4 勇者ハロルドの逆襲1
ハロルドは、もともとリジュ公国の辺境で農夫として暮らしていた。
三十歳を過ぎても結婚することもなく、他人と深くかかわることもなく、来る日も来る日も農作業に明け暮れた。
そんな彼の転機は、二年前のこと。
村に魔王軍が押し寄せ、多くの村人が犠牲になった。
ハロルド自身も魔族に襲われ、絶体絶命に陥った。
そのとき、彼に語りかける者があった。
──お前は選ばれし勇者だ、ハロルド。
──さあ、剣を取れ。
──お前に与えられし聖剣『ガーレヴ』を。
光、風、炎、虹、星、竜、虚無──七つの属性を持つ聖剣の一つ『ガーレヴ』。
そこに宿る【光】の意志。
聖剣を与えられたハロルドは、その力で魔族を一掃した。
そして、彼の勇者としての戦いが始まった。
戦いの旅路──その中で四人の仲間と出会った。
槍使いのクールな美女、イザベル。
最年少でムードメーカーでもある少年魔法使い、ジョセフ。
皮肉屋だが心根は優しい弓術士の青年、アーバイン。
勝気な性格の女僧侶、ローザ。
仲間たちとともに魔王軍と戦う日々──。
それは苦しくも、喜びを伴うものだった。
彼らが、ハロルドのことを友として認めてくれたからだ。
イザベルからは想いを打ち明けられ、恋仲になった。
今までの人生で他人と深くかかわることがなかったハロルドにとって、勇者になってからの日々は驚きと喜びに満ちていた。
彼らと一緒だったから、魔王軍との戦いを最後まで続けられたのだと思う。
やがて──魔王は他の勇者が討ち果たした。
だが、戦いは終わらない。
魔王軍の残党はいまだ各地を襲っており、ハロルドは仲間たちとともにこれを退治して回った。
そんなある日、聖剣に宿る【光】から、強力な【闇】を宿した者が現れた、と聞かされた。
そして、仲間たちとともにそれの元へ向かい──。
こうして、魔王軍残党の拠点に捕らわれた、というわけだ。
「不覚を取ったが……この借りは必ず返してやるぞ」
ハロルドは部屋を出た。
他の部屋にいた仲間たちを自分の部屋に集める。
全員、瞳の焦点が合っていなかった。
「まだフランジュラスの【魅了】が効いているようだな……」
つぶやくハロルド。
なんとか彼らを元に戻してやりたい。
そう願った瞬間、
──ずぐんっ!
聖剣が、ひときわ強く脈を打った。
まばゆい白色の輝きが周囲にあふれ出す。
彼らの、茫洋としていた瞳に焦点が戻る。
「あれ? ここは……」
「あたしたち、一体──」
「……! 正気に戻ったのか」
ハロルドは安堵の息をもらした。
「みんな、聞いてくれ。俺たちはフランジュラスに──」
と、自分たちの身に起きたことを説明する。
「なるほど、あの魔族に【魅了】されていたわけか……」
仲間たちは唇を噛んでうめいた。
「これからどうするの、ハロルド?」
「決まっているだろう。フランジュラスを倒す!」
ハロルドは力強く告げた。
「それと、もう一つ……記憶がおぼろげだが……確か、勇者ユーノの仲間である『英雄騎士マルゴ』の姿を見かけたような気がする」
もしかしたらハロルドたち同様に、フランジュラスに【魅了】されているのかもしれない。
だとすれば、マルゴを正気に戻し、連係して戦った方がいいだろう。
なんといっても、敵はかつての魔王軍十三幹部、フランジュラスとラギオスだ。
ハロルドたちだけで勝てるかどうかは分からない。
マルゴなら、きっと心強い仲間になってくれるはずである。
「まずは彼を探そう」
ハロルドたちは部屋を出た。
と──かつ、かつ、と甲高い足音が廊下の先か��近づいてくる。
ハロルドたちはハッと身構えた。
「強い【光】を感じたので来てみたら──わたくしの【魅了】を解除したのですね」
現れたのは黒衣の美女──吸血鬼真祖フランジュラスだ。
「さすがは勇者です」
「貴様、よくもやってくれたな!」
怒りの声を上げるハロルド。
「あなたたちの力は中々のもの。手駒として使って差し上げようと思っているのですが──」
微笑むフランジュラスの双眸が、ふいに妖しく輝いた。
ふたたび【魅了】スキルを発動したのだ。
「【疾風の壁】!」
刹那、ハロルドは聖剣のスキルを発動させた。
周囲を青白い風が覆う。
物理・魔法問わずすべてを弾き返す、聖なる風の障壁。
フランジュラスの眼光はそれに阻まれ、ハロルドたちまで届かない。
「お前の【魅了】はもう効かない!」
聖剣を手に、ハロルドが叫ぶ。
以前よりも聖剣の力が増しているのを感じた。
今度は、勝てる──。
「滅ぼしてやるぞ、魔族!」
「ふふ、吸血鬼真祖の力が【魅了】だけだとお思いですか? 手駒にならないなら、別の利用方法を試すまで──」
ハロルドたちとフランジュラスが闘志の火花を散らせながら、対峙した。