75話 ユージンは、天頂の塔へ挑む
「ここが天頂の塔の101階層……」
「確かに空気が違うわ」
スミレとサラが、真剣な表情で迷宮内を見回す。
ちなみに迷宮
最終的には「私たちにも同じことをすること!」という条件で解放された。
……体力持つかな。
そんなことを考えつつ、俺も初めての101階層の風景に目を奪われた。
多くの魔物で溢れていた99階層までと比較して、101階層は一見静かだ。
緑の草原の奥に大きな建造物がいくつも立っている。
建造物は遠くからもわかるほどボロボロで、いわゆる廃墟だった。
ーー一つの文明が滅んだ街
そんな印象を受けた。
(ここからが……本当に
天頂の塔は、101階層から本番だと。
そう言われると、否応なくワクワクするのが止められなかった。
「み、見て! 誰かがいるよ!」
スミレが指差す方向を、俺とサラも視線を向ける。
そこには人と同じように二足歩行で、しかし肌の色が『緑』の明らかに人族ではない生物が立っていた。
俺たちに気づいているようで、何も言わずこちらを見つめている。
(…………あれは)
俺は101階層に来る前に
「
サラが慌てて聖剣を構える。
「サラ、落ち着け。こっちから手を出さない限りは襲ってこない」
「…………本当に?」
「ずっとこっちを見てるね。ちょっと怖い……」
サラはまだ警戒を解かず、スミレは俺の後ろに隠れた。
俺よりやや身長が高いくらいの迷宮人は、しばらくこちらをじっと見つけたあと、何も言わずに廃墟の奥へと消えた。
「よし、もう大丈夫だな」
「ねぇ、ユージンくん。迷宮人ってなに? 魔物じゃないの?」
スミレが俺に尋ねた。
101階層以上のことは、『普通科』の授業では習わない。
サラの所属する『英雄科』なら教えてくれるらしいが。
そのため、俺やスミレは独学で学ぶしかない。
「スミレ、101階層より上層は『復活の雫』は使えず、死んだら生き返らない。それは説明したよな?」
「う、うん」
「スミレちゃん。死んだ探索者の
「…………え?」
サラの言葉にスミレが固まった。
「一般的には『
「……それは初耳だわ。英雄科だと迷宮人とは意思疎通が難しいから近づいてきたら撃退しろとしか、習わなかった」
「それは今代の『
「ちょ、ちょっと待って! そんな話を一体どこから!?」
「100階層で
A級探索者になら説明してよいらしい。
「みなさん、あんまり
「天使様と雑談するなんて恐れ多い……」
「そっかー、じゃあ今度おしゃべりに行こうっと」
サラとスミレでかなり天使さんへの対応が違う。
ーーゴゴゴゴ……ズズズズズズ……
その時、遠くで何か大きなものが動く音が聞こえた。
同時に地面がわずかに振動している。
「え? 地震?」
「違うわ、スミレちゃん。これはおそらく」
「迷宮の自己崩壊と再構築。ちょうど、造り変わりのタイミングだったか」
もともと最終迷宮の内部は、常に変化している。
101階層以上となると、それが『常に』起こってる。
巻き込まれて、命を落とす者もかつていたとか。
よく見ると遠くの廃墟の一つが、崩れていっているのが見えた。
「場所は遠いわ」
「今日は初めての探索だから、深入りはやめておこう」
「それにしても魔物が全然いないね」
スミレがそんなことを言った時。
ゴオッ!!!
大きな風切り音が響き、巨大な影が上空を横切った。
「なっ! あれって!」
「ど、
「中型か。見つかるとやっかいだ。隠れよう」
俺たちは気配を殺しながら、草原から廃墟のほうへと移動した。
廃墟の中はガランとしていて、床は好き放題に雑草が茂っている。
どの建物も壁が崩れているものも多く、見晴らしはよい。
念のため周囲の気配を探ったが、魔物はいなさそうだった。
「驚いたわね……」
「ねぇ!
サラが小さく息を吐き、スミレが俺に詰め寄った。
「101階層以上だと、これまでの階層主は関係なく普通に出現するよ」
これも天使さんに教わった。
なので突然
「うぅ……、101階層って怖いね」
「あまり怯えてると精神が持たないわよ。……私も少し怖いんだから」
スミレとサラは緊張で表情が硬い。
……ゴソ
後ろの方で微かに音が聞こえた。
「ユージン!」
「何かいるな」
「えっ!?」
俺は腰の白刀を引き抜いた。
天使さんにもらった俺でも魔法剣が使える武器。
白魔力を通し、構える。
「「「…………」」」
しばらく、沈黙が続き。
……タタタタ、とネズミらしき小さな魔獣が駆け抜けていった。
「なんだ~」
スミレがほっと息をついた。
「キエエエエエエエ!!!」
物陰から黒い影が飛び出してきた。
「キャアアアアアア!!」
「弐天円鳴流・『風の型』鎌鼬」
よく見えなかったが、とりあえず襲われたため首を刎ねた。
「相変わらず考えるより先に斬るのね……ユージンは」
「な、なんだったの~」
サラが腰を抜かしたスミレの手を取っている。
倒した魔物に近づくと、それは不死者だった。
初めて見るタイプの魔物だったが、確かこいつは……。
「
「ぞ、ゾンビにしては動きが早くなかった!?」
「これはゾンビ
「そんなのいるの!?」
生前に高名な暗殺者だった者が
「流石は101階層だな!」
俺がテンションをあげていると、サラとスミレから冷たい視線を送られた。
「ユージンくん? 楽しそうだね」
「ユージン、遊びじゃないのよ? あまりはしゃがないで」
「も、もちろんわかってるよ。今日は様子見だからこれくらいにしようか」
俺たちは初めての101階層を早々に切り上げることにした。
今日は雰囲気を知れてよかった。
帰りは魔物に急襲されることなく、迷宮昇降機まで戻ることができた。
それから学園祭の準備で忙しいサラや、体術部の手伝いがあるスミレのことも考え。
今後の探索は、二日に一回ということになった。
階層を上げるのは三人揃った時。
それ以外は、俺は
◇数日後◇
ーーリュケイオン魔法学園・生徒会棟にて
生徒会棟のエントランスには、中継装置の巨大な画面が設置してある。
そこには、天頂の塔のさまざまな階層の様子が映し出されている。
が、今の生徒会の面々は一つの画面に釘付けだった。
画面に映るのは『102階層』を探索するユージン、サラ、スミレの探索隊だった。
「ユージンの野郎……サラ会長と……」
「諦めろよ。サラ会長を助けるには100階層の『神の試練』を突破しないといけないんだから……」
「最近、神の試練を突破した探索隊ってあったか?」
「直近がユージンの隊だな」
「つーか、最近の100階層の神の試練難しくないか!?」
「難易度狂ってるよな……」
そんな会話がなされている。
「つーかさ! おかしいだろ。どうして102階層をたった三人の探索隊で攻略してるんだよ!」
「普通って10人くらいの探索隊を組むよねー?」
「最低五人だよ! あいつら頭おかしいだろ!」
「おまえ、サラ会長に頭おかしいって……」
「ち、違うぞ! 俺が文句を言ってるのはあの女たらし野郎であって」
「あ、グリフォンが出た」
「なにっ!」
「だ、大丈夫なのか? サラ会長は!」
「さきほどユージンくんが、グリフォンの首を切り落としましたね」
「「「「…………」」」」
中継装置の画面では、ユージンが魔物を倒しスミレがぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでいる。
「あっ、今度はオークの群れとオークキングが」
「そんなっ! サラ会長が!」
「くそっ! 俺たちがそばにいれば!」
「スミレさんの
「……オークキングは?」
「ユージンくんが、最初に首を切り落としました」
「なんなんだよ! あいつは!」
「まぁ、今度の武術大会の優勝シード枠ですし」
「あの贔屓野郎が!」
「神の試練で魔王エリーニュスを退けてるんですよ? 同じことできます?」
「…………絶対に魔王とか戦いたくねーわ」
「
「なんだか、遠くに行っちまったなー」
生徒会メンバーからため息が漏れた。
リュケイオン魔法学園の生徒会執行部のメンバーは優秀だ。
しかし、天頂の塔を本気で攻略しようというよりは『適度』に良い成績を残し、卒業後に国へ戻って身を立てることを目的にしている者が多い。
そのため、命を失う危険が高い101階層以上を目指す者は少ない。
かつては下に見ていた男が、遥か高みに上ってしまったことをその場にいる全員が認識させられた。
中継装置の画面を通して、かつて攻撃力ゼロの欠陥剣士と言われた男子生徒を見ることしかできなかった。
◇ユージンの視点◇
(……視線を感じるな)
最初は魔物か迷宮人かと思ったが違った。
上空で『迷宮の眼』が、俺を見下ろしていた。
迷宮の眼を通して、中継装置へ映像が送られる。
100階層より上は、探索者の数がぐっと減るため必然的に『迷宮の眼』にぴったり張り付かれる場合が多い。
ちなみに、今日は
スミレとサラは、用事があるため迷宮探索に参加していない。
しばらく103階層をウロウロしていたら、好戦的な迷宮人に襲われた。
ちなみに襲ってきた迷宮人のは赤色。
どうやら赤い迷宮人は、危険らしい。
あとは、紫など深い色は攻撃的だと
(……強かったな)
流石、生前に100階層を突破した探索者だけあって迷宮人は強かった。
なんとか撃退できたが、倒すことはできなかった。
現在の俺は崩れかけた廃墟の入り口で、持ってきた携帯食を食べている。
周囲を警戒しながらだと、味わって食べることもできない。
俺は大きく口を開けて、短い昼食を終えた。
(どうするかな……このあと)
スミレとサラには、あまり無理をしないように注意されている。
すでに、はぐれ飛竜とオーガの群れとは戦ったあとだ。
地竜を見かけたが、そちらからは逃げた。
成竜と
「……少しだけ見回って今日の探索は終わりにするか」
俺は小さくつぶやき、手持ちの水筒から水を飲んだ。
周りに魔物の気配はない。
……そのはずだった。
「貴方、いいわね」
ぱっと、視線を向けると『血のような朱色』が眼の端に入った。
(赤色の迷宮人!!!)
俺は水筒から手を離し、刀に手をかけ一気に振り抜こうとてーーギリギリで止めた。
そこに居たのは、迷宮人ではなかった。
話しかけてきたからだ。
「はじめまして、ユージン・サンタフィールド」
肌は白い。
髪も白い。
それでいて、眼は真っ赤で。
何よりも目立つのは、血のように赤いローブ。
『そいつ』は、場違いな笑顔で俺に話しかけてきた。
俺は言葉を返せなかった。
こちらをみて不気味に笑っているのは、
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■次の更新は、【7/16(日)】予定です
■感想返し:
>天頂の塔は100階層を超えてから、難易度が跳ね上がるという話なので、攻略を再開したユージンたちが、どのような困難に挑むのか楽しみなことです。
→難易度が上がった表現できていたかわからないですが、今までとは少し違った雰囲気を感じていただけたら幸いです。
■作者コメント
2巻のサラのイラスト依頼をいたしました(編集さんへ)
やっとサラの絵が見られる……!!
■その他
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