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61話 皇女アイリ

◇アイリ・アレウス・グレンフレアの視点◇



 ――グレンフレア帝国の皇女アイリ。



 今でこそ帝国内で名前が知られているが、私が生まれた時の私の皇位継承順位は下から数えたほうが早かった。


 さほど身分の高くない母。

 その子である私も決して優遇された立場ではなかった。


 幼い頃から皇女として厳しく躾けられ、将来は属国の王子の后として嫁ぐことになる、と母からは言われていた。

 特にそれを疑問に思っていなかった。


 ある時、まだ皇太子だった父が、皇位継承争いで暗殺されそうになる事件があった。

 他国への視察中にハグレ竜に襲われる事故にみせかける、という暗殺計画。


 それを救ったのが南の大陸の戦乱から逃れて、子連れで傭兵をしていた『聖原ジュウベエ』――のちの帝の剣だ。

 なんでもその傭兵は、刀一本で竜を斬り捨てたらしい。


 父はすぐに自分の護衛としてジュウベエ様を雇った。


 その時に出会ったのが、私の幼馴染のユウ――ユージン聖原(サンタフィールド)


 初対面の時、私はユウに勝負を挑んでコテンパンにされた。 

 それ以来、ユウのお父様に私も押しかけ弟子入りして一緒に剣を学んでいる。


 同い年だったこともあり、私たちはすぐに友だちになった。


 ユウはいつも剣の訓練をしていた。

 皇族教育の一環として、私も剣の扱いはできる。


 でもユウの剣の訓練は、私の知るものとは一線を画していた。


 ある時私は尋ねた。


「ねぇ、ユウ。どうしてそんなに修行するの?」

 素振りをしながら、ユウは答えた。


「俺には『(これ)』しかないからさ」

「これしか……?」

 私にはピンとこなかった。


「俺が生まれた国は東の大陸ではもう滅んでないし、母さんは俺が0歳の時に死んじゃったし……。あと親父にはいつも言われてるんだ。『親父(おれ)が死んだら、お前を守れるのはお前だけだ』って。だから強くならないと、俺は生きていけないんだよ」


「そ……」

 私は絶句する。

 その時のユウは八歳。

 

 まさかそんな考えで剣の訓練をしてたなんて。


「できれば親父みたいに強くなって、自分以外の誰かを守れるようにもなりたいけどね」

 ユウが、自分の父親を目標にしているのは昔からのことだった。


「じゃあ、私も守ってくれるの?」

 ついそんなことを聞いてしまった。


「ああ、もっと強くなったらね」 

「もう十分に強いじゃない」

 私は未だにユウから一本取れるのは、50回勝負をして1,2回だけ。

 まるで勝負にならない。


「駄目だよ。今の俺じゃ、アイリを守れるほど強くない。もっと修行しないと。強くなってアイリを守るよ」

「……そ、そう」

 たぶん、天然なあいつは何気なくいった言葉なんだろうけど。


 私はその時に心を奪われたのだと思う。


 それが私の――初恋だった。





 それからも度々、父上は暗殺者に狙われたがユウの父様が全て返り討ちにしていた。


 暗殺者に辟易とした父上は、自分の子供を全て軍の士官学校へ通うよう命じた。


 帝国軍は、皇帝陛下の直属組織のため皇位継承争いに巻き込まれる心配がないという父上の配慮だった。


 士官学校の訓練は厳しかったけど、皇女としての教育されるより楽しかった。


 軍では皇女も貴族も平民もなく、平等に扱われる規則だからだ。


 ……もっともそれは建前で、やはり皇族や貴族を中心に派閥はできあがっていた。


 私の周りにはそれほど人はおらず、当初は心細いものだった。


 もちろん人前で弱音を吐いたことなんてなかったけど。


 皇位継承権の低い私のところに、他の皇族や大貴族の者が因縁をつけてくることも少なくなかった。


「やあ、アイリ殿。相変わらず君の周りには人が少ないね。どうだい、お互いの従者に決闘をさせて、負けたほうが従うというのは」

「……なっ!? 急にそんなことをっ!」

 士官学校でよくつけられた因縁だ。


「おやおや、グランフレア皇家で決闘に応じない腰抜けがいたとは」

「くっ……!」

 おそらく本気で『決闘』を申し込んだわけではない。

 断ることを見越したただの挑発だ。


 けど……。


「じゃあ、相手は俺がしますね。そちらは何人ですか?」

「……なんだ貴様は?」

「ユージン・サンタフィールド。アイリの友人ですよ」

 毎回、ユウが割り込んでくれる。


「士官学校に入ったばかりの若造が一人で相手をするというのか! 後悔するぞ!」

「まあまぁ、やってみればわかりますよ」


「どこの者かしらんが、二度と生意気な口を聞けなくしてやる。決闘場へ来い!」

「ちょ、ちょっと、ユウってば。勝てるの?」

「ああ、大丈夫だよ」

 ユウは余裕の態度だ。


「「「……」」」

 因縁をつけてきた相手と、その周りの従者たちが睨んでくる。


 私たちを逃さないように取り囲まれ、年上の士官学校の先輩たちとの決闘。


 こちらはユウ一人だけ。


 相手は五名。


 ハラハラとしながら、私はその様子を見守った。


「いくぞ! 生意気なガキが!」

「よろしくおねがいします、先輩」


 ユウの一回り大きな剣士が大きく振りかぶる。

 まだ小柄で……ただ落ち着いた態度のユウが、ゆったりと模擬刀を構える。


 結果は。



 勝ち抜き戦を行い――ユウは相手に剣を触れさせることすら無く勝利した。




「…………」

 因縁をつけてきた皇族の男が、真っ青になっている。


 仮にも決闘をして『敗者は勝者に従う』と約束してしまったからだ。


 決闘には立会人もおり、約束事は公開される。


「じゃあ、あなたは今後私に従うってわけね」

 精一杯の虚勢を張って私は、男に言い放つ。


「…………わ、わかった。約束は守る」

 こうして一つの派閥が、私のもとにくだった。



 こんなことが何回あったかわからない。


 もっともそれを成し遂げが本人は、勝利すら興味ないように素振りを始める。



「ねぇ、ユウ。決闘に勝ったあとにどうして、まだ訓練してるの?」

「んー、なんかさっきの勝負はイマイチだったなと思って」

 圧勝してたのにこれだ。


 ヒュン、と風を切る剣先は私の目に映らない。


(本当に楽しそうに剣を振るなぁ)


 出会った五歳の頃からまったく変わらない。


「そんなに修行してどうするのよ」

 何回もした質問。


 ユウがなんて答えるのかは、よく知ってる。


 ただ、ユウの口から聞きたくて聞いてるだけ。


「そりゃ、アイリを守らなきゃいけないからさ」


「~~~~~~っ!」

 このキザ男!


 私はニヤけそうになるのを必死で抑える。


 皇女は人前でだらしない顔をしてはいけない。


 私はいつまでも剣を振っている幼馴染の手を掴んで引っ張った。


「ほら、いつまで素振りしてるの、ユウ。そろそろ寮に帰るわよ」

「決闘場は広くて円鳴流の技の練習にちょうどいいんだよなー」


「決闘場は修行の場所じゃないって、前も先生に怒られたでしょ。家に道場があるじゃない」

「家だとすぐ親父が勝負しようぜ! って邪魔してくるんだよ」


「……あの人も大概大人げないわよね」

 ユウのお父様は、ユウに輪をかけた剣好きの変人だ。


 でもユウは、そんな父親を目標にしている。




 やがて父が皇帝と成って、私の取り巻く環境や周りの目が大きくかわったけど、ユウの態度は変わらなかった。


 相変わらず、いつだって私のそばにいてくれたし。


 何かあれば、私のために剣を振るってくれた。


 ……それがずっと嬉しかった。









 ――二年前の『選別試験』。





 あの日のことを、私は忘れたことがない。


 私の幼馴染のユウが、『白魔力』だけの……()()()()()()()欠陥剣士になってしまった。


 あれほど剣が好きだった彼が。


「……ねぇ、ユウ。そろそろ帰ろ?」


「…………………………あぁ……うん」


 選別試験のあとのユウは、まるで魂が抜けてしまったみたいだった。


 ぼんやりと宙を見たまま、ぼうっとしている。


 ユウとは五歳の頃からの付き合いだけど、こんな姿は初めてだった。


(な、なんとかしなきゃ! 私が)


 そう思った。


 ずっと助けられてきたから。


 今度は私が助けなきゃいけない。


 私はすぐに皇帝へと成った父上に会いに行った。


 父はユウの『選別試験』の結果を既に知っていた。



「で、()()()()? アイリ」

 開口一番の父のセリフだ。


『選別試験』の結果がわかれば、私はユウと婚約をする予定だった。


 ユウとそう約束していた。

 父上にだって許可を得ていた。

 

 皇帝である父をもつ私と、帝の剣の息子であるユウ。

 士官学校では、次席と主席。

 父上からの期待も大きかったと思う。

   

「婚約は認めるぞ。ユージンは、帝の剣(あいつ)の息子だ。昔から知っているし信用できる男だ。ただ……皇位継承権はやや不利になるな」

 父は淡々と事実を口にした。


 グレンフレア帝国は、武官を重んじる。

 ユウのように、白魔力しか持たないものは軍では出世が難しい。


「アイリが成人をしたからには、皇族の義務として婚約者を付ける必要がある。お前への婚約希望者は既に

数十件来ている。帝国内外からな。もしユージンを選ばないなら、この中から好きなのを選んでいいぞ」

 どさりとした紙の束を渡された。


 そこには帝国の大貴族の息子や、蒼海連邦の王子の名前がある。

 どれにも興味なかった。


「父上、もし私がユウと婚約すればどうなりますか?」

「そうだな……、『七色』の才があるアイリは、黒鉄騎士団の騎士隊長に任命される。その後、騎士団長までは約束されている。ユージンは『回復魔法』と『結界魔法』しか使えぬから青銅騎士団だな。おそらく辺境の属国へ出向き、三年から五年の兵役になる」


「そんな……! せめて私と同じ隊に入れることは……」


「先々代皇帝からの慣習で、帝国での回復魔法使いの立場は低い。帝国は霊薬(エリクサー)を好きなだけ作成できるからな。結界魔法使いも『大魔獣』の封印監視くらいしかやることがない。ここ百年以上、他国からの侵略はうけていない。……皇帝(オレ)の権限で無理やりに所属を変えることはできるが」


「だったらっ!」

「周りからはいい目を向けられぬだろう。アイリは兎も角、ユージンはそれを望んでいるのか?」

「そ、それは……」

 

 私は言い返せなかった。


 父上の権威を借りて、ユージンの所属を無理やり私と同じにして。

 私のおまけのような扱いをされることを、ユウは望むだろうか。


 結局考えた末、私は父上に何も頼まなかった。


(私が皇帝になって、帝国を変えよう!)


 もともと私は父上のように武力で大陸統一をするという野望はなく、平和でだけど強い帝国を目指すという目標があった。


 それを『ユージンのように回復魔法や結界魔法を得意とする者』でも、活躍できる国にするという目標へと変えた。


 幸い私の(アビリティ)は、百年に一人と言われる『七色』の才能。


 きっと、兄様や姉様にも負けないはず。


 自分の代で血なまぐさい皇位継承争いがあった父上は、私たち兄弟には平等な機会を与えた。


『帝国により多く貢献した者を次の皇帝とする。ただし、他の者の害する行為をした者は即継承権を剥奪する』というルール。


 だから兄妹間での争いは少なく、皆帝国のために競争をした。


 最初はうまくいっていた。


 騎士隊長、騎士団長、師団長を経て、将軍職である『天騎士』へと上り詰めた。


 皇位継承権の第一位も、見えてくると思っていた。


 でも、最近は思わしくない。


 理由は、はっきりしている。



 私の幼馴染のユウは……、もはや私の助けなんていらないほどの名声を手にした。


 女神様の試練『最終迷宮』天頂の塔で、神獣の首を落とし。


 あの伝説の魔王エリーニュスすら退けた。


 帝国内では、「帝の剣様のご子息はいつ戻られるのか?」というのがもっぱらの噂だ。


 ユウがリュケイオン魔法学園に留学をしたという話が広まった時は「帝の剣様の息子と言えど、才無しでは……」とバカにしていた連中がだ……。



 もうユウにとって私は過去の存在なのだろう。


 リュケイオン魔法学園に新しい恋人までいる。



 久しぶりに会ったのに、あいつはずっとよそよそしくて。


 距離を置こう、と言ったのは確かに私から。


 仕方がない。


 でも、どうしてもあいつと話をしたかった。


 だから強引だったけど、皇女からの命令というていで呼び出した。


 もうじき現れるはずだ。


 急な呼び出しだったから、多分すぐにはこれないだろう。


 けど、律儀な男だから『来ない』という選択肢はないはず。


(私は……何をユウと話せばいいんだろう)


 私はじっと、あいつが来るのを待ち続けた。




 ◇ユージンの視点◇




(やばっ……、遅くなった)


 突然の呼び出しではあったが、俺は幼馴染(アイリ)が待っている場所へと急いだ。


 遅くなった理由は目的地へ向かう途中に、先日の大魔獣調査で同行した宮廷魔術師の人と出会ったためだ。


 何でも大魔獣の再封印の計画が、大きく変わったらしい。


「帝の剣様の持ってきた情報によって、色々なことが明確になりました! おかげで希望が見えてきました。……しかし、謎が多い大魔獣についてどこからあれほどの情報を持ってきたのか……?」

 

 宮廷魔道士の人が首をかしげていた。


 きっと、うちの天使(かあ)さんからの情報だろう。


 明後日には、計画が実行されるらしい。


 その時は、結界魔法使いや回復魔法使いの人手で足りなくなるので俺も是非参加いて欲しいと言われた。


 そんな話をしていたら、つい時間が過ぎてしまった。


 俺は帝都の大通りの一角にある高級な料理店(レストラン)へとやってきた。


(懐かしいな……)


 このお店は、皇族や大貴族がよく使っている高級店だ。

 

 子供の頃に、アイリや俺の誕生日をこの店で祝ってもらった記憶が蘇った。


 士官学校の訓練が厳しくなってからは、来れてなかったが。


 入り口の門番に名前を告げると、店内の給仕人(ウェイター)へ取り次がれた。


 給仕人に案内されるまま、俺は二階席へと案内された。


 店内はあまり混雑していない。


 あえて満席にはならないようにしているのかもしれない。


 幼馴染(アイリ)の姿はすぐに見つかった。


 真っ赤なドレスを着ているアイリが座っている。


 店の奥の席で、なにやら思い詰めたような表情をして俯いている。


 俺はゆっくりとアイリのいる席に近づいた。



「アイリ皇女殿下。お待ちのお客様が到着しました」



 給仕人(ウェイター)が声をかけると、ぱっと俯いていたアイリが顔を上げた。



「…………ユウ」


「えっ?」


 言葉に詰まった。


 俺の記憶にはない……まるで泣きそうな、儚げな表情でこちらを見つめる幼馴染に俺は何も言えなくなった。


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■次の更新は、【3/12(日)】です



■感想返し:

>ユージンの父親が完全に尻を敷かれているため、重婚しなかったことに納得しました。

→尻に敷かれてるかは、わかりませんが天界からライア母さんが見てたので再婚しなかったようです。


>宰相ちゃんの正体。帝国貴族の特徴の金髪とあったので皇族?

→鋭い。



■作者コメント

 今回の感想怖い……。

 読者様からどう受け止められるか。



■その他

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