54話 ユージンは、謁見する
「…………ユウ。久しぶりね」
俺に声をかけたのは、黄金の獅子の紋章が刻まれた純白の鎧に身を包んだ高貴な騎士姿の女性。
見覚えがある顔だったが見違えた。
(アイリ……、綺麗になった)
記憶にあるのは帝国士官学校の制服姿のアイリだった。
あれから二年。
随分、大人びて見えた。
今の幼馴染は、帝国最高戦力の天騎士にして将軍職も兼ねている。
国外でのんびり学生をしている俺とは、すっかり立場が変わってしまった。
おっと、つい感慨に耽っていたが。
今は話しかけられている。
「お久しぶりです。アイリ
俺は右手を胸に当て、頭を下げた。
親父や帝国貴族だが、俺の立場は平民。
なので皇女であるアイリに対しては、これで正しいはずだ。
軍籍ならば跪く必要があるんだったかな?
「え?」
返ってきたのは、戸惑った声だった。
「あ、あのさ、ユウ。もっと普通に……」
「アイリ。そんなところで何をしてるのですか」
ちらっと見ると、長身で金髪碧眼のいかにも貴族然とした男だった。
「ベルトルド。ほら、前に話したでしょう。士官学校で主席だったユージンよ」
「……あぁ、『選別試験』に落ちこぼれて国外へ逃げ出したという情けない男ですか」
アイリの隣の男からは、刺々しい言葉が返ってきた。
ベルトルド、という名前には聞き覚えがあった。
確か下級貴族から頭角を現した、新進気鋭の若い才能ある将軍。
そして、現在のアイリの恋人……であるはずだ。
噂は本当だったらしい。
並んだ二人は、とてもお似合いに見えた。
「ちょっと、そんな言い方は……」
「皇帝陛下を待たせてはいけません。今は大事な時期なのだから」
「わかってるわ。でも、もう少しだけユウと話を……」
「そんな時間はありません!!」
なにやら二人が揉めているのを聞いていると。
「おーい、ユージン~。そんなところで何をしてるんだ?」
気の抜けた聞き慣れた声で、名前を呼ばれた。
なんとなくいつもより声がかすれているのは、昨日の飲み過ぎのせいだろう。
「「帝の剣様!!」」
アイリと隣の騎士が、慌てて姿勢を正す。
「おや、アイリちゃんとベルくんも一緒だったのかい。邪魔したかな?」
親父は皇帝の居城に似つかわしくない、いつもの着流しで腰に刀を帯びて歩いてきた。
「いえ、とんでもありません! ほら、アイリ。皇帝陛下のもとへ急ぎますよ」
「う、うん……」
ベルトルトという将軍と、アイリは連れ立って皇帝陛下のいる広間へ去っていった。
アイリは、終始俺のほうへ振り返って何か言いたげだったが、結局何も言わずだった。
「ユージン、何でこんなところに居るんだ? 面会状忘れたのか?」
「見せたけど、読めないって言われたんだよ」
「ん? 読めなかったのか?」
「いや、俺は読めるけどさ」
俺は封筒を親父に渡した。
それを聞いてか、受付の騎士が青くなってこちらまで走ってきた。
「申し訳ありません! 帝の剣様!」
「あー、いいよいいよ。字が下手ですまないね」
ぽんぽんと、真っ青な騎士の肩を叩き親父はへらへらと謁見の間のほうに向かった。
数歩歩いて、振り返る。
「おい、ユージン。さっさとついてこい」
「俺も?」
「当たり前だろ。正午に皇帝陛下におまえを会わせるって約束なんだ」
「……それは聞いてないし、既に10分過ぎてるんだけど?」
「おう、遅刻だから急ぐぞ」
遅刻は、誰のせいだ!!
という言葉を、口に出す寸前に飲み込む。
俺は親父に続き、謁見の間の巨大な扉をくぐった。
◇
――皇帝陛下の御前。
実は、俺は『皇帝陛下』と直接言葉を交わしたことはない。
皇帝の即位前。
『皇太子殿下』の時は親父が護衛騎士として24時間一緒に居たため、よく顔を合わせていた。
皇太子時代は、よく暗殺未遂にあっていたらしい。
しょっちゅう、ウチの家に転がり込んで飯を喰って酒を飲んで寝転んでいた。
親父と馬が合うくらいだから、大雑把な人だったイメージだ。
それをアイリと一緒に、やや呆れながら見ていた記憶がある。
皇帝と成ったあとは、親父やアイリの口から人となりを聞いているくらいで。
親父は「あいつは真面目になっちまったなぁ」と嘆き、アイリは「父上は急に厳しくなって!」とぼやいていた。
俺はそれを「ふーん」と聞いていた。
結局は自分の目で見てない話だ。
士官学校を卒業すれば、入隊時に皇帝直々に挨拶がある。
出世すれば会話する機会があるだろう、なんて当時は考えていた。
そして、今日。
ついに皇帝陛下への面通りとなったわけで――
「久しいな、ユージン」
数年ぶりに聞く皇帝陛下の御声は、記憶よりも冷たく聞こえた。
「ご無沙汰しております、皇帝陛下」
俺は跪いて、挨拶の言を述べた。
ちらっと見た尊顔は、親父と同い年くらいのはずだが遥かに若々しく見える金髪の美丈夫だ。
厳格にこちらを見下ろす様は、皇帝の威厳に満ちあふれている。
皇帝陛下の右隣には、眠そうにあくびをしている親父――帝の剣が控えている。
そして、左には宰相――がいるはずなのだが、俺のよく知っているレオポルト宰相閣下の姿はなかった。
代わりにいるのは、年齢不詳の……おそらくは皇帝陛下よりも若い美しい女性だった。
レオポルト宰相閣下は、ご引退されたのだろうか?
確か年齢は既に70を超えていたはず。
引退をしてもおかしくない。
俺やアイリを孫のように可愛がってくれたご老人。
久しぶりに挨拶をしたかったのだが……。
にしても、彼女は新しい宰相なのだろうか。
立っている場所は、間違いなく宰相の位置だ。
皇帝陛下の玉座と同じ高さに立てるのは、『帝の剣』と『宰相』のみ。
だから、おそらく彼女がそうなのだろう。
(いくらなんでも若すぎないか……?)
余計なことを考えていると、皇帝陛下からの言葉が続いた。
「ユージン。神獣ケルベロス、魔王エリーニュスを相手に勝利とは、立て続けに武功を上げたな。見事だ」
皇帝陛下の御声は、広い謁見の間によく通る。
「恐れ多いお言葉、有難うございます」
いったん、無難な返事をする。
「最終迷宮『
「それは……」
マッシオの言葉を思い出した。
皇帝陛下からの有り難いお言葉だ。
しかし、それをそのまま受けるわけには……と言葉を選んでいると。
「恐れながら、陛下に進言いたします!」
俺が返事をする前に、口を挟んだのは先程アイリと一緒にいたベルトルトという騎士、いや将軍だったか。
「先の魔王との戦闘には、異世界転生人である
明確な反対意見だった。
ここまで皇帝の言葉に反する箴言はいいのだろうか?
と思うと、皇帝陛下の顔はわずかに不愉快そうなものだった。
「貴様の意見は聞いておらぬ、下がれ」
「……申し訳ありません」
ベルトルト将軍は、頭を下げて口をつぐんだ。
「さて、ユージン。どうだ?」
「…………」
おいおい。
なんか断りづらくなったんだけど。
なんて言えばいいか? と考えていると……シンとした広間に響いたのは聞き慣れたゆるい声だった。
「おい、ユージン。
この場面で何を言ってんだ、この親父は!
と言いそうになるのを抑え、忘れるはずのない言葉を思い出す。
――約束を守る
俺がガキの頃から、親父に言われ続けてきた言葉である。
約束を守れない剣士に価値のある勝利はない。
それが我が家の家訓であり、絶対の決まりだ。
――スミレ……一緒に500階層を目指そう
俺には果たしていない約束がある。
だから、ここで俺が皇帝陛下に言うべきは。
「申し訳ありません、リュケイオン魔法学園にてやり残していることがあります。それまでは帝国へ戻れません。黄金騎士団となることはできません」
俺は皇帝陛下の申し出を断った。
広間がざわめく。
が、言は撤回しない。
「無礼な!」
「皇帝陛下の配慮を無下にするか!」
「平民の分際で!」
うーん、散々な言われようだな。
親父は特に助け舟はくれないらしい。
「まぁまぁ、良いではないですか。ねぇ、皇帝陛下。若き剣士の挑戦を寛大な心で、応援されますよね?」
ここで初めて、皇帝の左の女性が口を開いた。
ざわめきが、ぴたりと止まる。
「当たり前だ」
やや不貞腐れたように、皇帝陛下は言い、そして席を立った。
気分を害してしまったのだろうか?
そのまま奥の間へ姿を消す。
それを追うように、宰相の女性も奥へと消えた。
親父は……眠そうにあくびをしている。
あのさぁ。
まぁ、いいか。
いつも通りだ。
この後は、軍議ということで一般人の俺は謁見の間から追い出された。
俺は広間の身分の高い方々へ一礼をして、広間を後にした。
「……ユウ」
ふとそんな声が聞こえた気がした。
声のほうを振り向いたが、人が多く
◇
エインヘリヤル宮殿の廊下に戻ってきた。
「皇帝陛下は本日はお会い出来ぬ! また明日に来るがよい!」
という声が聞こえてきた。
どうやら本日の謁見時間はなくなったらしい。
(……俺のせいかな?)
だとしたら非常に申し訳ない。
心の中で謝罪した。
ただ、俺個人の用事は終わった。
いつまでも宮殿にいてもしょうがない。
さて、帰ろうかと出口のほうへ歩き始めた時。
「ユージン殿! お待ち下さい!」
呼び止められた。
振り返ると、金色の鎧の壮年の騎士が立っていた。
(皇帝直属の……黄金騎士?)
男の顔に見覚えは無い。
「……何でしょうか?」
やや警戒しつつ、答える。
もっとも、ここは皇居エインヘリヤル宮殿内だ。
見覚えはなくとも、怪しい人物ではあり得ない。
しかも鎧の胸には、二対の翼の刻印。
つまりは騎士隊長以上の人物ということだ。
「エカテリーナ宰相閣下が、ユージン殿にお話があるそうです!」
「……宰相様が、俺に?」
俺は彼女と面識はない。
俺が帝国を出たのは、二年前。
新宰相が着任したのは、それ以降だろう。
ならば俺のことなど知らないはずだが。
「ご予定があれば、別の機会にと。いかがでしょうか!?」
「……いえ、時間はあります。今で大丈夫です」
どうやら適当にやりすごすことはできなさそうだ。
俺は黄金騎士について、皇帝陛下への謁見の間からすぐ隣の大きな扉の前に案内された。
この場所は知っている。
前任のレオポルト宰相のじいちゃんの部屋だったから。
よくアイリとの遊び場として使っていた。
……コンコン
黄金騎士の人が、扉をノックする。
「入ってください」
中から少し高い女声の声が聞こえる。
「どうぞ、ユージン殿」
案内はここまでらしい。
「……失礼します」
俺は少し緊張しながら、子供の頃以来の宰相閣下の部屋へと足を踏み入れた。
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■感想返し:
アイリ絡みが多かったようです。
今回は顔見せ回でした。
今後、さらにユージンとの絡みがある……はず。
■作者コメント
新年明けまして、おめでとうございます。
本年も『攻撃力ゼロから始める剣聖譚』と『信者ゼロの女神サマ』シリーズをよろしくお願い申し上げます。
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