11 真の輝き
聖剣の輝きが増していく。
ぴしっ……ぴしっ……。
刀身に無数の亀裂が走った。
そして、弾ける。
「聖剣の形が──変わった!?」
驚くハロルド。
翡翠色の輝きを宿した刃は大きく湾曲し、まるで鎌のようだ。
新しい聖剣ガーレヴを構え、ハロルドはマルゴと正対する。
「本当に【
マルゴは呆然とつぶやく。
「ありえん……!」
両腕に抱いていたイザベルとローザを突き離し、マルゴはふたたび剣を構える。
ほぼノーモーションで風の斬撃を放つマルゴ。
超速で飛来するそれは、
ばぢぃっ!
ハロルドの周囲に展開された風の結界がやすやすと吹き散らした。
今のは、彼が意識して作り出したものではない。
聖剣の基本機能として、
「守りはこの新しい聖剣がある程度やってくれるわけか。ならば、俺がやることは一つ──」
告げて、地を蹴るハロルド。
「攻め、あるのみ!」
同時に、聖剣から突風が放出される。
それを推進力にして超加速。
音速すら凌駕するスピードでマルゴに肉薄した。
「馬鹿な、速すぎる──」
「終わりだ!」
咆哮とともに、旋風をまとった刃を振り下ろす。
「くっ……!」
剣を掲げてブロックする英雄騎士。
「な、なんだと……これほどの圧力を……!?」
そのブロックごと、マルゴは大きく吹き飛ばされた。
「はあ、はあ、はあ……」
衝撃波で裂けたのか、彼のまとう全身鎧は半ば以上が砕け散っている。
「あなた一人では厳しい様子ですね。わたくしも加勢いたしますわ」
フランジュラスがたおやかな手を伸ばした。
放たれる無形の魔力衝撃波。
まともに受ければ、人間など骨も肉も残さず消滅する威力のそれを、
「無駄だ!」
ハロルドは聖剣の一振りでかき消してみせた。
「なっ……!?」
「これはユーノの聖剣と同等か、それ以上の力──やはり【
フランジュラスとマルゴが同時に驚きの声を上げる。
「儀式も経ずに、自身の精神力のみで──」
「仲間のためなら、どこまでだって強くなってやるさ」
ハロルドは聖剣を構え直し、言い放った。
「俺はもう一人だったころの俺じゃない。大切な仲間がいる。そして、大切な仲間がいた。お前たちが、俺を強くしてくれる。どこまでも──高めてくれる!」
守れなかった仲間たちの無念を晴らすため。
そして、ここにいる仲間たちを守るために。
「俺は奴らを倒す。さあ、応えろ! 我が剣ガーレヴ!」
高らかに叫ぶと、聖剣が鳴動した。
ヴオオオオオオオオオオオオ……ンッ!
獣の咆哮にも似た駆動音が響き渡る。
聖剣の刀身が中心部から割れ、内蔵された結晶が翡翠色の輝きを放った。
半ば本能で、ハロルドは悟った。
これこそが、聖剣の最終攻撃形態。
そして聖剣の真なる力を──真なる輝きを放つための形態なのだと。
「さあ、消えろ……汚れた英雄騎士!」
ハロルドは聖剣を掲げ、凛とした声で叫んだ。
「仲間のため、か」
ぞくり──。
背筋に嫌な予感が走り抜けた。
「ならば、それが君の弱点にもなり得るな」
マルゴが酷薄な笑みを浮かべている。
その手に、先ほどと同じくイザベルとローザが抱き寄せられていた。
一瞬の、隙だった。
「さあ、撃ってこい。仲間ごと切り裂く覚悟があるならば」
二人は人質であり、マルゴを守るための盾だった。
卑劣な戦法だ。
だが、なすすべがない──。
「ああ、その聖剣には自動防御があるんだったな。そいつも解除してもらおう」
「お前……!」
「早くするんだ、くくく」
見せつけるように、マルゴは剣の刃をイザベルの頬に押し当てる。
つーっと赤い筋が走り、彼女の美しい顔に傷がついた。
「お前……お前ぇぇぇぇぇぇっ……!」
ハロルドは血を吐くような思いで絶叫した。
「自動防御を……解け……!」
聖剣に呼びかけると、ヴ……ンとガーレヴがうなるような音を立てる。
「惜しかったな。一対一の戦いなら、とても勝てなかった。認めよう。君こそ真の勇者だ」
マルゴが笑う。
「その不屈の精神も。仲間を想う優しさも。だが、それは弱さにもつながることを知れ」
「卑劣な──」
「勝利と栄光にもっとも必要なものは、正義ではない。愛ではない。理想ではない」
マルゴは笑いながら、イザベルとローザを突き飛ばした。
ハロルドは聖剣を振りかぶり、そこで動きが止まる。
撃てない。
攻撃の軌道上に二人がいる以上、撃てるはずもない。
かといって、二人を避けている間に、マルゴの攻撃が飛んでくる──。
刹那の間に、ハロルドはそれを判断した。
負けだ。
非情になれば──彼女たちを見捨てれば、確実に勝てただろう。
だが、どうしてもできなかった。
どうしても──どうしても、無理だった。
「必要なものはただ一つ。いかなる手段を使っても己の必要なものを手に入れる、という──」
マルゴが剣を構える。
その刃に疾風が宿る。
「貪欲さだ」
放たれた風の斬撃が、ハロルドの首を刎ねた。
次回から第7章「闇と英雄騎士」になります。
しばらくお休みをいただき、再開は5月中旬くらいを予定しています。
愛弟子に裏切られて~の書籍化作業とかちょこちょことありますゆえ……すまぬ、すまぬ(´・ω・`)
気長にお待ちいただけましたら幸いです。