参拝者に向かってちくわを投げる、あの意味わからん儀式

作者: 佐々雪

「うちの神社にさ。ちくわの儀ってあるじゃん」


 父親はそういいながら、片手にもったちくわを娘に見せる。彼は近畿地方にある、小さな神社の神主だ。


「うん。参拝者に向かってちくわ投げる、あの意味のわからんやつだよね」


 そしてこの娘は、神社の巫女だ。

 彼女はベッドの上に寝転がり、ファッション雑誌から目を話さずに返事をする。


「そうそう。あの全然意味わからんやつ」


「パパが毎年、お正月の朝にやってるやつだよね。明後日もやるの?」


「うん。あれをさ。来年からおまえに……代わって欲しいなーって」


「はあ? 来年って明後日じゃん。ゼッタイいやなんだけど!」


 娘はファッション雑誌からはじめて目を離し、半ばキレ気味で返事をする。父親はそれを無視して、ちくわを娘の顔に近づける。


「だよね。でも、頼むよ。あんなこと頼める人、おまえしかいないんだよ」


「なんであたしなのよ。あんなのパパがやればいいじゃん」


「いやいや。最近、腰の調子が悪くてさ。このままだと俺の腰がやられて、江戸時代からの貴重な文化が途絶えちゃう感じなんだよね」


「はー? そんなの知らないし。勝手に途絶えればいいじゃん。あんなのやったら、あたし、絶対クラスメイトに馬鹿にされるじゃん!」


「分かる。でも、人の悪口を気にしながら生きる人生なんて、死ぬ直前に後悔すると思うよ」


「いやー、後悔してもやりたくないわー。あれはないわー。一日でスクールカーストの最下層突き抜けるわー」


「あ、じゃあさ。クラスメイトみかけたら、お父さん吹き矢でやっつけるよ。始末しとくよ」


「ちょ。怖いこと言わないでよ」


「ってかさあ。ちくわの儀にクラスメイト来てたら、そもそもそいつの方が痛いやつだよね。そっから悪口言うとか、筋違いもいいところじゃね?」


「そりゃまあ、そうだけど……」


 勢いをそがれた娘は、視線を雑誌におとす。

 その視線の先には、さっき赤ペンでチェックを入れた白いコートの写真がある。


「おっ。そのコートかわいいね。おまえに似合うと思うんだけどなあ」


「え、なに。買ってくれんの!?」


 娘の声が一オクターブ高くなる。


「買ってもいいんだが、ちくわの儀がなあ……。あれで腰を痛めたら、買いに連れて行ってやれないんだよなあ……」


「うああ、もう! 分かったよ! あたし代わりにやったげるから、ちゃんとこれ買ってよ!! 約束よ? 約束したからね!!」


 そして迎えた元日の朝。

 神社にはちくわの儀に参加するため、大勢の参拝客が訪れていた。そして神社の鳥居の前には、巫女装束に身を包んだ娘の姿がある。娘は拡声器のスイッチを入れ、場内アナウンスをする。


「はーい! じゃあそろそろちくわの儀をはじめます! あたしがちくわをばらまきますんで、みなさん思い思いにキャッチしたり、食べたりしてください!!」 


 娘が拡声器でアナウンスすると、「うおおおお!」と雄叫びの声がわき起こる。


「あ、それから注意事項です。地面に落ちたちくわは、衛生面の関係から絶対に食べないでください!! そのへんのちくわは、後で責任持って、パパが美味しく頂きます!!」


 「うおおおお!」と雄叫びが返ってくる。


「では、そろそろはじめちゃいますー! ちゃんと拾ってねー!! そーれっ!!」


 娘は空に向けて、五〜六本のちくわを放り投げる。ちくわは朝日を浴びてきらめき、頂点で静止したのち、放物線を描いて落ちてくる。そのちくわに、何本もの男たちの手が伸びる。


「まだまだいくよー! そーれ!!!」


「そーれ!!!」


「落としちゃだめだよー! そーれ!!!」


 一心不乱にちくわを奪い合う男たち。


 この儀式にどんな意味があるのか、何が楽しくてこんなことをしているのか、娘には理解できない。しかし、みんな活き活きとした表情で、ちくわを追っている。


『これはこれで、有ってもいい文化なのかもしれない』


 娘はちくわを放り投げながら、そんなことを考える。 


 ここで、ピピーッと笛の音が鳴る。

 笛を鳴らしたのは、神主の父親。笛の音に呼応して、娘はコクリと頷く。そして参加者の間に、さらなる緊張感が生まれる。無理もない。この儀式、ここからが本番である。


 参加者たちのピリピリとした緊張感に押し負けぬよう、娘は拡声器で声を荒らげる。


「それでは、ここからはちくわに鉄アレイを混ぜて投げまーす! 鉄アレイを避けながら、ちくわをキャッチしてくださいねー! 死ぬほど危ないんで、めっちゃ気をつけてくださいねー!!」


 娘は左手に三本のちくわを、左手に3本の鉄アレイを持って、それらを同時に空に向けて投げる。


「うおおおあお、そおおおれええええ!!!」


 娘が投げると、ちくわと鉄アレイが、入り混じって落ちてくる。ちくわは欲しいが、鉄アレイは避けなければならない。参加者たちは、そのような判断を一瞬でおこない、ちくわをゲットしなければならない。


「お前ら、死ぬんじゃねえぞ、うおおおおお!! そおおれれええええ!!!」


 しかし、これが意外と難しい。判断を誤り、頭に鉄アレイをぶつけている参加者もちらほらいる。


「なんぼのもんじゃーーい!!!」


 それでも娘は投げる。ちくわを。鉄アレイを。

 そして、儀式が終わる。




 神社の社務所にて。

 娘は汗だくになりながら、机につっぷして、ぐったりとしている。


「いやー、おつかれおつかれ。これで江戸時代からの文化途絶えさせずにすみそうだわ。あ、ポカリ飲む?」


「うう……江戸時代に……でしょ……」


 机にうつ伏せになりながら、娘がうめく。


「ん?」


「江戸時代に鉄アレイないでしょ!」


「まあ、そりゃそうだよね」


「気づいてたのなら辞めてよ!」


「いやー、みんな気づいていると思うんだよなあ。それでもみんな楽しんでくれてるから、なんか辞められないんだよなあ」


「みんなあたまおかしい……」


「まあ、江戸時代はちくわだけ投げてて、ある時代から鉄アレイ投げるように変わっていったんだよ。文化なんて時代に合わせて変わるだろうし、変わっていくべきだよね。だからさ」


「……うん?」


「この儀式はもうおまえに引き継いだんだから、おまえが好きなようにやればいいよ。タピオカ混ぜて投げたければ、来年からやってもいいんだよ」


「タピオカ……別に投げたくない……」


「そうか。まあ、タピオカじゃなくてもいいんだけどさ。鉄アレイはやっぱおまえには重いよね。だからまあ、あれはやめてしまってもいいから、おまえだけのちくわの儀を、完成させてくれたら嬉しいと思うよ」


「……文化なのに、そんなに簡単に変えてもいいの?」


「文化だから、変わればいいんだよ」


「そっか……パパも、何か儀式のやり方を変えたりしたの?」


「うん。鉄アレイ混ぜて投げるようにした(笑)」


「お前が犯人か……ッ!!」


「特に意味はなかったんだよなあ(笑)」


「江戸の人に謝れ……ッ!!」





終わり