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84話 天頂の塔の主

 ――アネモイ・バベル。


 天頂の塔(バベル)における今代の迷宮主(ダンジョンマスター)

 外見は10歳程度の幼女にしか見えない。


 パツンと切り揃えられた前髪。

 紅玉のような紅い瞳。

 緑の草原にぽつんと一人で立っている血のような赤いローブの彼女はとても目立っていた。

 

(いや……一人じゃない)

 

 姿は見えない。

 けど、すぐそばに気配がある。

 何者かがそこにいる。

 

(身隠しの魔法……かな)


 魔物が居なくなっている八階層。 

 なぜか低層階にいる迷宮主。

 そして、コソコソと隠れている何者か。


 キナ臭い。

 けど、時機悪く発生している魔物暴走の原因を探るには無視できなかった。


 さて、一体何が出てくるやら。

 俺がゆっくりと迷宮主のほうへ歩を進めると。


(い、いけません! 殺されてしまいます、ご友人!!)

 ぺたんとへたりこんだ蜘蛛女ちゃんが、俺の服の袖を引っ張る。


 魔物にとって迷宮主はとてつもなく恐ろしい存在らしい。

 腰が抜けるほどに。


「君はここにいて」

 俺は泣きそうな顔で震える小柄な蜘蛛女ちゃんにそう告げた。


 俺はあえて気配を消さずに迷宮主(ダンジョンマスター)へ近づいた。

 どのみち彼女にはバレるだろう。


 なら堂々としたほうがきっといい。

 ゆっくりと俺は迷宮主のほうへ近づく。



「……あら? 貴方よく会うわね」



 すぐに迷宮主はこちらに気づき、顔を向けた。


 同時に「タタタ……」と遠ざかる足音が耳に届いた。

 まずいな、姿が見えない何者かは去ってしまう。


「こんにちは、アネモイさん。楽しそうな話をしていますね。俺も会話に入れてくれませんか?」

 本当はなんの会話をしていたかなんて聞こえていないが、俺はあえてそういった。


「…………」

 姿の見えない誰かの足音が止まる。


(釣れた)

 会話を聞かれたと勘違いしてくれたようだ。


「盗み聞きとは感心しないわ」

「1階層で魔物暴走が起きてしまいまして。代わりに8階層の魔物がいなくなったので、何事かと調べていたんですよ」

「ここの階層の魔物なら()()()()()へ送ったわ」


 やはり……今回の魔物暴走は、迷宮主の仕業だった。

 この会話は蜘蛛女ちゃんを通して、カルロ先輩にも伝わっているはずだ。


「なぜそんなことをするんです?」

「探索者を鍛えるためよ。ここ数日サボってるでしょ?」

 迷宮主(ダンジョンマスター)のアネモイさんは、こともなげに言った。


「学園祭が終われば、みんな探索を再開しますよ。最終迷宮の外で魔物と戦うと『復活の雫』が使えないので、できれば魔物暴走は控えていただけるとありがたいんですが……」

 素直に応じてくれるとは思えないが、念のため俺はこちらの要望を伝える。


「復活の雫……ね。前任の迷宮主が導入した仕組み。正直、私はアレが嫌いなの。知ってる? 100階層『神の試練(デウスディシプリン)』を突破する探索者のほとんどは、復活の雫を使わずに到達する。アレは弱者を甘やかせるダメな仕組みよ」


「いいじゃないですか、おかげで天頂の塔は南の大陸で死傷者率がもっとも少ない迷宮ですから」

「よくないわ。安全な迷宮なんて意味がある? 神の試練は遊びじゃないの」


「それじゃあ死人が増えます」

「何がわるいの?」

「何がって……」 

 俺は言葉につまった。



「弱いやつは死んでいいの。死ぬべきよ」



「は、はっきり言いますね」

 迷宮主さんの言葉は厳しい。


「それが自然の摂理だもの。今の最終迷宮は優し(ぬる)過ぎる」

「…………なるほど」

 迷宮主さんの考えがわかってきた。


 彼女は、最終迷宮の難易度を上げたいと思っている。

 でも、なぜ?


「どうしてそんなに厳しくするんです?」

「記録更新が滞ってるからよ。ここ500年での最高記録が止まってるのよ? このままじゃダメ」


「でも……この前にあった20階層で冥府の番犬(ケルベロス)が出てくるみたいな事故で死んでしまうのは、いくらなんでも可哀想じゃないですか?」


「あれねっ! たしか貴方が倒したのよね!」

 急に不機嫌そうに話していた迷宮主さんの表情が明るくなった。


「びっくりしましたよ」

「ふふふ、あれは面白かったわ。でも、天界の女神様から叱責を受けたから次はバレないようにしないと」


冥府の番犬(ケルベロス)は、アネモイさんの仕業だったんですか!?」

 あれ? でも学園長の話だと、あれを引き起こしたのは確か……。


「私が手を貸したに決まってるでしょ。そこにいる子にアイデアをもらってね。100階層の『神の試練』を低層階で急にだしたら、探索者たちが緊張感を持つんじゃないかって。それから100階層に魔王エリーニュスを召喚するのもその子のアイデアよ」

 迷宮主さんがぱっと、()()()()()方向を指差す。


 俺は指さされた方向に視線を向ける。

 さっき足音が止まったあたりだ。


(……居る)

 目には見えない。

 けど、何者かの気配があった。


「あー、あんた隠れてるんだっけ?」

「……アネモイ様。バラさないでください」

 聞き覚えの無い女性の声が響いた。


「どうせ、剣士くんはあんたに気づいてたわよ」

「……そうですか。では隠れていても無駄ですね」

 バサリと音がして、突如人が現れた。

 身隠しの魔法が付与されたマントの魔道具を使っていたらしい。


 現れた人物は、非常に美しい女性だった。

 けど美しさ以上に目を引くのが、褐色の肌色と長く尖った耳。


(……(ダーク)エルフ?)

 世間では魔族扱いされている希少な種族。

 会うのは初めてだった。


「はじめまして、ユージン・サンタフィールド様。一度、話してみたいと思っていたのです。魔王エリーニュス様の契約者であるあなたと」


「……どうしてそれを?」

 思わず警戒し、構えをとる。


「我らが信仰する偉大なる『堕天の王』が選んだ人物ですから。もちろん、存じています」

 そう語る闇エルフの女性の胸元に、銀細工が光るのに気づく。


 林檎に巻き付く蛇――魔王信仰の教団の証だった。


「蛇の教団の関係者……ですか」

「大主教バネッサと申します。お見知りおきを、ユージン様」

 優雅に一礼する闇エルフのバネッサさん。


「よく天頂の塔に入れましたね。蛇の教団については迷宮組合が監視して……だからこその身隠しの魔法ですか」

「ええ、その通りです」

「無断での天頂の塔への侵入は、迷宮組合が禁じていますが……」


 俺はちらっとバネッサさんと……その隣にいる幼女――迷宮主へ視線を向ける。

 

「気に入らない。最終迷宮は誰だろうと挑戦できるべきなのに。どうして迷宮主(わたし)以外の者が、勝手にルールをつくっているの。忌々しい」

 再び不機嫌な顔になるアネモイさん。


 感情の起伏が激しい。

 それに呼応するかのように8階層全体が、地震のように揺れる。


「ひぃぃっ!」

 後ろの方で蜘蛛女ちゃんが小さく悲鳴をあげるのが聞こえた。

 迷宮主が不機嫌になるだけで、地震が起きた。


「ユージン様。本当は貴方とゆっくりお話がしたいのですが、ここに留まっていると迷宮組合に依頼された探索者たちが集まってきそうです」

 ちらっと見ると遠くからこちらを見つめる、迷宮の眼がある。


 俺たちの様子は中継装置(サテライトシステム)で見られている。

 

 闇エルフのバネッサさんが、ゆっくりと俺のほうに近づく。


「でも一つだけ言わせてください、ユージン様。我らの教団に入りませんか? 魔王エリーニュス様を信奉する我々は、貴方を歓迎しますよ」

「入りませんって」

 俺は迷わず断った。


「そうですか。残念です」

 それほど落胆した様子はみせず、バネッサさんは微笑む。


「それでは、また」

 闇エルフさんは、身隠しの魔法のマントで姿を消し、さってゆく足音だけが響いた。 



 残っているのは俺と迷宮主さん。

 少し離れた位置に身体を小さくして震えている蜘蛛女ちゃん。


 迷宮主さんは、俺をじっと見ている。

 俺も彼女を見つめ返す。


「私が怖くないの?」

「怖い?」

 俺が首をかしげる。


 迷宮主さんがつかつかと歩いてきた。

 紅い大きな瞳が俺を見上げる。


 魔力の底が見えない。

 竜と対峙しているかのような威圧感がある。

 それでも……


「別に怖くはないですよ」

「まぁ、神獣(ケルベロス)ちゃんと単独(ソロ)で戦えるくらいだから恐怖心が麻痺してるのかしら?」

 微妙に失礼なことを言われる。


「あの? 何をしてるんです?」

 迷宮主さんの手が俺の顔にのびる。


「ちょっと、調べさせなさい。ふーん、やけに白魔力が多……え!? あんた白魔力しかないの? なにこれ、病気?」

「体質ですよ。失礼な」

 ぺたぺたと、迷入主さんが俺の手や顔を触る。

 遠慮がないなぁ。

 

「そんな体質あるわけが…………あら? あんた天界の血が入っているのね? はーん、なるほどねぇ」

「わかるんですか?」


「あたり前でしょ。へぇ、しかも真面目な顔して三人も女と『身体の契約』を結んでるロクデナシなのね。まぁ英雄色を好むっていうから、むしろ期待が持てるかしら」

「そんなことまでわかるんですか!?」 

 さすがに怖くなって迷宮主さんから距離を取った。


「何を恥ずかしがってるのよ。ほら、もっとこっちに……」

 迷宮主さんがニマニマと俺のほうに近づいてきた時。




「そこの二人!! 君たちは包囲されている!! 抵抗はしないように!」




 俺と迷宮主さんの回りを、ぐるりと人が取り囲んでいた。

 ぱっとみたところ、BからD級の探索者たち。


 1階層の魔物暴走の処理が終わってこっちに来たのだろう。

 探索者たちを率いているのは、上級迷宮職員のようだ。


 目的は中継装置に映っていた蛇の教団の女性、バネッサさんだと思われた。


「君たちが闇エルフの女と親しげに会話をしていたことは、確認済みだ。あの女は蛇の教団に所属している可能性が高いことがわかっている。まずは、君たちの名前と所属を教えてもらおう」

 

「ユージン・サンタフィールド。リュケイオン魔法学園の普通科の生徒です」

「なぜ学生がこんなところにいる! 学園祭期間のはずだろう!」


「魔物暴走の調査にきました」

「それは我々の仕事だ! 君にはのちほど事情を聞かせてもらう! その前に、そちらの少女は君の仲間か!?」


「知り合いではありますが……」

「まぁ、よい。聞けばわかることだ。二人とも大人しく我々と一緒に……」




「……うるさいわね」

 



 地面が揺れた。

 8階層にいた小動物や、鳥たちが一斉に鳴き出した。


 迷宮主さんの瞳が紅く不気味に輝く。

 瞳だけでなく、小さな身体全体から赤い魔力が湯気のように沸き立っている。


 鳥肌立つほどの危機感。

 俺は一瞬で、迷宮主と距離をとっていた。


「わたしは帰るわ」

 アネモイさんはそう告げた。


「ま、待て! 逃がすわけには……」

「おまえたちは、こいつらの相手をしていなさい」

 迷宮主さんが、「コンコン」と地面をつま先で叩く。



 ……ずずずず、と地面から十数体の石の巨人が生えてきた。


 そして、俺たちを取り囲んでいた探索者たちに襲いかかる。


「ゴーレム!?」

「なぜ8階層に!?」

「仕方がない! まずは魔物を排除だ!」

 一気に戦場になった。


 ゴーレムたちが狂ったように暴れる中。

 迷宮主さんは優雅に歩いていく。

 

 魔物たちが、アネモイさんの近くだけは決して近寄らない。


 俺にもゴーレムが襲ってきている。

 それと戦いながら、迷入主さんの後ろ姿を目で追った。



「じゃね、白魔力の坊や。次の魔物暴走はもっと派手にいくわよ」

「アネモイさん! 本気ですか?!」

 思わず怒鳴る。


「ふふふ、楽しみにしてなさい」

 めっちゃ身勝手なことを告げて、迷宮主は去っていった。

 蜘蛛女ちゃんも、混乱にまぎれて逃げ出したようだ。


 その後、ゴーレムたちを退治してから俺は迷宮組合の事務所に連れて行かれた。

 幸い、俺が蛇の教団の関係者と疑われることはなかった。


 以前に魔王(エリー)と戦っていたことが幸いした。

 蛇の教団員なら、魔王を倒したりしないだろうということだった。


 しかし、俺は全て正直に話したのだが、先程の幼女が迷宮主であることは信じてもらえなかった。


 迷宮組合では、迷宮主の存在は確認できていないらしい。

 まぁ、俺もつい最近知ったわけだが。


 事業聴取は一晩続いた。

 途中、カルロ先輩も来て俺の潔白を証明してくれた。

 

 が、蛇の教団の幹部と接触してしまったのがよくなかった。

 これまで一切の尻尾を掴ませなかった地下組織だったからだ。

 大主教を名乗る人物の情報が貴重過ぎた。


 些細なことを根掘り葉掘り、繰り返し質疑応答をさせられ。

 解放されたのは、翌日の朝になってからだった




 ◇




 俺は迷宮組合の建物から外に出た。


 空が明るくなりかけている。


(酷い目にあった……)

 寮に帰って一眠りしよう。


 そう思っていると、こちらにぱたぱたと走ってくる足音が二人分。

 明るい茶髪の女の子と、長い黒髪の女の子。

 

「ユージンくんー!」

「ユージン、大変だったわね」

 スミレとサラだった。


「あぁ、本当に大変……」

 俺がそう言いかけた時。


「「……」」

 二人の妙な視線に気づいた。


「スミレ? サラ?」

 俺が尋ねると、二人は視線を逸しもじもじしている。


 何か言いたいことがあるけど、言い出せない。

 そんな態度だった。


「ユージンくん、これ」

 スミレがそっと、一枚の紙を手渡してきた。

 

 それは絵だった。

 正確には魔法によって精巧に描かれた模写絵。


 それを手に取り確認する。


「げ」

 そこには迷宮主さんが俺の顔に手を伸ばし、ぺたぺたと触っているところが映し出されていた。

 しかも角度が悪く、見方によってはキスをしているようにすら見えた。

 

「あの……スミレ、サラ。これは……違」


「ユージンくんって……魔王さんみたいなお姉さん系じゃなくて、ちっちゃい子も好きなんだね」

「スミレちゃん。仕方ないわ。英雄は色を好むっていう言葉があるもの」


「あ、こっちの世界でも言うんだ」

「待ってくれ、二人とも誤解だ」

 

「いいよ、私は。ユージンくんの好みを許容するよ」

「しなくていい」


「まぁ、魔王よりは良いと思うわ」

(迷宮主だぞ……?)


 存在のヤバさでは大差ないと思う。


 結局。

 思い込みの激しい二人に、迷宮組合以上に説明が大変だった。


■大切なお願い

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■次の更新は、【10/1(日)】予定です


9/24は、信者ゼロの更新します。

2ヶ月ぶりか……。

内容を思い出さなきゃ。



■感想返し:

>それにしても7万体以上の魔物を全て把握し識別できているって本当に規格外な能力ですね

>やはり生物部に所属する生徒は常軌を逸した人ばかりなんですかね

>まあ顧問がユーサー王だしな


→多分、カルロ先輩は生物部で一番の常識枠。



■作者コメント

 10月1日に2巻の表紙が公開されます。

 素敵なイラストですよ。



■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません


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