12 ふたたびの大戦1
SIDE マルゴ
「いよいよ始まったな。ふたたび──人と魔族の世界戦争が」
マルゴは城の最奥で深々と腰かけていた。
両隣にはイザベルとローザを侍らせている。
二人は勇者ハロルドのパーティメンバーだった女たちだ。
いずれも並外れた美人であり、身の回りの世話をさせていた。
「今日は良い酒を飲めそうだ」
給仕させたワインを口に運び、至福のため息。
最高級のワインが心地よく体に染み渡った。
実際、最高の気分だ。
マルゴは魔族ラギオスやフランジュラスを利用し、魔王軍の残党が人間たちに大攻勢をかけるように仕向けた。
それに立ち向かうべく、勇者たちを中心に各国が魔族軍を迎撃している。
前方には巨大な水晶が設置され、表面に戦いの様子が映っていた。
戦場は、地平線まで続く草原。
どうやら、シャーディ王国の東部に広がるディオル大草原のようである。
炎や雷、旋風に氷嵐。
無数の魔法が王国軍と魔族軍の双方から放たれ、周囲に爆光をまき散らす。
戦況は魔族軍が優勢のようだった。
徐々に、だが少しずつ王国軍が押されていく。
やがて、瓦解が始まった。
陣形が崩れ、あちこちで蹴散らされる騎士や魔法使いたち。
響き渡る悲鳴と苦鳴。
助けを求める声。
「くくく、思い出す……かつて、魔王ヴィルガロドムス率いる軍勢が世界を恐怖に陥れていたときのことを」
マルゴは含み笑いを漏らしながら述懐した。
五年前、古代遺跡に封じられていた魔王ヴィルガロドムスが突然復活した。
魔王は十三の兵団を率いて全世界に侵攻した。
その圧倒的な強さに、各国の軍はなすすべもなく蹴散らされた。
半年もたたないうちに、世界の半分が彼らの手に落ちた。
人々は絶望し、渇望した。
世界を救う存在を。
勇者を。
やがて神に選ばれた七人の勇者が現れ、名だたる英雄たちとともにパーティを組み、魔王軍への大反撃が開始されたわけだが──。
「もっと求めろ……! 自分たちを救ってくれる英雄を」
マルゴは口の端を吊り上げて笑った。
──魔王軍の残党と接触したのは、およそ三か月前。
それからずっと準備を重ねていた。
いちおう表向きに理由は、日に日に強大になるユーノの【光】がいつか暴走したとき、それを抑えるために魔族の力を利用する、ということにしている。
ただし、彼らと同盟を結んだ真の理由は別にある。
魔王軍の残党による、世界征服戦争──それを後押しすることだ。
また、彼らの持つ【闇】の情報を得るため、という目的もあった。
逆に彼らからすれば、マルゴから人間側の情報を得ることや、彼の持つ【光】を利用して自分たちの【闇】を強化する、といった目的もあるだろう。
互いにいくつもの利害が絡み合い、計画はおおむね順調に進んだ。
魔王軍残党の首領格であるラギオスとフランジュラスは魔族たちを束ね、戦力を整備し──ついにこの日が来た。
魔王軍による、人間界侵攻。
魔族軍による恐怖が、ふたたび世界を覆うであろう。
それを振り払うのは勇者ではない。
「世界を救うのは──私だ。英雄マルゴ・ラスケーダだ」
ユーノなどでは断じてない。
私こそが人類の救世主。
「そろそろ私が出るか」
くくく、と喉を鳴らすマルゴ。
映像を切り替えていく。
ラルヴァ王国やリジュ公国など、各地の戦場が映し出された。
いずれも人間側が押されている。
「ユーノたちは別格としても、他の勇者を擁する国々までことごとく苦戦とは……やはり、私がいなければ何もできんようだな」
勇者などよりも、この私の方が偉大な英雄だと証明する。
その絶好のシチュエーションだ。
──と、そのときだった。
「そこまでだねっ」
威勢のよい声とともに、閃光がは��けた。
輝く衝撃波が魔族軍をまとめて薙ぎ払う。
「この光は──」
マルゴはハッと映像の一部に視線を向けた。
「これ以上、シャーディには侵攻させないよっ。ここからはあたしが相手だねっ」
輝く剣を携えた少女が言い放った。
青い髪をショートヘアにした活発そうな少女だ。
鎧の類は身につけておらず、短衣にスカートという村娘のような格好だった。
手にした剣は、刀身の先端部が竜の顔のような形をしている。
竜属性の聖剣『イオ』。
「現れたか、勇者」
マルゴがうなる。
彼女は七人の勇者の一人──ヴィオレッタ・メザだ。
「小娘が! たった一人で何ができる!」
「千の肉片に切り刻んでくれるわ!」
魔族たちが哄笑する。
ヴィオレッタは不敵な笑みを返した。
「だったらあたしは──お前たちを億の欠片まで解体してあげるね。切り刻んで、粉砕して、分解してあげる! いくよ、我が聖剣『イオ』!」
手にした竜の聖剣を掲げる。
「スキル【変化・竜戦人形態】!」
高らかな声とともに、彼女の全身から無数の稲妻が弾けた。