18 解放の鍵2
「なぜ俺が『黒の位相』に……?」
俺は戸惑いながら周囲を見回す。
前回は俺自身がここに来ることを選んだ。
だが、今回はあまりにも突然の出来事だった。
『宿主様の力が急激に高まったためでしょう』
ラクシャサが艶然と笑う。
「どういうことだ?」
『【闇】が深ければ深いほど──この世界に引き寄せられやすくなります。今の宿主様は、それだけ【闇】が濃くなったということ。己の意思にかかわらず、半ば偶発的に「黒の位相」に入ってしまうほどに』
「偶発的……か」
じゃあ、俺が今この世界にいるのは一種のアクシデントということか。
「……俺はマルゴと戦っている最中だ。急いで戻りたい」
あの場から俺が消えれば、残されたシアとユリンだけでマルゴと対峙することになる。
もちろん、並の相手であれば【切断】【加速】という二つの強力なスキルを持つシアや【魔人】の能力を備えたユリンの敵じゃない。
だが、マルゴはまがりなりにも魔王ヴィルガロドムスを討ったメンバーの一人。
あの二人でも、相手をするのは厳しいかもしれない。
『残念ですが、この世界から出るためには一定の手順を踏む必要があります。入るときと違い、今の宿主様といえども自由自在に脱出──というわけにはいきませんわ』
「じゃあ、案内しろ。出口に」
俺は憮然としてラクシャサに言った。
こうしている間にも、外ではシアやユリンがマルゴに襲われている可能性が高い。
俺も早く戻らなければ──。
『ご心配なのですね、あの二人が』
ラクシャサが笑う。
『従順なるしもべ……それとも恋人ですかしら』
「早くしろ」
俺は彼女をにらんだ。
くだらない冗談に付き合っている暇はない。
『急がなくても、宿主様がここに入った直後の時間軸に戻れますわよ』
ラクシャサが俺をなだめる。
「本当か」
『私はあなたに嘘は言いません。端末としての禁止事項ですから』
一礼するラクシャサ。
『私は──あなたを裏切りません。決して』
『少し歩きましょう、宿主様。前回では語れなかったこともありますし……』
ラクシャサに言われて、俺は歩き出した。
前回、ここに来たのはヴァレリーの弟子であるマイカとの戦いの最中だ。
そして、この世界で俺はユーノと再会した。
「まさか──今回も奴が来ているのか?」
『あのとき、勇者と出会ったのは偶然が重なっただけのこと。今回はそういった邂逅はないと思いますよ』
と、ラクシャサ。
「そうか……」
『二人きりですね、宿主様』
ラクシャサが俺の手を握ってきた。
しっとりとして柔らかな手だ。
俺を見つめる濡れたような瞳には、妖しい輝きが宿っていた。
背筋がゾクゾクするような色香を感じた。
「……急に何を言っている? お前が話したいことというのは、そんなことか」
俺は眉根を寄せた。
ラクシャサをまっすぐに見つめる。
『ふふ、今のはただの冗談です」
彼女は俺の手を握ったまま、体を寄せてきた。
横から抱き着き、耳元に息を吹きかけながら、
「こんなときに冗談はよせ」
『失礼いたしました。では本題を』
ラクシャサは一礼し、
『宿主様の力を完全解放するための鍵──それを【奈落】から受け取りに行きましょう』
「何……!?」
『「黒の位相」に入る機会など、そうは訪れません。今、手に入れるべきです』
ラクシャサがあらためて俺を見つめる。
ゆっくりと顔を近づけてきた。
俺の唇に、今にも重なりそうな彼女の唇から──熱い吐息とともに言葉が紡がれる。
『より強大な力を。復讐を遂げるための力を』
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