14 ふたたびの大戦3
マルゴが見据える中、魔族の将と竜の力を宿す勇者との戦いが始まっていた。
「腐り果てよ、人間──」
呪言とともに、魔族ナーバムの周囲に黄白色の霧が広がる。
すべてを腐食させる魔力の毒霧だ。
『エンシェントリッチ』の莫大な魔力によって生み出されたその霧は、防御不能。
広範囲に漂う霧からは逃げることもできない。
「詰み、だ」
「どこが?」
勝ち誇るナーバムに、ヴィオレッタは鼻を鳴らした。
「聖剣スキル──【
旋回させた聖剣が虹色の輝きを放つ。
すさまじい爆風が吹き荒れ、毒霧を跡形もなく吹き飛ばした。
さらに毒霧そのものが薄れ、消えていく。
「あたしの竜気は毒を寄せつけない。毒自体も消滅させる」
剣を青眼に構え直し、凛と告げるヴィオレッタ。
「聖剣スキル──【
「くっ……!」
ヴィオレッタの斬撃が炎を発し、ナーバムを後退させた。
「確かに強い。人間の領域を何段階も乗り越えている──」
うなるナーバム。
「だが、私には勝てん。かつての魔王軍十三幹部と同等、いや、それ以上の力を持つ、この私には──今度は本気で行くぞ……!」
「へえ? じゃあ、こっちも本気を出しちゃおっかな。さっきの雑魚相手じゃ物足りなかったし……ふふふ」
ヴィオレッタが聖剣『イオ』を掲げる。
「がああああああああああああああああああっ!」
少女らしからぬ、野太い雄叫び。
同時に聖剣が脈動した。
虹色の輝きが周囲にあふれる。
「いっくよー!」
威勢よく叫んだヴィオレッタが駆けだした。
「消えよ!」
アンデッドの王が光弾を放つ。
虹の軌跡が、それをあっさりと断ち割った。
さらに一閃。
「がっ……!?」
ローブの一部が切り裂かれ、溶け消える。
さらに、二撃目。
またローブの一部が吹き飛んだ。
「ば、馬鹿な……! なぜ、これほどの力を──」
ナーバムはうろたえたように後ずさった。
「【光】の力は、意志の強さ! あたしは、勇者ユーノに負けた。あたしが勝てなかった魔王ヴィルガロドムスを、彼は打ち倒した。その悔しさが、自分自身の無力さへの怒りが、そして力を求める思いが──あたしにさらなる【光】を目覚めさせた!」
竜少女が剣を振るう。
不滅の肉体を持つはずのナーバムが、一太刀ごとに体を削られ、少しずつ消滅していく。
「ありえぬ……永遠のはずの、我が体が……」
「あたしの剣は、永遠すらも断ち切る! それだけよ!」
「──このままでは奴が魔王軍に大打撃を与えかねんな」
マルゴはため息をついた。
「それに、あまり勇者に活躍されては、その後に私が魔族軍を一掃してもインパクトが薄れる……ここは、少し早いが介入するとしようか」
立ち上がり、イザベルとローザを横抱きにした。
顔をつかんで無理やり口づけする。
景気づけだ。
「っ……!」
二人の美女は嫌悪感をあらわにマルゴをにらんだ。
手の甲で何度も唇をこすり、悔しげに涙をにじませる。
「くくく、私は史上最高の英雄として歴史に名を残す男だぞ。その私の側にいられることを光栄に思え」
マルゴはキスの余韻に浸りながら悦に入っていた。
彼女たちだけではない、世界中の美女は自分の思うがままだ。
そう、魔王軍の残党から世界から一掃し、不滅の英雄伝説を打ち立てた暁には──。
マルゴは竜に乗って移動し、戦場の近くに降り立った。
両軍から少し離れた小高い丘の上だ。
ヴィオレッタとナーバムの戦いはまだ続いている。
少女勇者���魔族を打ち倒そうとしているところだ。
「このまま君に勝利されるのは、ちと具合が悪いな。ヴィオレッタ」
マルゴはひとりごちる。
剣を抜いた。
英雄騎士マルゴの代名詞、『七十七式
最強クラスの魔法武具である。
「【光】よ、我が剣に宿れ」
ごうっ!
刀身に薄緑色の風が渦巻いた。
勇者パーティのメンバーには、その勇者が持つ【光】の一部が宿る。
当然、マルゴにもだ。
ただし、その【光】は勇者に比べれば微々たるものだった。
マルゴは考えた。
その弱き【光】で勇者をもしのぐ方法を。
やがて──発見した。
先史文明レムセリアの古代遺跡で、『黒の祭壇』より大いなる力を授かったのだ。
「その力で、君の力を封じさせてもらうぞ、勇者!」
剣を、振り下ろす。
「【混沌の眠り】──」
あふれ出た白と黒の輝きが、蛇のようにうねりながら進んでいく。
ヴィオレッタの元まで届き、その全身に絡みついた。
「えっ、何これ──!?」
戸惑ったように動きを止める少女勇者。
「あ……ぐ……ううっ……あ、はぁ……」
苦鳴とも喘ぎともつかない声で、たちまちその体が脱力した。
くたり、と倒れて眠ってしまうヴィオレッタ。
彼女の力では【闇】には対抗できても、【光】は防げない。
本来、味方である【光】は──。
ゆえに、【光】と【闇】の混合術式である【混沌】を備えたマルゴの手にかかれば、無力化することは難しくない。
もちろん、正面からまともに戦えば、さすがに苦戦は必至だろうが──。
不意をつけば、こんなものである。
「ヴィオレッタ・メザ。君の力は【アーク】に限りなく近いかもしれない。だが【アーク】そのものではない」
マルゴは口の端を吊り上げて笑った。
「ユーノの【アーク】に対抗するために力を磨いてきた私ならば、君の不完全な【アーク】を封じられる。君の活躍はここまでだ、ヴィオレッタ」
剣を掲げる。
刀身がひときわまばゆい光を放った。
「ここからは私の出番。英雄マルゴ・ラスケーダの伝説が幕を開けるのだ──」
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