9 先史文明レムセリア
「祭壇を起動させる……だと?」
『黒の祭壇は【闇】を動力源としている。魔族の怨念を集めているのも、祭壇を起動させるためだ』
俺の問いに答える魔王。
『だが、その程度の怨念ではまだまだ足りぬ。強大な【闇】を持つ汝ならば、あるいは──』
「で、祭壇を起動させるとどうなるんだ?」
『力を、得る』
魔王の答えはシンプルだった。
『汝はより強大な力を求めているのであろう? 汝の望みを叶えるために。汝の想いに決着をつけるために』
見透かしたような言葉に、俺は表情を険しくした。
確かに、力は必要だ。
だが魔王の言葉をうのみにするのは危険すぎる。
情報の判断を、取捨選択を誤るわけにはいかない。
さあ、どうするか──。
あらためて思案したそのとき、突然、俺の視界が切り替わった。
「なんだ、これは……!?」
最初に目にしたのは、どこまでも続く青空だ。
そして、そこに浮かぶ巨大な──一つの大陸に匹敵しそうなほどのサイズの岩塊。
浮遊大陸。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
岩塊に目をこらすと、無数の建物が見える。
『古代に栄えた先史文明──レムセリアだ』
魔王の声がどこからか響いた。
「これが……レムセリア?」
俺はさらに目をこらす。
今度は、街並みが見えた。
浮遊大陸にある都市らしい。
ただし、俺たちが暮らす世界とはまるで異なる街並みだ。
林立する巨大な建造物は奇妙な箱型をしており、数十メートルから数百メートルに達するものもあった。
まるで巨大な塔である。
行きかう人々の数も、大国の王都と比べてさえ、数百倍も多いだろう。
どこを見渡しても、人、人、人──。
さらに大通りには馬車の代わりに、奇妙なデザインをした鉄の車が走っていた。
俺も詳しくは知らなかったが、先史文明というのは俺たちの時代と比べても、はるかに栄えていたらしい。
そんな超文明がなぜ滅んでしまったのか……?
ふいに空の一角に黒いモヤが広がった。
「あれは──」
別の方角には、白い霧のような何かが発生する。
『【奈落】と【涅槃】』
魔王が告げる。
それぞれが【闇】と【光】の総元締めってところか。
『そして──これこそが、レムセリアを滅ぼした【闇】と【光】の大戦だ』
※
SIDE ハロルド
「早く逃げて、ハロルド!」
「ここは、あたしたちが食い止めるから!」
槍使いのイザベルと僧侶のローザが叫ぶ。
「うう、二人とも……」
ハロルドは動けないでいた。
仲間を見捨てて逃げることなどあり得ない。
しかも、そのうちの一人──イザベルは、ハロルドの恋人でもある。
「あたしたちが死んでも代わりはいる。でも、勇者であるあなたの代わりはいないのよ、ハロルド!」
イザベルが悲壮な決意を口に出す。
「お願い。魔族の脅威から世界を救うために──あなたはここで死んではいけないの!」
「だが、俺は……!」
ハロルドは唇をかみしめた。
口の端が切れて、血が流れ出す。
たとえ、それが勇者の大儀だとしても──。
「やっぱり俺にはできない!」
聖剣ガーレヴを握り直す。
(頼む、俺の聖剣よ……どうか、力を。大切なものを守るための力を──)
願う。
祈る。
魔を打ち滅ぼすための力を授けてほしい、と。
「安心しろ。全員仲良く殺してやるさ。冥界に行っても寂しくないようにな」
マルゴが酷薄な笑みを浮かべた。
手にした剣が風を呼び、ごうっ、とうなりを上げる。
「勇者ハロルド、君の聖剣は私が回収して���こう。後で祭壇に捧げておいてやる」
「祭壇……?」
「すぐに口を滑らせるのは、あなたの悪い癖ですよ、マルゴさん」
フランジュラスがマルゴをにらんだ。
「問題ないだろう。全員、この場で死ぬのだから」
マルゴは意に介さない。
「この私が、殺すのだから。いや、そこの女二人はなかなかの美人だし、体も悪くなさそうだ。夜伽用に飼ってやってもいいか。魔族の女を抱くのも、そろそろ飽きてきた」
「ふざけるな……!」
ハロルドはぎりっと奥歯を噛みしめた。
「二人は絶対に守る! そしてジョセフとアーバインの仇も討ってみせる!」
そして──勇者ハロルドの、決死の戦いが始まる。
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