5 英雄騎士の決起
SIDE マルゴ
「クロムが生きていたとは……しかも、あれほどの【闇】を得ているとは、な」
マルゴは小さくうなった。
今後の計画の障害になるかもしれない。
とはいえ、当面は放置しておいていいだろう。
向こうもすぐに敵対する雰囲気ではなかった。
(まあ、私に対する憎悪をむき出しではあったが──恨まれて当然のことをしたからな、くくく)
マルゴは回廊を進み、アジトの最奥までやって来た。
高さ数十メートルもある巨大なホールだ。
「かつての仲間が生きていて嬉しいか、マルゴ」
ホールいっぱいに声が響く。
「ふん、皮肉か」
マルゴは頭上を仰ぎ見た。
巨大な青い竜──ラギオスがこちらを見下ろしている。
「人間どもは情や絆とやらを重んじるのだろう?」
「人によって様々だ。お前たち魔族もそうだろう」
「違いない」
うなずくラギオス。
「そろそろ動く頃合いではないか?」
マルゴは話題を変えた。
こちらが本題だ。
「魔族兵団を強化できる程度には、『祭壇』のエネルギーは充填されたのだろう?」
「ユーノに討たれたフリをしたおかげか、勇者たちのマークが緩くなったからな。充填作業をひそかに進めることができた」
ラギオスは傲然と吠えた。
「では、いよいよ」
「うむ」
ラギオスが重々しくうなずく。
「魔軍の大侵攻の開始だ。魔王様が討たれて以来、初めての大規模侵攻を──そう、かつての魔王軍を超える力を持って」
「せいぜい武運を祈っているぞ」
言って、マルゴは背を向けた。
「ただし──私が支配するだけの領土は残しておけ」
「分かっている。お前の協力のおかげで我らは迅速に計画を進めることができた。人と魔族──種族は違えど、恩義は忘れぬ」
「ならば、よい」
マルゴは振り返ることなく歩き出した。
彼らが動き出すことは確認できた。
あとはマルゴ自身が動くだけだ。
魔族と人の、新たな戦争──。
その最終的な勝者となるために。
世界最高の英雄として称えられるために。
マルゴは自室に戻った。
豪華な内装に調度品──決して立派とはいえないアジト内だが、この部屋に関しては、まるで王侯貴族のそれだった。
マルゴは最重要の客人として、現在の魔族軍のトップであるラギオスやフランジュラスに比肩する扱いを受けているのだ。
「どうした、主人を出迎えぬか」
マルゴは部屋の奥に声をかけた。
「……お帰りなさいませ」
現れた二人の女性は、悔しさを押し殺したように体を震わせていた。
勇者ハロルドの仲間だったイザベルとローザだ。
始末してもよかったのだが、ともにたぐいまれな美貌で、殺すのは少々惜しい。
とりあえずはマルゴの身の回りの世話をさせることにしたのだった。
逃げたり逆らったりしないように、フランジュラスから何重にも呪術をかけさせてある。
椅子に腰を下ろしたマルゴに、イザベルが飲み物を運び、ローザがマントなどを外していく。
マルゴは二人の胸元や腰、太ももに手を這わせた。
「っ……!」
嫌悪感をあらわに、びくっ、と体を震わせるイザベルとローザ。
(あの世でハロルドもさぞや悔しがっているだろうな)
真の聖剣に目覚めた彼は、マルゴをも圧倒する力を発揮した。
内心では敗北感さえ覚えたものだ。
実際、まともに戦えばマルゴは殺されていただろう。
それが、なんとも口惜しい。
イザベルやローザを手元に置いている最大の理由は、ハロルドへのあてつけなのかもしれない。
いずれは二人の身も心もモノにして、冥府のハロルドを悔しがらせてやろう──。
暗い愉悦がこみ上げる。
(まあ、それは徐々に進めればいいことだ。今は他にやるべきことがある。私だけが成し遂げられる英雄の偉業が)
マルゴはイザベルとローザにニヤリと笑った。
「いよいよ始まるな──魔王討伐戦以上の、大戦が」
くく、と喉を鳴らす。
「そして、その大戦を終結に導くのは私だ。勇者など問題にもならぬ、史上最高の英雄──永久不滅の伝説を、この私が作る」
言って、二人に視線を向けるマルゴ。
「その折には、お前たちにも相応にいい思いをさせてやろう。この私に身も心も尽くすなら、な」
悦に入る彼を、二人の女性は冷ややかに見つめていた──。