5 勇者ハロルドの逆襲2
ハロルドは眼前にたたずむ黒衣の美女──フランジュラスを見据えた。
吸血鬼。
その中でも真祖と呼ばれる、もっとも強力な眷属だ。
不死といってもいい強靭な生命力に加え、人間をはるかに超えた運動能力、そして膨大な魔力──。
そのステータスは圧倒的である。
「さて、どう攻略するか」
ハロルドは聖剣『ガーレヴ』を手にひとりごちた。
五対一という数的有利を活かし、手数で押す──というのがオーソドックスな戦法だろう。
「一気に押し切るぞ」
隣で槍を構えているイザベルに、さらに後方に控える弓術士アーバイン、魔法使いジョセフ、僧侶ローザに告げた。
「スキル発動──【
振りかざした『ガーレヴ』から数百単位の風の刃を放つ。
さらに仲間たちが魔法や物理攻撃、補助魔法でサポートする。
「そう簡単に押し切れるほど甘くはありませんよ、わたくしは」
フランジュラスもさすがに一筋縄ではいかない。
魔法の障壁を張り、あるいは己の体を無数のコウモリに変化させ、それらの攻撃をしのいでいく。
戦いは一進一退だった。
ハロルドたちが、攻める。
フランジュラスが、避ける。
逆に相手の反撃は、ハロルドの聖剣やローザの防御魔法でブロック。
互いに決め手がないまま、戦局がこう着し──。
突然、その戦局が動いた。
「ぐあっ……」
苦鳴とともに、弓術士の青年が倒れる。
その胸元を青い槍のようなものが貫いていた。
何もない場所から、突然現れたのだ。
「ふふ、気を抜きましたか? わたくしにはこういう術もあるのですよ」
フランジュラスが艶然と笑う。
それは、彼女が己の血で生み出した魔槍だった。
「アーバイン!」
ハロルドは悲鳴に近い絶叫を上げた。
二年間、苦楽を共にしてきた仲間はもはやピクリとも動かない。
即死だった。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
少年魔法使いのジョセフが怒りの声を上げた。
「燃え尽きろ、『ファイアストーム』!」
上級の火炎魔法を放つ。
「スキル【反射】」
フランジュラスの口の端が笑みの形につり上がった。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
同時に、ジョセフは自分が放った火炎魔法で己のみを焼き尽くされる。
黒焦げになって、その場に崩れ落ちる少年魔法使い。
ぴくぴくとしばらく痙攣し、やがて動かなくなる。
「うう……ジョセフ……!」
一瞬のうちに仲間を二人も失い、ハロルドは唇をかみしめた。
イザベルとローザも顔面蒼白である。
「五対一から三対一になっては、もう手数で押し切るのは無理ですね」
フランジュラスがたおやかな右手を差し出し、イザベルとローザに向ける。
「次はそこの二人です。勇者様はいちおう命だけは助けてあげましょうか。まだ利用価値がありそうですし──」
「くっ……!」
ハロルドは唇をかみしめた。
一進一退の戦いの中で、フランジュラスはじっと不意打ちの機会を伺っていたのだろう。
そして時機をあやまたず、確実にアーバインを仕留め、逆上したジョセフを返り討ちにした。
やはり、強い。
吸血鬼真祖の能力は圧倒的だ。
このままでは、彼女たちも殺される──。
「さあ、彼女たちを貫きなさい。我が【魔槍】」
虚空から青い血の槍が現れ、イザベルとローザに向かう。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ハロルドが叫んだ。
「これ以上、仲間たちはやらせん!」
強まった意志に連動するかのように、聖剣の刀身がドクドクと脈を打つ。
柄にはめこまれた二つの宝玉がひときわまぶし��光を放った。
青い血の槍はその光に触れると、跡形もなく消滅する。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
ハロルドは叫び続けた。
熱い──。
煮えたぎるような何かが、ハロルドの体内に流れこんできた。
「力だ……力が、あふれる……!」
聖剣を高々と掲げるハロルド。
「聖剣よ、風を呼べ! すべての【闇】を切り払え!」
S字に湾曲した刀身が大気を振動させる。
「上位スキル発動──【
振り下ろした一閃が翡翠色に輝く風を生み出し、フランジュラスに叩きつけられた。
「きゃあっ……!?」
悲鳴とともに、吸血鬼の美姫は大きく吹き飛んだ。
「こ、これほどの【光】を操るとは──まさか、聖剣が【
戸惑ったように後ずさるフランジュラス。
一方のハロルドは全身に力がみなぎっていた。
勝てる。
たとえ相手が吸血鬼真祖であろうと。
今の俺なら、確実に仕留められる──。
そんな圧倒的な自信があふれてくる。
と、
「ハロルド殿!」
誰かが駆け寄ってきた。
精悍な顔立ちの中年騎士。
英雄騎士と称されるマルゴ・ラスケーダだ。
「私も加勢するぞ」
凛とした態度で告げたマルゴはチラリと吸血鬼を見た。
「どうやら私は【魅了】されていたようだ。だが、奴がダメージを受けたためか、それも解けた──今こそ君たちとともに戦い、魔王軍の残党を討つべきとき!」
「あんたが味方になってくれれば心強い」
ハロルドはニヤリと笑った。
希望が湧いてくる。
これで戦局は一気にこちらへ有利に傾いた。
「確かあんたは風属性の魔法武具を持っているんだったな? まず俺が行くから、あんたには援護を頼みたい」
「承知した。ともに戦おう、勇者ハロルド」
マルゴが真摯な口調で告げる。
「じゃあ──いくぞ。これで終わりだ、フランジュラス!」
ハロルドは床を蹴り、吸血鬼の美姫に突進する。
聖剣『ガーレヴ』がまばゆい輝きを放った。
──次の瞬間、胸元に熱い衝撃が駆け抜ける。
「が……は……っ!?」
フランジュラスの攻撃──ではない。
その一撃は、背後からだった。
振り返ると、血まみれの剣を手にたたずむマルゴの姿。
「きゃあっ……」
「ああっ……」
悲鳴とともに、イザベルとローザがマルゴに斬り伏せられる。
「な、なぜ……!?」
愕然とうめき、その場に崩れ落ちるハロルド。
「フランジュラスには利用価値がある。ここで殺させるわけにはいかんな」
英雄騎士は禍々しい笑みを浮かべ、告げた。
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