64話 ユージンは、決闘を挑まれる
「それではユージン殿とベルトルド将軍の決闘については、皇帝陛下の代理として私が結果を見届けさせていただきます」
そう言ったのはエカテリーナ宰相閣下だった。
ここはエインヘヤル宮殿内にある闘技場。
通常であれば御前試合などが行われる由緒正しい場所だ。
皇帝陛下は「結果のみ知らせよ」と去ってしまった。
が、それ以外の者は興味からかほとんどがこちらへやってきた。
さほど広くない闘技場は、満員だ。
人々のざわめきがうるさい。
「ねぇ、ユージンくん。決闘なんて……怖い」
スミレが不安そうだ。
「平気よ、スミレちゃん。だってユージンだもの」
サラは反対に、俺に全幅の信頼をおいてくれている。
「ま、命のやりとりってわけじゃないし。気楽にやるよ」
俺は答えた。
……一方、俺の決闘相手はというと。
「どういうつもり、ベル! こんなことを言い出すなんて!!」
「アイリこそ何を腑抜けているんですか。大魔獣の再封印の実績によって皇位継承権を上げる計画だったでしょう。黙って見ているだけのつもりなのですか?」
「それは……」
ベルトルド将軍の返事は冷静だ。
なるほどそういう理由か。
「はははっ! いいじゃないか! 男たる者やらねばならないときがある。ベルトルド、がんばれよ!」
豪快に笑いながらベルトルド将軍の肩をバン!と叩いているのは長身で大柄な男。
背中には身長ほどもある大剣を携えている。
全身からは圧倒的な
――『剣の勇者』エドワード・J・ウォーカー
ウォーカー姓は、剣聖『ジーク・J・ウォーカー」の末裔の証である。
もっとも使っている剣術は、俺や親父と違いグレンフレア帝国軍で採用されている流派だったはず。
帝の剣である親父と双璧をなす、帝国最高戦力の一人。
背にある大剣は、グレンフレア帝国の宝具
――『聖剣』コールブランド。
一振りで百の魔物を薙ぎ払う光の刃を放つと言われている。
剣の勇者様も、この決闘を見学するのかと思うと身が引き締まる。
「よし! じゃあ、俺が立会人をしよう!」
闘技場のど真ん中にしゅたっと移動し、面白げに腕組みをしているのは、帝の剣――つまりは俺の親父だ。
「おいおい、ジュウベエ殿。まさか自分の息子を贔屓なんてしないであろうな?」
「俺がそんなことをするように見えるか? エド殿」
「絶対にないな」
「見学ならこの席が一番だからな」
「なるほど、それは一本取られたな」
「「はっはっはっは」」
何が面白いのかわからないが、親父と剣の勇者エドワード様は談笑している。
外からはライバルだの、敵対関係だの、言われているらしい『帝の剣』と『剣の勇者』だが、実際は馬が合うようだ。
「では、両者前へ!!」
親父に呼ばれ、俺は闘技場の中央にある台上へと上がった。
反対側の台上でこちらを睨んでいるのは、ベルトルド将軍――
俺は対戦相手の経歴を記憶から呼び起こす。
ベルトルド将軍の名前は、ここ一年で急に有名になった。
年齢は俺やアイリと同じ位に見えるが、少なくとも帝国軍士官学校では見たことがない。
正確には、俺が通っていたのは帝都にある帝国軍『中央』士官学校。
その他に『北方』『南方』『東方』『西方』の士官学校があるので、いずれかには所属していたのだろう。
もっとも交流試合などでも、名前が上がったことがないので決して昔から有名ではなかった。
彼を有名にしたのが十五歳に行う『選別試験』。
そこでベルトルド将軍に発現したのが『五色』の魔力と『勇者見習い』の職業である。
さらに彼には『剣の勇者』エドワード様が所持している『聖剣』コールブランドへの適正があった。
聖剣は所持者を選ぶ。
適正がないものが手にしても、力を発揮しない。
つまりベルトルド将軍は将来有望な
(てことを知ったのは、アイリの婚約者がどんな男か気になったからなんだけどな……)
(うわ、ユージンってば女々しいー。そんなのいちいち調べたの?)
(おい、エリー。人の心を勝手に読むな)
(ユージンがぶつぶつ心の中でつぶやいてるから聞こえてきたのー)
別にいいだろ。
心の中で愚痴るくらい。
ベルトルド将軍は、アイリとお揃いの純白に金の装飾がされた豪奢な軽装鎧を着ている。
金髪碧眼と貴族然とした凛々しい顔立ちから、憎らしいほど様になっている。
「ユージン・サンタフィールド! いつでもかかってこい!」
ベルトルド将軍は既に剣を抜き放ち、刀身からは緑魔力の
剣だけでなく、身体の周囲をも緑魔力が渦巻く様子はおそらく
(木属性……風の魔法剣か)
攻守を兼ね備えたバランスのよい魔法剣だ。
(って、魔法剣ありなのか。……こまったな)
渡された決闘用の武器は鋼の剣。
魔法剣相手だと、心もとない。
かといって、俺の白魔力を使うと
「ユージンくん!」
「スミレ?」
スミレが俺の方に走ってきた。
「どうしたんだい? スミレちゃん」
親父が尋ねる。
「ユージンくんは攻撃用の魔法剣が使えないので、私の魔力を渡してもいいですか!?」
「ああ、決闘の手助けは駄目だが、魔力を渡すだけならいいんじゃないか。ベルくん、どうだい?」
「ふん! いいだろう。女の力を借りねば戦うことすらできぬとは情けない奴だ!」
嫌味っぽく言われたが、了解は得られた。
「ありがとう、スミレ。助か……」
お礼を言いかけて、止まる。
スミレにぎゅっと、抱きしめられた。
そしてドクドクと炎の神人族の魔力が俺に流れてくる。
「ユージンくん……」
小さな声で。
スミレが俺を抱きしめながら耳元で囁いた。
おそらく決闘の
「……あいつを絶対にボコボコにして」
えらく過激なお願いだった。
「任せてくれ、
苦笑しながら返事する。
俺へ魔力連結したスミレは、身体を離し「がんばって」と一言告げて闘技台から降りた。
スミレのところにサラが駆け寄る。
「スミレちゃん、ずるい!」
「サラちゃんも一緒に抱きつけばよかったのに」
「こんな帝国の関係者しかいない場所で、私の能力を見せられるわけないでしょ!」
「それに私とサラちゃんの魔力って反発し合うから、一緒にはできないよねー」
スミレとサラの会話が聞こえてくる。
二人の前でみっともない姿は晒せないな、と思っていると強い視線を感じた。
「………………」
めっちゃ不機嫌な顔でこっちを睨む
俺とスミレを見て、怒ってる?
でも、そーいうのは婚約者のベルくんとすればいいだろう、と思う。
(でもなんか……なんだろうな。アイリとベルトルド将軍には恋人っぽい感じがしないんだよな……)
理由はわからない。
アイリから聞いた形式上の婚約者、という話のせいだろうか。
「両者準備はいいか?」
立会人の親父が真剣な口調になった。
「問題ありません、帝の剣様」
「俺もです」
意識を相手だけに向ける。
周りの雑談や、スミレやサラの会話。
アイリからの視線、全てを無視する。
帝国軍士官学校時代は、こうした決闘がよくあったものだ。
リュケイオン魔法学園では無かった風習なので懐かしさを感じた。
「この戦いの勝者が、大魔獣への討伐の先陣を務めることになります」
宰相閣下が、よく通る声で宣言した。
そう、この決闘の結果によって『大魔獣討伐』作戦の内容がきまる。
俺は無心のまま、頷いた。
「はじめ!」
親父が号令をかける。
次の瞬間。
「
ベルトルド将軍が、一陣の風となってこちらへ迫る。
瞬きをすれば、その間に斬られていただろう。
それほどの速さ。
振り下ろされる風の魔法剣が、俺へと迫る。
俺はまだ動けずに……動かずにいた。
士官学校時代の俺なら、もしかすると負けていたかもしれない。
それほどの剣の腕。しかし
(神獣ケルベスに比べると……)
欠伸が出るほど遅い。
俺は一歩だけ左に身体をずらし、風の魔法剣を避ける――と同時に、炎の剣でベルトルド将軍の魔法剣の刀身を
キィン……、という小さな音が響く。
ベルトルド将軍は、まだ避けられたことも、刀身が斬られたことも気づいていない。
俺は炎の剣をベルトルド将軍の首元に向かって横薙ぎし……
「そこまで」
親父の刀が、俺の炎の剣を止めた。
もっとも、俺は最初から剣を寸止めにするつもりだったので親父の刀にはあたっていない。
ともかく、決闘終了の合図だ。
「…………え?」
ベルトルド将軍は、やっと自分の状態に気づいたようだ。
魔法剣は根本から切り落とされ。
自分の首元に赤い炎剣が突きつけられている。
親父が止めていなければ、胴と首が離れていた――と思ったのかもしれない。
顔が真っ青になっている。
ベルくんは、ぺたんと尻もちをついた。
(何で殺さなかったの?)
(殺すわけないだろ!?)
(えー、つまんないなー。
素で聞くな、怖いから。
「勝者、ユージン!!」
親父の宣言に、闘技場内がわっと湧いた。
一瞬過ぎて、つまらない勝負になってしまったのではと思ったが、別に見世物ではない。
俺はスミレとサラのほうを向き、勝ったよという代わりに軽く手を握り上に掲げた。
「「やったー☆」」
とスミレとサラが抱き合っている。
その時、俺のほうに大柄な男が近づいてきた。
剣の勇者エドワード様だ。
「見事だった! 流石はジュウベエ殿の息子だ。次は私と勝負をしないか? 勿論、聖剣は無しでだ!」
「え?」
「ちょっと待った! 実は俺も炎の剣のユージンとはまだ戦ってなかった。よし、ユージン。俺とも勝負しよう」
「おい、親父」
何故か剣の勇者と帝の剣から勝負を挑まれた。
「はいはい、ジュウベエ様にエドワード様。ユージンくんは疲れてますから、宰相命令により本日の決闘は終了です。ユージンくん、明日に備えてゆっくり休んください」
「「ええー!!」」
宰相閣下の命令に、親父と剣の勇者様が不満の声を上げる。
子供か。
二人が仲がいい理由がわかった。
どっちも剣術バカだ。
「ありがとうございます、宰相閣下」
「お見事でした。明日はよろしくお願いします」
エカテリーナ様にお礼を言うと、優しく微笑まれた。
ちらっとベルトルド将軍のほうをみると、がっくりと床に手を付き項垂れている。
アイリが婚約者の肩を叩いて何か励ましの言葉を言っている。
ベルトルド将軍は意気消沈しているようで、無反応だ。
しばらく声をかけた後、アイリの表情がイラッとしたものに変わった。
「男のくせにウジウジと……、さっさと立ち上がりなさい!」
アイリがベルトルド将軍の尻を蹴っ飛ばしていた。
うわ……。
尻に敷かれてるな、と思いつつ俺はエインヘヤル宮殿を後にした。
――自宅への帰り道。
「ごめんなさい、ユージン。私はこれから帝都に来る
「わかった。それは仕方ないよ」
「それじゃあ、言ってくるわ。さっきの決闘カッコよかった♡」
サラが俺に抱きつき、頬にキスをして去っていった。
「…………」
スミレも俺に抱きつきたそうにしているのか、ぱっと目が合った。
「帰ろうか? スミレ」
「う、うん。そうだねー」
結局、抱きつかれなかったが。
家に帰るとどっと疲労が襲ってきた。
よく考えると昨日から寝ていない。
帰った後、俺はすぐにベッドで横になった。
「おやすみ、ユージンくん。ゆっくり休んでね」
スミレがドアを締めると、外はまだ明るいにもかかわらず、すぐに睡魔が襲ってきた。
◇
「…………誰だ?」
部屋に入ってくる何者かの気配で、俺は目を覚ました。
外は真っ暗だ。
今は何時だろう?
「ごめんね、起こしちゃった」
「でも寝過ぎると身体が鈍るわ」
部屋に入ってきたのは、スミレとサラだった。
「おはよう……なのかな?」
「今は深夜だよ、ユージンくん」
スミレがくすりと笑う。
「お腹すいてない? お茶と食べ物を持ってきたわ」
サラがトレーに食べ物を載せてきてくれた。
米をこぶし大に握って、塩で味付けたものが数個。
横には焼いたソーセージと、ボイルエッグが添えてあった。
「サラちゃんと一緒に作ったの」
「おにぎりっていう料理は、スミレちゃんが作ってくれたわ。これ美味しいわね」
「ありがとう、スミレ、サラ」
空腹を覚えていた俺は、それをすぐに平らげた。
その間に、サラがランプに光を灯す。
夜のためか、光量は抑えている。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「「…………」」
俺が食べ終え、両手を合わせる。
スミレとサラがじぃっとこちらを見つめていた。
「…………ど、どうかした? ふたりとも」
どうもただならぬ雰囲気に、やや気圧される。
よく見ると二人の服装が昼間と違う。
薄手のレースのような生地の室内着だ。
初めて見る服だった。
「ねぇ、ユージンくん。明日って大魔獣の囮になるんだよね?」
「ああ、そうだよ。だから軽く剣の素振りでもして、ゆっくり休もうかと……」
「駄目よ。もっと
俺の言葉をサラが遮る。
「す、するべきこと?」
明日の大魔獣の討伐作戦。
帝国軍の参謀本部からは、装備品、武器、魔道具は全て用意しておくと言われている。
あとは魔力を借り受けるため、
……他になにかあったっけ?
「ユージンくん。私とサラちゃん二人と魔力連結すると、反発してうまくいかないことは知ってるよね?」
「ああ、だからスミレとは直接。サラの魔力は武器を通して魔力を分けてもらう作戦だけど……」
という手順になっている。
なっていたはずだ。
「もっといい方法があるの」
サラが俺の頬に手を当てる。
気がつくと、スミレとサラが俺の布団に膝を載せて身体は手の届く距離に迫っていた。
薄暗くてわからなかったが、身近で見ると二人の来ている衣服はうっすらと肌が透けている。
そして二人から、普段と違う甘い香りが漂ってきた。
「サラちゃんが運命の巫女様って人に教えてもらった方法があるんだけど……」
「私とスミレちゃんの魔力が反発しなくて、かつ魔力連結がより強化される方法」
「そ、そんな方法があるのか!?」
いや、運命の女神様の御声が聞ける巫女様だけが知っている秘密の方法が……?
俺は静かに二人の言葉を待った。
「ねぇ、ユージンくん……」
「私たちを
「………………は?」
聞き間違いだろうか?
聞き直そうとして気づく。
薄暗い中でもはっきりわかるほど、スミレとサラは真っ赤だった。
「あの、サラさん? スミレさん?」
「
「ま、マジで……?」
巫女様がそんなことを?
「さ、三人で寝所を共にすれば魔力の反発も収まるでしょう……なんだって。うぅ……は、恥ずかしい」
スミレの顔がますます赤くなる。
「ユージンのためよ! それに、巫女様はおっしゃったわ。ユージンにはいま悪い女の影があるから、私たちでそれを取り返さないといけないって」
「悪い女?」
すぐに思い当たった。
つい最近その言葉を言っていたのは……。
(
(ライラ先輩の仕業かー)
俺が心の中でつぶやくと、
「ねぇ、サラちゃん。この魅了のお香って本当に効果あるのかな? ユージンくんいつも通りだよ?」
「変ねー、巫女様はこの香りをかげばどんな男でもイチコロだっておっしゃったのに」
「この匂いってそれ!?」
なんてものを用意してるんだ、運命の巫女様。
――聖国カルディアの聖女は腹黒い。
噂は真実だった。
「ユージンくん……♡」
「ユージン……♡」
スミレとサラがさらに間近に迫る。
半分、押し倒されているような体勢だ。
二人の表情が恥じらいから、少しトロンとした表情に変化している。
そしてそのまま押し倒され……、俺は抵抗できなかった。
(あーあ、私だけのユージンだったのに)
そんな呆れ声が聞こえた。
その夜、俺はスミレとサラと結ばれた。
■大切なお願い
『面白かった!』『続きが読みたい!』と思った読者様。
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■次の更新は、2週間後の【4月16日(日)】です
※理由
・プライベートの色々イベントが多い。
・本業(会社)が立て込んでいる
・書籍化作業✕2シリーズ
これらによって、もしかすると今月は人生で一番忙しいかもしれないです。
三章のクライマックスなので、時間をかけてじっくり書かせてください。
■感想返し:
>前作とは正反対(奥手じゃないって意味で)の主人公で、読んでいて面白いです。
→前作と正反対にしよう、ってコンセプトで主人公を設計しました。
>エリーを出してくれてありがとうございます!!
→もっとエリーを出さないと、と反省。
看板ヒロインなのに。
■作者コメント
詳しいかたは知っているかもしれませんが。
今回でてくる『聖剣』コールブランドは『エクスカリバー』の別名です。
ただし特にエクスカリバー要素はありません。
名前だけお借りしました。
前作では『カリバーン』を出してましたが、あっちもさほど出番がなくもったいなかったな、と思っています。
カリバーンはエクスカリバーとは別、らしいですが。
どうせならカリバーンは、ユーサー王に持たせればよかった。
■その他
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