19 少女たちの戦い1
SIDE シア
「クロム様……!?」
シアは戸惑いを隠せなかった。
突然、クロムの前方に黒いモヤが広がったかと思うと、彼の姿が跡形もなく消えてしまったのだ。
「クロムは逃げたのか……?」
マルゴが訝しげにつぶやく。
「まあ、いいか。ところで君たちのような美しい少女とお近づきになれたのは嬉しいよ」
と、シアとユリンに視線を向ける。
強い欲望を感じさせる、濁った視線だった。
おぞましくて鳥肌が立つ。
「あたしは嬉しくない」
シアはキッと英雄騎士をにらんだ。
「ふふ、気が強そうだな。だが、そんなところも魅力的だ」
マルゴが薄笑いを浮かべた。
「どうだ? クロムなどではなく、この私に仕えないか?」
「お断りよ! 誰があなたなんかに!」
シアが剣を構える。
「英雄といいながら、その中身はただのいやらしい男みたいですね」
ユリンも、彼女にしては珍しく辛辣だ。
「私が仕えるのはクロム様だけです。身も心も、すべてをあの方に捧げるつもりです」
「ユリンちゃん……?」
彼女の声にこもる強烈な熱気に、思わず圧倒されそうになる。
身も心も──。
その言葉に胸が高鳴った。
「あたし、だって」
ごくりと喉を鳴らし、シアは言った。
「仕える相手はクロム様だけ! すべてを捧げる相手は、あの方だけ! あなたなんかの言いなりにはならない!」
「小娘どもがこの私に立ち向かうだと?」
マルゴの表情が変わった。
「誰に向かって口をきいている。いい気になるなよ」
先ほどまでは、シアたちを自分のものにしようという欲望にまみれていた。
少なくとも敵意は感じられなかった。
だが、シアたちが『拒絶』を示したとたん、彼の雰囲気は一変した。
敵意。
拒絶されたことへの怒り。
そして、憎悪。
強烈な負の感情が吹きつけてくる。
「そんなにあたしたちにフラれたのが気に入らないの?」
シアが勝気に告げて剣を構えた。
赤と黒に彩られた輝きを放つ、巨大な剣。
クロムが力を増したことに比例し、彼女のスキル【切断】もより強くなったはずだ。
「相手が英雄でも──あたしは勝つ。クロム様のために」
「私も一緒に戦います」
ユリンが彼女に寄り添った。
その瞳が妖しい光を灯している。
【魔人】となった彼女の力も、シア同様に強化されているのだろう。
相手が魔王退治の勇者パーティの一人といえど、二人で力を合わせればきっと立ち向かえる。
シアはあらためて闘志を奮い立たせる。
「なるほど、二人とも【闇】の片鱗を宿しているようだな。それなりに強力な気配を感じるぞ。だが──私には勝てん!」
マルゴが剣を手に吠えた。
「自ら私に従属するなら可愛がってやろうと思ったのにな。まあ、力づくも悪くない。力でもってねじ伏せた後、少しずつ屈服させてやろう。くくく……」
ちろり、と舌なめずりをする。
むき出しの欲望を感じ、シアは眉を寄せた。
マルゴは『英雄騎士』と呼ばれるだけあって、普段は紳士的な男なのだろう。
だが、それは表層だけ。
一皮むけば、ドロドロとした欲望にまみれた下種な男──そんな彼の本性が透けて見えるようだ。
「男としての器量は私のほうがクロムなどよりはるかに上──君たちもすぐにクロムのことなど忘れて、私だけを想うようになる」
「妄想はそれくらいにしたら? いいかげんに不愉快よ!」
言うなり、シアは地を蹴った。
スキル【加速】を発動。
黒いブーツに覆われた両足で一気に駆け抜ける。
「ほう!? すさまじい速さだ! だが、私には君の動きが見えている──」
マルゴが迎撃の斬撃を繰��出す。
その刀身を、横から飛んできた魔力弾が弾いた。
「むっ!?」
「私もいることをお忘れなく」
魔力弾を放った体勢でユリンが告げた。
「ありがと、ユリンちゃん!」
相棒に礼を言い、シアはさらに速度を上げる。
「あたしの力はクロム様から授かったもの! この力であなたを抑える!」
一瞬でマルゴの背後に回りこむと、渾身の力で剣を繰り出した。
「貴様……!」
「後ろを取ったよ! これであたしの勝ち──」
殺しはしない、動きを止めるだけだ。
彼を殺すのか、あるいは別の形で苦しめるのか──どんな制裁を与えるのかは、あくまでもクロムが決めることである。
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