


 リュケイオン魔法学園・武術大会本戦会場。


 俺が魔物暴走の調査や、迷宮主や蛇の教団に会ってしまった事情聴取を受けている間に一回戦と二回戦は終わってしまった。

 

 今日の午前に準々決勝。

 午後には準決勝が行われる。

 怪我をしても、回復魔法で完全回復できるためなかなかの強行スケジュールだ。


(で、明日が決勝戦と特別試合か……)


 俺が明日戦う相手が決まる。

 もっとも前評判では優勝候補ははっきりしている。


 前年度の優勝者であり剣術部のロベール・クラウン部長。

 

 学園最強と言われる彼は、当然現在の本戦メンバーに含まれる。

 俺はその戦いの様子を見に来たのだが……。



「試合終了! 勝者、ロベール!!!」


 

 開始と同時に勝負が決まった。

 まさに瞬きしている間だった。


 歓声が湧く。

 きっと神聖同盟の所属国の人々だろう。


 俺としてはもう少しロベール部長の剣術を研究したかった。 

 仕方ない、あとで映像記録を見返そうと思っていると。


「なにあれ……ジュウベエおじさまと同じくらい速いんじゃないの」

 聞き慣れた声が聞こた。

 観戦に夢中で気づかなかった。

 

「アイリ?」

 幼馴染が近くに立っていた。


「ねぇ、ユウ」

 アイリガスすすっと近づいてくる。

 俺はぱっと周囲の気配を探り、アイリの護衛がいることを確認した。


 一人でぶらついているわけではないらしい。

 目的は武術大会の見学だろうか?

 しかし、なぜ?


「どうしたんだ、アイリ? こんなところに来て」

 俺は素直に質問した。


「ユウ、あいつに負けちゃダメよ」

「ロベール部長か……」

 さっきの試合を見ての感想だろう。 


「負けちゃダメ」と言われるということは、「負けそう」とアイリは感じたということだ。


「……ユウ? どうなの?」

 俺の返事に不安を……不満そうな目を向けてくるアイリ。


「負けないよ」

 俺は士官学校時代と同じように答えた。

 

「よし! ならいいわ! 明日はユウの試合を観戦するからね! いいわね!」

 そう言ってアイリは去っていった。

 

「もうー! アイリ様! 時間がないのに!」

 と気がつくとアイリの近くにお付きのカミッラがいる。

 どうやら時間の合間を見つけて、俺に会いに来たらしい。


(負けないよ……か)

 さきほど見たロベール部長の剣筋を思い出す。


 いや、正確には『()()()()()()剣筋』だ。

 剣術部部長の剣は速すぎた。

 

 それでも構えや相手の動作から予測して対処することはできる。

 同じく『見えない剣速』の親父と対する時は、そうしてきた。

 10本勝負で、1,2本なら取れたことがある。


 速い剣が最強というわけではない。

 が、強いのは間違いない。


 本当は今日は、武術大会の本戦を観戦しようと思っていた。

 が、先ほどのロベール部長の戦いを見て気が変わった。


(修行するか……)


 前日の修行でいきなり強くなったりはしない。

 それでも実戦に近い場に身を置けば、感覚は研ぎ澄まされる。


 格上の相手に挑むには、自分の調子を万全にしよう。

 俺は武術大会の会場を離れ、その足で天頂の塔へ向かった。


 白刀と黒刀は、腰にさしてある。

 最低限の探索道具も持っている。


 学園祭中のため、探索者は少ない。


 俺は迷宮昇降機に向かい現時点で行ける最高階層である『104階層』のボタンを押した。


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次の更新は『10/8(日)』です



■感想返し:

>迷宮主さん個人情報を抜き取りまくりですね

>ユージンは迷宮でも女難から逃げられないのか

>しかし迷宮を作った神々ならともかく、迷宮主がダンジョン攻略を進めさせたいのは何故だろう?


→迷宮主さんは適度な難易度で、探索者を上の階層に上げて成長させるのが目的です。

 記録更新者を増やすとノルマ達成です。



■作者コメント

 週明けには2巻の表紙が公開OKになるはずです。

 公式(オーバーラップ社)さんからの発表までは、作者わたしは何も言えませんが……

 Amazon見ると普通に表示が載ってたり……(ひとりごとです)



■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません


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