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60話 ユージンは、母に教わる

「大魔獣ハーゲンティの再封印に失敗する」


 いつもへらへらしている親父思えない、真剣な声だった。


「で、でも……百年前には封印できたんだろ?」

 俺は戸惑いながらも質問した。


「ああ、その通りだ。そして、今回も同じやり方で封印を行う計画だったんだが……運命魔法では何度やっても失敗の未来しか映らないらしい」

「まさか……」

 帝国軍の魔法研究室は大陸最大だ。

 その規模はリュケイオン魔法学園をゆうにしのいでいる。


 魔法技術は、日々進化している。

 百年前の魔法使いたちにできたことが、現代の魔法使いにできないとは思えない。


「ま、理由はいくつかあるわね」

 母さんが「ぴっ!」と指を立てる。


「ライラ、教えてくれないか? 正直、宮廷魔道士からはお手上げだと聞いてる」

「母さんは封印方法を知っているのか?」

 俺と親父の視線が、小柄な天使(かあ)さんへ向く。


「今の星の魔獣(ハーゲンティ)は、大きく育ち過ぎたのよ。本来は、定期的に暴れさせて『瘴気』を抜かないといけないのにガチガチの結界魔法で封印を施しちゃったでしょ? だから瘴気が抜けなくて大魔獣が百年前の二倍くらいの大きさになってる」

「二倍?」

「それは」

 百年前の方法がうまくいかないはずだ。


「そもそも二人は『星の魔獣』がどうして生まれるかしってる?」

 逆に質問をされて、俺と親父は顔を見合わせた。


 そもそも星の魔獣という言葉が聞き慣れない。

 どうやら天界では、大魔獣のことをそう呼ぶらしい。


「いや」

「全然」

 俺と親父は、首を横に振る。

 大魔獣の危険さは知っているが、その誕生などは謎とされている。

 二百年以上前からクリュセ平原を縄張りとしているという話が伝わっているだけだ。


 母さんが語りはじた。


「世界には『星脈』……と呼ばれるものがある。いってみれば星の血管ね。それは星の隅々に魔力を行き届かせているわ。そして、ごく一部の場所で『魔力溜まり』が発生することがある。『正』の魔力溜まりを地上の民は『聖域』とか『生命の泉』と呼んでいるわね。……ちょうど、皇居の中に隠されているやつよ」

「え?」

 俺が驚いて親父を見る。


「……ああ、確かにある。皇族と一部の者しか知らされていない最重要機密だが」

 親父は難しい顔をして頷いた。


「『生命の泉』からは地上の民が『霊薬(エリクサー)』と呼んでいる回復薬が湧き出ている。グレンフレア帝国はこれを利用して、大陸最強の軍団を維持してきた。……でもね、うまい話には落とし穴があるものよ」

 母さんの言葉に、親父が眉間に皺を寄せて頷いた。


「『生命の泉』の水を汲むほど、『負』の魔力溜まりである大魔獣の瘴気も溜まっていく……」


「そう。『星脈』はただの自然エネルギー。(プラス)(マイナス)はゼロになる。なのに先代の皇帝は、無限の資源だと勘違いして無尽蔵に『生命の泉』を使いすぎたわね。おかげで、帝国内の回復魔法使いはまったく育っていないうえに、大魔獣がどんどん育ってしまった」


「ああ、大陸統一のための戦力増強を急いだせいだな。おかげで回復魔法使いや結界魔法使いは割りを食ってる。……まさにユージンのような」

「そう……だったのか」

 それの知っている帝国では攻撃魔法を使える者に価値があり、支援魔法の価値は低かった。


 特にその価値観を疑ったことはなかった。

 そういう理由だったのか。

 母さんの言葉は続く。


「ま、でも最悪なのは封印の作戦内容ね。ねぇ、ユージン、百年前の大魔獣の封印方法を言ってもらえる?」

「えっと……、確か百人の魔法使いが命を掛けて封印をしたとしか……」

 帝都を半壊させた大魔獣の猛攻を防ぐため、当時帝国で最も強かった魔法使い百人が命を落としてやっと封印ができたとされている。


 百人の魔法使いは、その偉業を讃えられ帝国の教科書にも必ず名前が載っている。

 母さんは俺の言葉に頷き、ゆっくりと口を開いた。



「……()()()。それを使ったのよ」



 天使が、腕組みをして難しい顔をしたままそれを口にした。



「いけにえ……え?」

 俺は耳を疑った。


 生贄術――それは自分の寿命と引き換えに、一時的に莫大な魔力を得る方法。

 しかし、術師は命を失う。


 それは()()だ。


 グレンフレア帝国、神聖同盟、蒼海連邦に属する全ての国々で禁止されている。

 破ったものには重大な罰が処される。


「この事実は、帝国史でも隠されているな。俺も知ったのはつい最近だ」

 親父がぽつりと言った。


 皇帝の片腕である『帝の剣』にも伏せられていた秘密。

 俺が知らないはずだ。


「生贄術を禁止しているのは女神教会……つまりは運命の女神様の教えなんだけど……。百年前は例外ね。あのときは、ああするしかなかった。あそこで大魔獣を止められなければ帝都の民が滅んでいたかもしれない」

「でもどうして今回はうまくいかないんだ? 母さん」


 百年前の偉業が、禁呪を使ったものだと知って動揺しながら俺は質問した。



「ジュウくん。今回の再封印に際して、()()()の生贄を用意している。そうね?」

「なっ!?」

「…………」

 俺は驚きの声をあげたが、親父は表情を変えずに小さく頷いた。


「……それは、いいのか?」

「他に方法がない……と聞いている」

 親父は苦しげに呟いた。


「そうね。運命の女神様の見立てでも同じよ。今の帝国の戦力で、ここまで育ってしまった星の魔獣を止めることはできない」

 母さんの声は冷たいとすら感じた。

 ここで疑問を口にする。


「でも、だったら成功しないのはおかしいだろ、母さん。三百人の魔法使いが生贄術を使うなら封印できはずじゃ……」


「三百人の生贄は、全員『()()()』よ。魔法使いとは別に、生贄として用意された囚人たち」

「…………」

 俺は絶句した。


 そしてゆっくりと状況を理解する。


「それは……生贄術として成立するのか?」

「一応するわ。『生命(アニマ)』を『魔力(マナ)』エネルギーに変換するのが生贄術の基本原理だから。ただね……同じ生贄術だとしても百年前の命がけで帝都を守ろうとした魔法使いたちと、無理やり生贄にされる死刑囚では得られる『魔力』の質が違う。どっちが粗悪であるかは……言うまでもないわね」


「やはりそこが問題か……」

 親父は予想通りだったというように呻く。


「あとは封印の手順だけど。大魔獣を再封印するには


①古い結界魔法を解く

②大魔獣を暴れさせて『瘴気』を消費させる

③新しい結界魔法で再封印する


 この流れね。②の被害を抑えるには『囮』が必要なんだけど」


「その問題点は理解している。魔力の弱い囚人では囮の役目は果たせないだろうと」

「百年前は、当時の帝国で魔法使いたちの指導者だったものが、囮の役割をしていたわ。もちろん彼は……最初の百人の魔法使いの最初の犠牲者になった」


「俺が囮役をやろうと申し出たのだが……、皇帝と宰相ちゃんに反対されたよ」

「親父!?」

 俺は驚いて振り返る。


「ユージン、別に死ぬ気だったわけじゃないぞ? 弐天円鳴流には『魔力斬り』や『受流し』の剣技がある。それを使えば大魔獣の相手をできると思ったんだが……」


「無理でしょうね。ジュウくんは所持魔力が少ない。大魔獣はより魔力の高いものに反応する。なにより大魔獣は本能的に悟るんじゃないかしら。帝国一の魔法剣士に手を出すのは『危ない』って。囮としては致命的よ」


「そうか……宰相ちゃんにも同じことを言われたよ」

 親父ががっくりと肩をおとした。


 ここで母さんが、少し目を泳がせた。


「ところでジュウくん。さっきから登場してる帝国の若い宰相の女の子のことだけど」

「え、いや……それは」

「ま、いいわ。子供の前でする話じゃないし」

「ああ、その話はあとにしよう」


「ん? 何の話?」

「「なんでも無い」」

 俺が母さんと親父の顔を見比べたが、それ以上この話題には触れなかった。

 宰相閣下がどうかしたんだろうか?


「私から言えるのは一つね。大魔獣の再封印は帝国だけでやろうとせず、カルディア聖国や蒼海連邦にも協力を仰いだほうがいいわ。一国で対応するには手が余るから」

「わかっちゃいるんだが……、皇帝(あいつ)気位(プライド)が高いからなあー」

 親父が頭をかく。


「言ってる場合じゃないでしょ! あと数日で星の魔獣の結界魔法は壊れるのよ!」

「俺から進言するよ。おそらくもう連絡はしていると思うが」


「東の大陸ほどじゃないにしても、南の大陸も国家間の連携が悪いわね……。もうすぐ大魔王が復活するっていうのに」

「耳が痛いよ。人同士が争っている場合じゃないのにな」

 俺は親父と母さんの会話を聞いていて、つい口を挟んだ。


「なあ、俺も何か協力できないかな?」

「ん? ユージンが?」

「何を言ってるのよ、ユージン」


「さっきの『囮』の話だけど、魔法使いの俺ならできるんじゃないか?」

「おいおい、ユージン。魔法っつってもお前の本領は剣士だろ」


「…………駄目よ。魔法使いだからジュウくんよりは魔力があるけど、魔力の量が他の人より格段に多いってわけじゃない。星の魔獣の囮には不十分よ」


 親父は俺の言葉を冗談と思ったのか、本気にしていないようだった。

 が、母さんは少し言葉を選んでいる雰囲気がある。


(隠しごとができないタイプなのかも……)


 俺は思いついたことを口にした。


「俺が炎の神人族(スミレ)から魔力をもらったら、『囮』になれるんじゃないか?」

 スミレなら無限の魔力がある。

 そして、俺はスミレとの魔力連結(マナリンク)で魔力をもらうことができる。


「そうか。確かにそれなら」

「駄目よ!!!!」

 親父が感心した声を出すのを、母さんの大声がかき消した。


「ライラ?」

「母さん?」

「危険だから駄目! 絶対に駄目!! そんなの許さないわよ!」

「……そうだな、ユージン。おまえがそこまで背負い込む必要はない。お前はまだ学生なんだから」


「帝国法では成人してる」

「ほら、そろそろ帰りなさい。家でスミレちゃんとサラちゃんが待っているんでしょ?」

 母さんに背中を叩かれた。


「でも、もう少し母さんと話が……」

「大丈夫よ! また会えるから。いつでもってわけじゃないけど。運命の女神様の教会かつ、『霊気』が外に洩れ出ないような結界を張ってもらえれば、ユージンが通う学園でも会話くらいならできるわ」


「俺じゃ難しそうだな」

 俺の結界魔法の効果範囲は狭い。

 二人分がせいぜいだ。


 建物全体を覆えるほどの結界魔法、かつ天使の気配を隠す魔法の使い手。

 学園長くらいしか、俺は思いつかなかった。


「ユージン、俺はもう少し大魔獣の封印方法についてライラと話があるから」

「わかった。先に戻っておくよ」

 俺は後ろ髪を引かれつつ、教会から出ようとして。


「あっ! 待ってユージン!」

 母さんが俺のほうに飛んできた。


「どうかし……」

 振り向いた時、目の前に母さんが迫っていて何もする間もなくそのまま抱きつかれた。


 小柄な母さんに頭をぎゅっと、抱きしめられる。



「大きくなったわ、本当に。天界で仕事の合間でずっと見てたのよ、ユージン……」

「母さん……」

 俺は少しだけ迷った末、母さんの小さな背中に手を回した。

 

 小柄なはずの母さんの背中は、なぜか大きく感じた。


「ごめんね、ずっと会えなくて。寂しい思いをさせたわ……」

「…………」

 俺は寂しかったのだろうか。


 物心ついた時から、母がいないのが当たり前だった。

 自分の母はどんな人だろう、というのは幼い頃によく考えていた。


 士官学校の同級生たちの両親の話を聞いた時は、少し羨ましかったかもしれない。

 俺には母との思い出がなかったから。

 けど……。


「また、話に来るよ。母さん」

 会えるのは一年に一度でも、教会経由なら会話はできるんだから。

 それが嬉しかった。


「ええ、いつでもいらっしゃい。……仕事が忙しくなければゆっくり話せるから」

「わかった。じゃあ、先に帰るよ。親父、母さん」

 俺は両親に手を振って、先に教会を出た。


 そのまま森の中を抜け、家へと向かった。


(まだ、頭が追いつかないな……)


 まさか、母さんと会えるとは思っていなかった。


 俺はなんとも言えないような、幸せな気持ちで家に戻った。




 ◇




「今日もユージンのお父様は戻ってこないの?」

 サラが不服そうに唇を尖らせる。

 午前はスミレと一緒に、帝都見物をしていたらしい。


「ま、しょうがないよー、サラちゃん」

 スミレは、温かいお茶をすすっている。


 台所では「トントン……」というハナさんが料理をする音が聞こえる。


 俺はと言うと……、まだぼんやりとしていた。


 が、ずっとそのままではいけない。

 サラとスミレには言わないといけないことがある。


「サラ、スミレ。話があるんだ」

「結婚してくれるの?」

「サラちゃん気が早いから。まず婚約でしょ?」


 俺が二人に声をかけると、そんな答えが返ってきた。


「真剣な話なんだが……」

「あら、私は真剣よ? ユージン」

「そうだよ、真面目に言ってるよユージンくん」

 二人の目が本気過ぎて怖い。


「わ、わかった。でも、その話は今度で……実は帝都が危険に晒されるかもしれない。サラは着いたばっかりで悪いんだが、二人には帝都を離れてもらったほうがいいと思う」


 大魔獣の封印の件は、宰相閣下が極秘だと言っていた。

 だからカルディア聖国の出身であるサラには、その辺を隠して伝えることになるのだが言い方が難しい。

 しかし。


「ああ、大魔獣ハーゲンティの件ね」

 サラはあっさりとその情報を口にした。


「えっ? サラちゃんどうして知ってるの?」

 スミレが言ったわけではないらしい。


「運命の巫女様から、通信魔法で連絡があったの。帝都に行くなら気をつけなさいって」

「聖国にはとっくにバレてるってことか……」

 天使の母さんが知ってるんだ。

 運命の女神様が把握していないはずがない。


「だったら」

「私は帰らないわよ。もし、大魔獣の封印が解かれたら多くの人々が危険にさらされるわ。それがわかっているのに先に逃げ出すなんて聖女失格だもの」

「私も残るよ。自分の身くらいは守れるくらい魔法も伝えるようになったし」

 サラとスミレは、迷いなく答えた。


「それでも……」

 危険だ、と言おうとして止めた。

 二人の真っ直ぐな目は、こう訴えていた。




 ――私たちは相棒でしょ?




(余計な気遣いだった)


「じゃあ、みんなで帝都に残ろう。俺は下級貴族になったから大魔獣の再封印の作戦に呼ばれる可能性がある。もし、有事が発生して帝都の民に危険が迫るようなことがあればサラとスミレは、民の避難を手伝ってくれ」


「ええ、任せてユージン」

「わかったよ、ユージンくん!」

 二人が力強くうなずく。


(ただ、俺は本当に軍の作戦に呼ばれるのだろうか?)


 調査を一緒に行った宮廷魔道士の人は、用があれば声をかけると言っていたがあのあと音沙汰がない。


 もっともさっき親父に聞いた通り、未だに参謀本部でも作戦が決定していないのだろう。

 運命魔法の未来予知で失敗するとわかっている作戦を決行するわけにはいかないだろうし。


 もし呼ばれなければ、サラやスミレと一緒に民の避難に協力しよう。


 そう考えていた時だった。




「ユージン・サンタフィールド殿は、おられるか!!」




 大声で名前を呼ばれた。

 玄関のほうからだ。


(このタイミングか)


 おそらく宮廷魔道士さんからの呼び出しに違いない。


 出ていこうとするハナさんを制して、俺は呼ばれた方へむかった。

 名指しなのだがら、俺が直接行ったほうが手っ取り早い。


 玄関で、直立不動で立っていたのは黒鉄騎士だった。


 俺の顔を見ると、さっと胸に手を当てて小さく頭を下げる。

 俺も同じようにそれに倣った。


「俺がユージンです。何のご用でしょう?」

 聞きつつも対大魔獣の作戦会議をしているエインヘリヤル宮殿への呼び出しと予想していた。



()()()()()殿()()がお呼びです! 外に馬車を待たせてあります! これからお時間をいただけないでしょうか!!」


(この時機(タイミング)で?)


 呼び出し相手は、俺の幼馴染だった。

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■次の更新は、2週間後の【3/5(日)】です

 ※来週の2/26は、信者ゼロの更新をします。



■感想返し:

>…エリーとの間にも子供作れる?


→余裕で作れます。

 うちの異世界は、異種族間の子作りはほぼOKです。


>ユージンは天使の武器装備してハゲ狩って欲しいですね


→最初『ハゲ』って誰だっけ? ってなりました。

 ハーゲンティの略ですか。なるほど。



■作者コメント

 次回はじっかりアイリの描写をします。

 アイリ視点かどうかは……考え中です。


 余談。

 『生命の泉』は、信者ゼロの大迷宮の最深層にもあるやつです。

 あっちは古竜たちが縄張りにしているので、ほぼ使われていません。



■その他

 感想は全て読んでおりますが、返信する時間が無く申し訳ありません


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