9 遺跡探索3
俺はあらためて二つのモニュメントを注視する。
──表面のいたるところに黒い鎖がまきついた球体。
──表面のいたるところから翼が生えた三角錐。
一つは、見覚えのある形だった。
そう、以前に『
もっとも都市一つ分ほどの大きさがあった【奈落】と違い、目の前のモニュメントはせいぜい高さ五メートルといったところか。
もう一つは見覚えがない形だが、【奈落】と対になるように配置されているということは、おそらく──。
【光】を総べる存在、【涅槃】。
マルゴから聞いたそれを模したモニュメントだろう。
「人間よ、汝の望みは何か」
「手に入れたいものは何か」
モニュメントから声が響いた。
重々しいその声を聞くだけで、全身の毛穴が開き、汗が噴き出す。
すさまじいプレッシャーは、模造品といえども本物と遜色ないようだ。
「ここは『試練』を司る神殿」
「見事乗り越えた暁には、汝が望むものを得られるであろう」
「『試練』の神殿……?」
名前の通り、その『試練』をクリアすれば、俺が望むものを授けてくれるようだ。
俺の望み──つまりは、さらなる力を。
試練の内容も気にかかるが、もう一つ気になることを言っていたな。
俺が二年前に受けた『闇の鎖』──。
それは『供物』の神殿とやらにあった呪法だ、と。
「今一度、問う」
「人間よ、汝の望みは何か」
「力だ」
俺は二つのモニュメントに向かって言った。
「力を求める理由は?」
「復讐だ」
俺はシンプルに返答した。
そう、それ以外に理由はない。
来たるべき、ユーノとの決戦に向けて。
俺は、必ず勝てるように今以上の力を得ておきたい。
俺の復讐が、万が一にも失敗に終わるような──返り討ちというみじめな結末に終わるようなことだけは避けたい。
「ならば、見せてもらおう。汝の魂を」
「ならば、見せてもらおう。汝の本質を」
ヴ……ン!
うなるような音を立てて、二つのモニュメントが明滅した。
「ぐっ……」
同時に、全身に悪寒が走る。
なんとも嫌な感覚だった。
胸の奥をかき回されているような違和感が生じる。
「う……ぐ……」
嘔吐感まで芽生え、俺はその場にうずくまった。
「クロム様!」
シアとユリンが同時に叫び、俺の左右にしゃがみこむ。
「大丈夫ですか」
「お体の調子が……?」
「少し……な」
左右から寄り添う彼女たちに、俺は小さくうなずいた。
鈍い頭痛が断続的に繰り返される。
汗が噴き出し、体温が冷めていく。
なんなんだ、これは……!?
「汝の根源にあるものを探査した」
「あまり丈夫ではないようだな。この程度の負荷に耐えられんとは」
【涅槃】と【奈落】のレプリカが淡々と告げる。
「ああ……体が弱いんだ……もう少し労われよ」
俺はハアハアと息をつきながら、奴らをにらんだ。
「探査完了」
まったく動じた様子も見せず、奴らは告げた。
「なるほど。汝の【闇】の強さはそれに起因しているか」
「あふれ返るような怒り、憎悪、絶望、悲哀……しかも、まだ伸び代があるようだ」
「興味深い」
「実に興味深い」
二つのモニュメントが軽く振動した。
まるで、笑っているかのように。
「では本題に移ろう」
「汝はさらなる力を求めているという」
「それを叶える方法はただ一つ」
「今から試練を与える」
「試練……だと?」
俺はシアやユリンに支えられ、弱々しく立ち上がった。
「それを乗り越えたとき──汝は完全なる【闇】の力を、その足掛かりを得るであろう」
「では、始めよう」
「【闇】の加速を。深化を」
「その最終段階を」
ヴ……ン!
二つのモニュメントがふたたび鳴動する。
「行け」
「滅ぼせ」
奴らが告げた。
同時に、空間から溶け出るようにして、無数のシルエットが出現する。
「こいつらは──」
るおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
響き渡る無数の咆哮。
それは、異形の軍団だった。
人型のもの。
獣型のもの。
幾何学的なデザイン。
不定形生物。
竜。
様々な姿をした怪物たちが、四方八方から俺たちに迫る。
直後、俺の周囲に黒い鱗粉が広がった。
【闇】のEXスキル【固定ダメージ】だ。
効果範囲内に入ったすべての怪物に、瞬時に9999ダメージを与える無敵の力。
同時に、そいつらは片っ端から光の粒子と化して消し飛んだ。
るおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
だが、消えた端から新手が現れる。
次から、次へと押し寄せる。
「シア、ユリン。奴らの中にHPが1万以上のものがいたら、俺たちの下まで到達するかもしれない。備えてくれ」
「はい、クロム様!」
シアが赤く輝く剣を抜き、ユリンは全身に魔力のオーラをまとう。
怪物たちは消えても消えても押し寄せてきた。
無限に湧いてくるようだ。
試練を乗り越えられなければ、死あるのみ──ということか。
「上等だ」
俺は一歩ずつ進みだした。
「シア、ユリン。突き進むぞ。俺から離れるな」
「はい、クロム様」
「おそばに」
シアとユリンは、この遺跡内でずっとそうしてきたように、俺の左右に寄り添った。
「さあ、我らの下まで来い。見事、たどり着けたなら──合格としよう」
「ただし、たどり着けなければ、汝は死ぬ。そこの【従属者】二人も」
二つのモニュメントが告げた。
「誰も死なせない」
俺は一歩ずつ進みだす。
俺も、シアやユリンも。
生きてここから出るんだ。
そして力を手に入れる。
復讐の旅路を完遂させるための。
その先にある明日へ向かうための──。