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53話 ユージンは、再会する その2

◇スミレの視点◇


「遠路はるばるよく来てくれた! うちの愚息が元気になったのはスミレさんのおかげだと聞いているよ! 本当にありがとう! ユージンの父として感謝する!」


「指扇スミレです。いえ、こちらこそユージンくんには助けてもらってばかりで……」

「色々と話を聞きたいところだが、まずは夕食にしよう! うちのハナさんが作る食事はどれもうまい!」


 私は、ユージンくんのご家族と夕食をとることになった。

 正面に座るユージンくんのお父さんに見つめられ、少し緊張する。


 なんというかユージンくんのお父さんは、全体的に『ゆるい』感じのする人だった。

 ニコニコというかへらへら、というか。


 ユージンくんと顔つきは似ているけど、受ける印象は随分違った。

 


「どうぞ、召し上がってください。食べ方はわかりますか?」

 こちらもニコニコとハナさんが、勧めてくれる。


 座敷のテーブルの真ん中には、グツグツと煮える鍋がでん! と鎮座している。

 ダシの良い香りが、部屋に満ちている。


「は、はい。いただきます」

 そう言うと私は、()()()コチンと陶器の器に割り入れた。

 箸でシャカシャカとかき混ぜる。


 そして、穴の空いたお玉で具材をすくい、生卵の中にそっと入れた。

 熱々の具材が、ほどよい温度になる。

 私はゆっくりと味に染みた野菜を口に運んだ。


「あっ……美味」

 口の中に甘じょっぱい味が広がる。


 うん、これ『すき焼』だ。

 私は異世界で、何故かすき焼を食べている。


「スミレ、よく食べ方わかったな……?」

 ユージンくんた驚いている。


「ユージンくんは食べないの?」

 よくみるとユージンくんの箸が進んでいない。


「生卵が苦手でさ……」

「へぇ~」

「なんだよ、なさけねぇなー、ユージンは。これが旨いのに」

「火を通せばいいだろ?」


「ばか言え! それじゃ、素材の味が台無しだ! そういえば卵をご飯にかけるのも苦手だったな」

「ああ、俺は明日の朝食は卵焼きがいいよ、ハナさん」

「え? ユージンくん、TKG苦手なの!?」

 美味しいのに!


 わいわいと、親子の会話を聞いていた。

 なんかいいなー、こういうの。


 私は、お皿に並んでいるお寿司を箸でつかんでパクっと食べた。

 って、普通に食べちゃったけど、これお寿司じゃん!


 和室のちゃぶ台で、すき焼と寿司を食べる……。

 ここって日本?


「お口にあいましたか? スミレさん」

「はい! とっても美味しいです!」

「そうですか。それはよかった」

 ハナさんはニコニコとして、何も食べていない。


「あの……食べないんですか?」

「私はサンタフィールド様の手伝いですから。ご主人様とお客様を差し置いて食べられませんよ」

「ぇ……そんな」

 みんなで食べたほうが楽しいのに。

 でも、やっかりこっちの世界だと階級社会なのかな……?

 と戸惑っていると。


「ハナさん、いつも通りでいいから。スミレは異世界から来たから、帝国貴族のルールとか気にしないよ」

「あら? そうなんですか。では、いただきますね」

 そういって慣れた様子で、ご飯を食べ始めた。


「ユージンくん? ルールって……」

「一応、親父は帝国貴族だからさ。面倒なルールやら慣習があるんだよ」

「おい、一応とは何だ息子」


「別に領地もなければ、使用人もハナさん一人だし。親父みたいな貴族を一般的だと思われるとスミレがあとで困ることになるって」

「そりゃそうだな。はっはっは!」

 ユージンくんのお父さんとの会話が、ぽんぽん進む。

 

「てな、わけだスミレ」

「そうなんだ~。私も帝国のマナーを覚えたほうがいいのかな?」

「別にいいんじゃないか? こっちに住むわけじゃないんだし」


「何をおっしゃってるんですか! ユージンちゃん。スミレさんはお嫁さん候補なのでしょう! であれば、帝国のマナーをしっかりと覚えて損はありません!」

「お、お嫁さん!?」

「ハナさん……、スミレはこっちの世界にきたばっかりだから他にもいっぱい覚えることがあるよ」


「いーえ! いけません! スミレさん、時間がある時にご説明させていただきますね。もちろん、嫌でなければですが」

「勿論、教えていただきます! ハナさん、ありがとうございます!」


「いい子だなー、スミレさんは。素直で返事がはきはきしてて。母さんの若い頃とそっくりだ」

「ユージンくんのお母さんと!?」

 そういえば亡くなったというお母さんの話はほとんど聞いたことがない。

 なんだか悪い気がして。


「スミレ、真に受けるなよ? 親父は酔っ払うと、誰にでも同じことを言うからな」

「あ……そうなんだ」

 よく見ると、ユージンくんのお父さんはすでに何杯かの酒坏を空にしている。

 

「おい! ユージン。お前も飲める年になったんだ。親父の注いだ酒が飲めないのか!」

「俺は自分のペースで飲むから」

「生意気だな! 魔法学園で遊んでばかりじゃないだろうな。スミレさんみたいな可愛い子を恋人にしたんだ。親父の酌でもしてみろ!」

「酔っ払い親父……」

 ぼやきながらも、ユージンくんも楽しそうだった。


 こうして私たちは、歓談しつつ楽しい夕食を終えた。



 ◇



 食後に、ハナさんが淹れてくれた温かいお茶と、冷たいお菓子を食べながら一息ついていたとき。


「なぁ、ユージン。明日宮殿に行けるか?」

 ユージンくんのお父さんが、何気なく聞いてきた。


「ん? 何で?」

「あいつがお前に会いたいんだってさー。士官学校を退学してるからユージンは一般人だって、何度も言ったんだけど聞かなくってさぁ」

「あいつ?」

「駄目ですよ、ご主人様。()()()()のことを『あいつ』などと呼んでは」


「「皇帝陛下!?」」

 私とユージンくんの声がハモった。


「どうして皇帝陛下が俺に会いたいって?」

「そりゃ、お前が最終迷宮で戦った神獣ケルベロスや魔王エリーニュスの話を聞きたんだろ。あいつ、他人の武勇伝を聞くのが大好きだから」

「まじかー」

 ユージンくんが困った顔で、天井を見上げた。


「小さい頃はお前も懐いてたじゃないか。それが突然の出国で、挨拶もなく出ていったって少し寂しそうだったぞ」

「それは皇帝陛下が皇太子だったころの話で……。皇帝に着位されてからは、気軽に話したりはしてないけど……そうか、気にかけてくださっていたのか」

 ユージンくんの声色からは、なんとも懐かしそうな響きを感じた。


「ほい」

「え?」

 ユージンくんのお父さんが、手裏剣のように投げた紙をユージンくんが器用に受け取った。

 それは封筒だった。


「皇帝面会の紹介状だ。俺が書いておいた。時間がある時に宮殿に寄ってくれ」

「……急に言われても。いや、わかった」

 少し困った顔をしたあと、ユージンくんが私のほうを振り向いた。


「スミレ、ごめん。明日は帝都を案内しようと思ったんだけど、用事ができた」

「うん、大丈夫だよ。留守番しておくね」

「であれば、私が帝都を案内しますよ。よろしいですか?」

 そう言ってくれたのはハナさんだった。


「はい、ぜひ!」

「では、よろしくおねがいします。スミレさん」


 こうして明日は、私とユージンくんは、別行動することになった。





◇ユージンの視点◇




 ――帝都グレンフレアの中央に位置する皇居エインヘヤル宮殿。


 

 皇帝陛下をはじめとする、皇族が住んでいる荘厳な建物。

 

 巨大な正門には、いつも数名の黒鉄騎士が油断なく守備をしている。


 子供の頃はいつも裏口を使っていたが、今日は皇帝陛下への面会状を持っているため正門を使った。

 入り口は何名かの行列ができていた。


「次の者……、随分と若いな。学生か? 宮殿への入場許可証を見せなさい」

「はい、どうぞ」

 門番の黒鉄騎士団の男は、リュケイオン魔法学園の学生服の俺を怪しんでいるようだ。

 まぁ、そりゃそうだろう。

 俺は親父にもらった、面会状の入った封筒を手渡した。


「これは……、帝国軍で使われる封筒。君は軍の関係者か……、著名(サイン)は…………字が汚いな。ひどく読みづらい」

「……すみません」

 親父の代わりに俺は謝った。

 字が乱雑なのは、昔からのことだった。

 黒鉄騎士の人は、サインを読むのを諦め何かの魔道具に封筒をかざしている。


「どうやら、本物のようだ。宮殿への入場を許可する。目的を聞こう」

「皇帝陛下への謁見です」


「…………またか。最近多いな。皇帝陛下は民の声を直接聞く御方だからな。しかし、同じような者が大勢いる。既に謁見を申し入れてから三日ほど待たされている者たちもいるぞ。それでも待つか……いや、ここまで来ているのにその質問は無粋か。よし、通ってよし! 謁見の間は、まっすぐ勧めばわかる。道に迷ったら、衛兵に聞くといい」


「ありがとうございます」

「では、次の者!」


 色々と親切に教えてくれた。

 俺はお礼を言って、宮殿の正門をくぐった。


 正門から宮殿の間には、大きな敷地と広い石畳の正道が伸びている。

 思えばここを歩くのも久しぶりだ。

 たまに、親父に連れられてきていたかもしれないが……、一人で歩くのは初めてだった。


 複雑な意匠が凝らされたエインヘヤル宮殿の外観がはっきりしてくる。

 確か数代前の皇帝が、えらく芸術にこだわっていてその時に作られたものだそうだ。


 帝都で最も価値がある芸術品は、この宮殿そのものだと言われているとか。

 100年前の大魔獣の襲撃の際も、宮殿だけは死守したらしい。


 宮殿の大きな扉の前でも呼び止められ、俺は正門の時と同じようなやりとりをした。

 子供の頃は顔パスで自由に行き来できたのにな、という記憶が蘇った。

 

 広い廊下を歩きながら、謁見の間の大きな扉が見えてきた。

 そして、其の前にたむろっている人々の姿も。


(これは……)

 俺は謁見の間の順番待ちだろう。

 皇帝陛下が民の声を聞く時間は、一時間にも満たないらしい。


 一人あたりの持ち時間はほんの一分だとか。

 その僅かな時間のために、大勢の人々が押し寄せている。


 俺は列を整理している騎士の人から、整理券を受け取った。

 貰った番号と、謁見の間の扉の横に黒板にかかれている番号を見比べる。


(百組以上あとか)

 これは今日の謁見は無理そうだな。


 念のため、親父に渡された面会状を受付の騎士に見せたが、やっぱり文字が読めないと突っ返された。


 親父……。

 俺はため息を吐き、廊下の端により窓枠に持たれた。


 しばらく、外の景色を眺める。


 良い天気だ。


 スミレとハナさんは、今頃帝都の街を散策している頃だろうか。


 窓の外には、小さな庭園が見えた。


 可愛らしい花が、ぽつぽつと咲いている。


 そういえば、あのへんで昔隠れんぼをして遊んだな……、なんて思い出していた時。





「…………ユウ?」




 名前を呼ばれた。


 正確には、名前ではなく渾名(ニックネーム)


 ざわざわとしている、謁見の間の待合スペースで、その声はやけにはっきりと耳に届いた。


 声の主が誰であるかを確かめる必要はなかった。


 二年ぶりだが、忘れるはずがない。


 物心ついた時から、もっともよく聞いていた声だ。


「…………」

 俺は何も答えず、窓の外への視線を少し彷徨わせ、……結局は振り向いた。


 予想通り、そこには()()()立っていた。




 ――アイリ・アレウス・グレンフレア皇女。




 帝国第七皇女にして、俺の幼馴染と再会した。


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■次の更新は、【2023/1/1(日)】です

→12/25は信者ゼロの更新となります。


■感想返し:

>ユージンが普段より砕けてる感じがいいですね

>地元に帰ってきたって感じがします


→地元感が出てたならよかったです。


■作者コメント

 絶賛、原稿作成中で忙殺されています(年内~来年一月までずっと)


 今回が年内最後の更新でした。

 来年も『攻撃力ゼロから始める剣聖譚』をよろしくお願いします。



■その他

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