6 勇者出陣
SIDE ユーノ
失った右腕が、疼く。
不思議な空間──【
親友であり、イリーナの恋人でもあった男。
そしてユーノが力を得るために生け贄に捧げた男。
クロム・ウォーカー。
ユーノにとっては過去に捨て去った残骸だ。
それが、まるで幽鬼のように現れた。
戦いになり、ユーノは右腕を失う重傷を負った。
その恨みもさることながら、何よりも今ごろになって現れたことが忌々しい。
彼にとってクロムの存在は汚点だった。
仲間を犠牲にして力を得た、などと世間に知られるわけにはいかない。
魔王を討った救世の勇者の栄光も名誉も、すべて地に落ちてしまうだろう。
だから──クロムは秘密裏に抹殺する必要がある。
だが、結果的にユーノは返り討ちにあった。
どういう理屈かは分からないが、クロムは【闇】の力を得て、信じられないほど強力なスキルを操るようになっていた。
いかに真の聖剣を手にしたユーノといえど、今のままでは太刀打ちできない。
もっと強くなる必要がある──。
あるいは、他の仲間の力を借りて謀殺するか。
「勇者様!」
私室をノックして入ってきたのは、ルーファス帝国の女神官だった。
長い黒髪に白い肌、清純な雰囲気を漂わせる二十代前半の美女である。
名前はジャネット。
若いが高位の実力を持つ神官であり、ゆくゆくは大司祭になると言われる逸材だ。
勇者の式典関係でユーノと教団の間を仲介する連絡役であり、また、その他にも色々な雑事をこなしてくれている。
ちょっとした秘書状態だった。
若々しい美貌はどこかイリーナと似ていて、ユーノのお気に入りだった。
向こうも彼のことを憎からず思っているらしく、それとなくアプローチしてくることがある。
いずれはモノにしてやろうと内心で欲情を燃やしている相手の一人である。
が、今はそれよりも彼女の報告を聞くのが先決のようだ。
血相を変えているところを見ると、かなり緊急かつ重大な案件なのだろう。
「どうしたんだい、ジャネットさん?」
下心を隠し、ユーノは爽やかに微笑んでみせた。
「は、はい、ユーノ様。実は──」
ジャネットは話し始めた。
「魔王軍が攻めてきた?」
「は、はい、数千の魔族を率いた巨大な青い竜がこちらに向かっております」
青ざめた顔で語るジャネット。
その体が小刻みに震えている。
抱きしめ、そのままの流れで押し倒してやりたい衝動を、ユーノはかろうじて抑えた。
どうも以前より欲望が増大しているように感じる。
ジャネットの美しい顔やスタイルのよい体つきを見ているだけで、下半身が熱く疼いてきた。
そんな彼の欲情のたぎりに気付く余裕もないのだろう、ジャネットはますます顔を青ざめさせ、
「隣国には女吸血鬼が率いる別の魔軍が攻め入っているとか」
「総攻撃──か」
ユーノはうなった。
さすがに高まる欲望をいったん頭の隅に追いやる。
「だけど」
巨大な青い竜というのは、ラギオスと同じような外観だ。
ユーノやファラ、マルゴによってラギオスは倒されたのだし、似たような外見の竜なのだろうが、しかし──。
「どうにも、嫌な予感がするな」
ユーノはひとりごちた。
「それと──今回は勇者ファルニア様との共同戦線となります」
「ファルニアさん、というと『星』の聖剣を持つ勇者だね」
ユーノより三つほど年上の、絶世の美女という噂の勇者だった。
(それは楽しみだ)
興奮を顔に出さないようにして、ユーノは泰然とうなずいた。
「分かった。協力して魔軍を撃退してみせるよ」
恋人イリーナの消息はいまだ不明だ。
最初は悲しみに暮れていたユーノも、徐々に心の整理がつき、彼女はすでに死んだのだと半ば諦めとも達観ともつかない心地になっていた。
あれほどの美貌と清純さを備えた恋人が失われたのは惜しいが、仕方がない。
次を探すまでだ。
仲間であるファラもその候補だが、世の中にはまだまだ美少女、美女がいくらでもいる。
救世の勇者ユーノならば、まさしくより取り見取り。
(次の恋人はよく吟味して選ばないとね。まあ、一人に絞らなくてもいいか)
ジャネットは当然として、とりあえずファルニアも候補に入れておいてやろう。
ユーノは舌なめずりをしながら席を立った。